第二章 |
ハボックは長い坂道を上って洋館へと辿り着く。途中木立で聞こえていた鳥の声は、ハボックが通り過ぎるとまるで身を隠すようにピタリと止まって聞こえなくなった。シンと静まった世界を風だけが微かな音と共に吹き抜ける。扉を開けて中へ入れば空気は淀み部屋は昏く沈んでいた。ハボックが手にした薔薇をグラスにポンと放り込んだ時、淀んだ空気を掻き乱すように電話のベルが響く。受話器を取れば遠い故郷にいるはずの友人の声が聞こえてきた。 『ハボ?』 「ブレダ?どうしたよ、いきなり」 ハボックがグラスの薔薇を眺めながらそう聞けば受話器の向こうから苛ついた声がする。 『どうしたはこっちのセリフだ。どうしたんだよ、いきなり出て行っちまって。街中で暮らすのがどれだけ危険かって判ってんだろっ』 「判ってるって、ブレダ。大丈夫だから心配すんな」 『お前なぁ…ッ』 のんびりとしたハボックの言葉にブレダがそう言って息を飲む気配がした。ハア、とため息が聞こえてブレダが言う。 『ホントに判ってんだろうな。鏡だけじゃない、ガラスや水面に映るフリ、忘れんなよ。呼吸して脈打って…気付かれたらただじゃすまないんだぞ』 ハボックの身を案じて注意事項を並べ立てるブレダの声を聞きながらハボックは窓へ目をやった。誰も映っていないガラスをじっと見つめた後、目を閉じてもう一度開けばそこには受話器を持つ己の姿が映っている。 「大丈夫だよ、ブレダ。オレだって死にたいわけじゃない」 ハボックはそう言うとそっと受話器をフックに戻した。窓に近づいて外を見れば木立の向こうに小さく家が見えた。 「でもブレダ、やっと見つけたんだ」 花も鳥も、子供の頃大好きだったものが全て去ってしまった凍りついた時の中、ずっと一人ぼっちで生きてきた。ただ一輪の花でいい、ただ一羽の鳥でいい、傍にいて欲しくてでも叶わなくて。 「絶対に手に入れる」 ハボックはそう呟くとグラスに挿した薔薇に手を伸ばし、枯れた花をグシャリと握りつぶしたのだった。 2008/07/28 |
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