第一章


「見事な薔薇っスね」
突然背後からかかった声にロイはギョッとして振り向く。ついさっきまで人の気配など微塵も感じられなかったそこには金髪の長身の青年が立っていた。
「アンタが世話してるんスか?」
剪定用の鋏を指差して聞く青年にロイは頷く。
「祖父がとても大事にしていた薔薇だからね。他人には任せられなくて」
そう言って薔薇が咲き乱れる庭を見渡せば青年が言った。
「愛情を込めて世話してるのが判るっスよ。でなきゃこんな綺麗には咲かないっスからね」
「ありがとう」
大事な庭を誉められてロイは嬉しそうに笑うと改めて青年を見る。
「見かけない顔だな。旅行者か?」
「ああ、いえ」
聞かれて青年は頭を掻きながら答えた。
「すんません、名乗るのが遅れて。ジャン・ハボックと言います。先日丘の上の洋館に越してきたんです」
そう言って差し出された手を握り返してロイが言う。
「私はロイ・マスタング。この家の当主だ」
言いながら握った青年の手はひんやりと冷たかった。綺麗に筋肉のついた均整のとれた体からは多大な熱量が感じられるような気がしたにもかかわらず意外にも低い体温にロイは僅かに首を傾げる。ロイも決して体温が高い方ではないが、その自分が冷たいと感じる人間がいるのだなとロイが思った時、ハボックが言った。
「お会いしたばかりで図々しいとは思うんスけど、庭を見せて貰う訳にはいかないっスか?」
その言葉に半分考えに沈んでいたロイはハッとして答える。
「勿論構わないが生憎今日はこれから来客があるんだ。日を改めてでもいいか?」
ロイがそう聞けばハボックが空色の瞳を細めて笑った。
「勿論っスよ。アンタの都合のいい時で」
「じゃあ一週間後に」
「判りました。約束の印にその薔薇を一本分けて貰えないっスか?」
そう言うハボックにロイは笑うと薄紅色の薔薇を一本切り取ってハボックに差し出す。
「じゃあ丁度この薔薇が枯れる頃に」
その言葉に頷いてハボックが薔薇を受け取れば丁度庭の向こうからロイを呼ぶ声がした。
「悪いが行かなくては」
ロイはそう言うと軽く手を振って歩き出す。その背を見送るハボックが手にした薔薇を唇に当てれば。
薄紅の薔薇は瞬く間に色褪せ花びらを散らしたのだった。


2008/07/27



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