第十九章


「今夜はもう休むのか?」
 窓辺の椅子に座ってずっと薔薇を見つめていたロイがふらりと立ち上がるのを見て、すぐ側の椅子に同じように腰掛けて煙草を吸っていたヒューズが尋ねる。もう大分夜も更けた戸外は、びゅうびゅうと風が吹き荒れてちょうど満開となった薔薇をもみくちゃにしていた。
「ああ、おやすみ、ヒューズ」
 ロイは硬い表情のままそう言って二階へと上がっていく。階上でパタンと扉が閉まる音を聞いて、ヒューズはそっとため息をついて手にしていた煙草を揉み消した。
「どうして…」
 心の中に沸き上がった疑問がつい唇から零れてヒューズは苦く笑う。冷静に考えればどう見ても怪しいハボックにロイがあそこまで惹かれる理由がヒューズにはどうしても判らなかった。
 ヒューズは軽く首を振ると自分も休もうと立ち上がる。二階へ上がろうとしたヒューズはゾクリと背筋を震わせた何かにハッとして振り向いた。
 ガラスの向こう、昏い闇の中で風に翻弄される薔薇の海の中に、浮かび上がる金色の髪に縁取られた白い顔。
「ハボック?!」
 言ってガラスに駆け寄ろうとしたヒューズは、次の瞬間パッと身を翻していた。
「へぇ、意外と勘がいいんだ」
「な……っ」
 すぐ側で意外そうに空色の目を細めて笑うハボックの姿にヒューズは常盤色の目を瞠る。ゆっくりと一歩を踏み出すハボックを、ヒューズはキッと睨みつけて言った。
「動くんじゃねぇっ」
 そう言って懐から取り出したものをハボックに突きつける。ヒューズの手の中にあるのが銀製の銃であるのを見て、ハボックがクスクスと笑った。
「そんなものでオレが止められるとでも?」
「今すぐここから出ていけ。そして二度とロイの前に現れるな」
 ピタリと狙いを定めたままそう言うヒューズを見つめていたハボックの顔から笑みが消える。ハボックは綺麗な空色に憎しみとも言える光を宿して言った。
「アンタになにが判る?この気が狂うほどの長い長い時をたった一人で生きる孤独を、アンタは判るっていうんスかッ?」
「だからってなんでロイなんだっ?」
 声を荒げるハボックに負けじとヒューズも声を張り上げる。そうすればハボックが笑った。
「あの人もひとりぼっちだ」
「ひとり?ふざけるな、ロイはひとりぼっちなんかじゃねぇぞ!アイツにはオレだって他の仲間だっている。ロイはひとりぼっちなんかじゃ―――」
「本気でそう思ってるんスか?」
 荒げる声を遮られてヒューズは息を飲む。
「本当はそんな風に思ってなんかいないくせに」
 ハボックは言って薄く笑った。
「誰にも邪魔はさせない。あの人はオレのものだ…っ」
「…ッッ!!」
 そう言ったハボックの瞳が赤く輝いた瞬間、ヒューズの銃が火を噴いたのだった。


2010/05/25



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