第十三章


 ハッと目を覚ましたヒューズは自分が森の入口に倒れていることに気づく。クラクラする頭を抱えながら立ち上がった時、ズキリと首筋に走った痛みにヒューズは顔を顰めた。
「……なんだ?」
 痛む箇所を押さえれば指先に僅かに血が付く。大した傷ではなさそうだと思いながら、ヒューズは夕闇に沈んでいこうとする森を振り返った。
「くそ…っ」
 ロイの家で会った青年。特に不審な様子があるわけでもない、だが、本能が危険だとヒューズに告げていた。だからヒューズは彼──ハボックをロイから引き離すべく単身ハボックが住んでいる屋敷に乗り込んだのだが。
「何者なんだ、あの野郎」
 屋敷に入って益々ハボックをロイに近づけてはならないと感じた。だが、そんなヒューズをハボックは嘲笑い、そして。
『警告してるんスよ』
 そう言ったハボックの纏う氷のような空気と昏い闇を抱えた瞳。
「それにあの写真……」
 意識を失う直前に見た写真。それにはハボックともう一人初老の男が写っていた。ヒューズは唇をグッと噛むとふらつく足を叱咤してロイの家に向かって歩き出した。

「ロイさま、ヒューズさまがお見えです」
 友人の来訪を告げるメイドの言葉に、会う気はないと告げるより早くヒューズが部屋の中に入ってくる。先日の件以来ヒューズへの怒りを抑えきれないロイが睨んでくるのに構わずヒューズが言った。
「ロイ、ハボックと会うのはやめるんだ」
 顔を合わせるなりそう言うヒューズにロイはカッとして怒鳴る。
「どうしてお前がそんな事を言うんだッ!ハボックの事を何も知らないくせにッ!」
「それなら聞くが、お前はあの男の何を知ってると言うんだ、ロイ!」
 そう言われてロイはグッと押し黙った。確かにハボックの事は名前以外は丘の上の洋館に住んでいると言うことしか知らない。だが、ロイはキッとヒューズを睨んで言う。
「確かに私はハボックの事をまだよく知らないかもしれない。でも、アイツは薔薇を綺麗だと言ったんだ。薔薇達もアイツを受け入れた。これ以上何が必要だと言うんだッ」
 怒りに頬を上気させるロイをヒューズはじっと見つめる。暫くの間ヒューズとロイは無言で睨み合っていたが、やがてヒューズが口を開いた。
「ロイ、さっきハボックの屋敷に行ってきた」
「な……ッ?ヒューズっ?!」
「そこで写真を見た。ハボックが初老の男と写っている写真だ。誰だと思う?」
「知るもんか。その写真がなんだって言うんだ」
 吐き捨てるように言うロイをヒューズはじっと見つめる。それから低い声で告げた。
「デュ・ファイだよ、ロイ。お前も知ってるだろう?ミサ曲を書いたあのデュ・ファイだ。写真に写っていたのは。お前も子供の時音楽の授業で写真見たことあるだろう?」
「デュ・ファイだと?ふざけるな、そんなわけないだろうッ」
 デュ・ファイというのは百年以上前の作曲家だ。その作曲家とどうやってハボックが一緒に写真を撮るというのだ。
「俺だってどう言うことか説明は出来ん、だが、ロイ───」
「もういいっ、何も聞きたくないッ!」
「ロイっ!」
「出ていけっ!出ていってくれッ!」
 ロイはそう怒鳴るとヒューズを追い出してしまう。部屋に鍵をかけるとソファーに身を投げ出し頭を抱え込んだ。
「薔薇なんて全部枯らしてやるッ!だからハボック…っ」
 会いに来て。
 会って、何も心配する事なんてないのだと言って欲しい。
 ロイはソファーの上で頭を抱えたまま、呻くようにハボックの名を呼び続けた。


2010/02/27



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