第十一章


 ヒューズは長い坂道を足早に登っていく。途中枝から枝へと追いかけっこをするように飛び移る小鳥の姿をみつけて目を細めた。それからその枝のずっと向こうの洋館がある場所へと視線を移す。ここからはまだ目指す洋館は見えなかったが、それでもヒューズには風に乗って淀んだ空気が運ばれてくるように思えた。
(一体何者なんだ、あの男……)
 ハボックと名乗った金髪の青年を思い出してヒューズは眉を顰める。寄り添うように立っていた二人を無理矢理引き離してハボックを追い返してしまった後、ロイは部屋に閉じこもってどんなに呼んでも顔を見せなかった。
『やっと来てくれたのにッ!』
 泣きそうな顔でそう叫んだロイ。ここのところロイがずっと待っていたのはあの男だと知って、ヒューズは眉間の皺を深めた。
(今まであんな風に誰かに執着して見せた事なんてなかったのに…)
 ロイとは学生時代からのつき合いだが、これまでロイが特定の人物や特定のものに強い関心を抱くところなど見たことがなかった。勿論勉学に関しては熱心だったし、物事を探求する事に関しては並々ならぬ熱意を持っているロイだったが、好きとか嫌いとか、そう言った感情レベルでの興味は至極淡泊だったのだ。
(なのに、なんで)
 そう思えば頭に浮かぶのは自分を見て笑った空色の瞳。綺麗な、けれど冷たい光を放つそれを思い出してヒューズがゾクリと背を震わせた時。
「ここか…」
 目の前に目指す洋館が現れて、ヒューズは青く綺麗な空をバックに黒々と聳え立つそれを睨み上げる。あの時ハボックの周りに感じた淀んだ古く黴臭い空気が洋館を包んでいるように感じて、ヒューズの体が無意識に震えた。それが原始的な恐怖だと気づいて、ヒューズはグッと唇を噛み締めて震えを押さえ込む。何度も唾を飲み込んでヒューズは扉に近づくとノッカーを叩いた。暫く待ってもう一度叩いてみるが返事がない。ヒューズが少し迷ってドアノブに手をかければ、扉は音も立てずに中へと開いた。誘われるように足を踏み入れた屋敷の中は薄暗く人の気配がなかった。淀んだ水の匂いが俄に強くなってヒューズが顔を顰めた、その時。
「お客さんとは珍しい」
「…ッッ?!」
 ギョッとして振り向けばさっきまで誰もいなかった筈のそこにハボックが立っていた。
「ヒューズさん、でしたね。なんのご用っスか?」
 うっすらと笑みを浮かべて言うハボックに向き直ると、ヒューズはその空色の瞳を睨みつけたのだった。


2010/01/08


→ 第十二章
第十章 ←