第十章 |
寄り添う二人を食い入るように見つめながらヒューズは薔薇が咲き乱れる庭を走っていく。漸く声が届くところまで近づくとヒューズは大声でロイを呼んだ。 「ロイっ」 その声に男の胸に頬を寄せていたロイが顔を上げてヒューズを見る。ヒューズは息を弾ませながら二人のすぐ傍まで来ると、チラリと男を見上げ、それからロイに視線を移した。 「ロイ、誰だ、こいつは」 明らかに敵意の滲む声でヒューズはロイに尋ねる。ロイは寄り添う男の腕をしっかりと掴んだまま答えた。 「ああ、お前とは初めて会うんだったな。コイツはハボックだ。半月ほど前丘の上の洋館に越してきたんだ。ハボック、この男は私の学生時代からの友人のヒューズだ」 ロイがそう言えばその言葉に頷いてハボックが言った。 「はじめまして、ジャン・ハボックと言います」 そう言ってハボックが差し出す手をヒューズはじっと睨みつける。大きな手を睨んでいたそのままの視線でハボックを見て言った。 「ここで何をしている?」 「……薔薇を見せて貰ってるんス」 「薔薇を?」 それを聞いてヒューズは驚きに目を見開く。ロイが祖父から受け継いだ大切な薔薇を、出会って半月しかたっていない相手に見せるなんて、ヒューズにはとても信じられなかった。ヒューズはロイに寄り添って立つ背の高い姿をじっと見つめる。輝く金色の髪、空色の瞳。白い顔は端正でその体つきのしなやかさと言い、とても魅力的な男だった。だが。 (この違和感はなんだ……?) 近くにいると何故だかハボックの周りだけ空気が違うような気がする。深い井戸の中の澱んだ水底のような、重く湿ってそよとも空気の流れのない、そんな古い匂いを感じてヒューズはゾクリと身を震わせた。 「今日はゆっくり薔薇を見ていけるんだろう?ハボック」 その時そう言うロイの声が聞こえてヒューズはハッとしてロイを見る。うっとりとハボックを見上げるその黒曜石の瞳に、ヒューズは思わずロイの腕を掴んでハボックから引き離していた。 「今日は俺と約束があったろうっ、ロイ!」 「ヒューズっ?」 考えるより早くそう怒鳴るとロイを背後に庇うようにしてハボックを見つめる。 「そう言うわけだ。悪いが帰ってくれ」 そう言って睨んでくる常盤色の瞳を見返したハボックは、スッと目を細めて笑った。 「……ッッ」 その冷たい瞳にゾッとして凍り付くヒューズに構わず、ハボックはすぐ傍に咲く薔薇に手を伸ばす。ポキリと折り取って香りを嗅ぐと言った。 「判りました。今日は帰ります」 ヒューズに向かってそう言って、ロイに視線を移す。 「ロイ、薔薇が時を告げたらまた来ます」 「ハボックっ!」 言って背を向ける男に走り寄ろうとするロイの腕をヒューズが咄嗟に掴んだ。背の高い後ろ姿を息をのんで見送っていたロイは、その姿が消えてしまうとヒューズの腕を振り解いて振り返る。キッとヒューズを睨んで言った。 「どうしてあんな事を言ったっ?お前と約束なんてしていないだろうッ!」 そう怒鳴るロイをヒューズはじっと見つめる。 「ロイ、アイツは一体何者なんだ?お前、アイツが誰だか判っているのか?」 「アイツはハボックだ。それ以外なんだと言うんだっ」 「ロイ!」 「やっと来てくれたのに…ッ!」 クシャリと顔を歪めてロイは呻くように言うとパッと背を向けた。 「ロイっ!」 呼び止めるヒューズの声に耳も貸さず、ロイは庭を駆け抜け屋敷へと戻ってしまう。 「駄目だ、アイツは駄目だ、ロイ……ッ」 理由の判らぬ不安に駆られたヒューズはそう呟いて薔薇の庭に立ち尽くした。 2009/11/27 |
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