| 第五章 |
| 意識を失ってゆらりと傾ぐ体をハボックは受け止める。細い少年の体をブランケットごとそっと抱き上げて、ハボックは足早に部屋を後にした。階段を下りホールを抜けて外に出る。闇に沈んだ森を進むハボックの足取りは人のものとは思えぬほど速かった。少年の体を包むブランケットが、その早さに抵抗するようにひらひらとその縁を揺らす。ハボックはあっと言う間に湖を通り過ぎ、ロイが駆け抜けた薄暗い小径を抜けると森の入口に立った。眼下に広がる街をハボックはじっと見下ろす。それから腕の中の少年の顔を愛しそうに見つめたハボックは、自分を決して受け入れることのない世界に足を踏み出した。 「……あ」 微かな空気の動きを感じてロイは閉じていた目を開く。見慣れた天井をぼんやりと見上げていたが、次の瞬間ハッとして身を起こした。 「ハボックっ?」 そう名前を呼んで辺りを見回す。自分がいるのがハボックの家の寝室ではなく、自分のベッドであることに気づいて呆然とした。 「どうして……?」 ハボックの呼ぶ声に矢も楯もたまらず家を飛び出し、夜の森を抜けて湖に行った。そこで月に攫われかけていたハボックを見つけて湖に飛び込み、そして。 ずぶ濡れになって震えている自分をハボックが彼の屋敷に連れ帰ってくれた。ハボックとの距離がまたひとつ近づいたと、とても嬉しくてたまらなかったのだ。それなのに。 『送ります、ロイ』 そう言ったハボックの空色の瞳に浮かぶ深い哀しみ。彼の白い手が自分の目の上に翳された途端、なにも判らなくなって気がついたら家に戻っていた。 「どうして?ハボック……」 こんな形で家に戻されてしまったのがショックでロイはブランケットを握り締める。それがハボックの家で自分が包まれていたものだと気づいてロイは目を見開いた。 「ハボック……」 そう呟いてロイは目を閉じる。そうすれば瞼に浮かぶの自分を見つめるハボックの空色の瞳と、ハボックを照らす大きな窓から降り注ぐ月の光だった。 「もう一度あそこに行きたい」 ハボックが住む屋敷はあの森のどこにあるのだろう。蒼く沈むあの場所でハボックと暮らせるならそれ以上の幸せはないのに。 「ハボック」 自分が彼の呼ぶ声に導かれて湖へ走ったように、ハボックもまた自分の呼ぶ声に惹かれて来てはくれないだろうか。 ロイはそう思いながら森の向こうに沈んでいこうとする月を見つめたのだった。 2009/12/03 |
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