第四章


 ロイを抱えて湖からあがったハボックは湖のほとりの岩の上に細い体を下ろす。冷たい水ですっかりと冷えきってしまったロイの顔は、月から降り注ぐ銀色の光の下、益々白く色を失くして見えた。
「寒い……」
 そう呟く少年の体をハボックは抱き締める。だが、自分はロイを暖めるだけの熱を持ち得ない事を思い知らされて、ハボックはきつく唇を噛んだ。
「どうしよう……このままにしておいたら」
 もともと体の丈夫でないロイだ。一刻も早く濡れた服を脱がせて体を温めてやらねばならない。森を抜けてロイの住む街まで送り届けることを考えて、ハボックは黒く生い茂る森を見つめる。ここからなら己の住む屋敷の方が近い。
(でも、ロイをあそこへ連れていくのは……)
 鬱蒼と茂る森の中、生あるものを拒み続けたあの呪わしい場所に、出来ることならロイを連れていきたくはない。だが、小刻みに震えて身を寄せてくる少年を思えばそうも言っておられず、ハボックはロイの体を抱え上げて足早に歩き出した。
 ハボックは駆けるように昏い森を抜けると屋敷へと辿り着く。肩で扉を押し開け中に入るとホールを横切り二階への階段を上がった。寝室のベッドの上に少年を下ろし、濡れた服を脱がせる。柔らかいブランケットでロイの体を包み込んだハボックは、ロイをベッドに寝かせて寝室の小さな暖炉へと歩み寄った。もう長いこと使ったことのないそこに、小さな火を灯し育てていく。やがて大きな焔となったそれは冷えきった部屋を暖めていった。

 パチンと薪が爆ぜる音でロイは目を覚ます。見たことのない部屋をぐるりと見回したロイは、背の高い姿が小さな暖炉の前に座り込んでいるのを見つけてパッと顔を輝かせた。
「ハボック」
 そう呼んでブランケットを跳ね上げてベッドから降りようとしたロイは、ブランケットの下の体が何も着ていない事に気づいて慌てて跳ね退けたそれを巻き付ける。ロイが目覚めた事に気づいたハボックは暖炉の前から立ち上がるとベッドへとやってきた。
「目が覚めたんスか?ロイ。気分は?寒くないっスか?」
 ハボックはベッドに腰掛けるロイの傍に跪いてそう尋ねる。ロイはコクリと頷いて言った。
「平気だ。私の服は……」
「今、乾かしてたところっス」
 ハボックはそう言って立ち上がると暖炉の傍で乾かしていた服を手に取る。ロイのすぐ横に置けば少年が恥ずかしそうに笑って言った。
「ありがとう。上から下まで全部乾かしてくれたんだ」
「生憎ここにはアンタに貸せるような服がなかったんで」
 申し訳なさそうに言うハボックにロイは慌てて首を振る。それから部屋の中を見回して言った。
「ここは?お前の家か?」
 毎日のように湖で会っていながらハボックがどこに住んでいるのか、家族はいるのか、そんなことすら知らなかった事にロイは気づく。偶然とはいえハボックが暮らす場所にくることが出来て、ロイはなんだかうきうきしてくるのを止められなかった。
 ハボックは楽しげに部屋を見回す少年を哀しそうに見つめる。ロイがこの家に来たのをとても喜んでいる事をその表情から察したものの、ひとつ瞬いて言った。
「ロイ、服を着てください」
「え?ああ」
 そう言われてロイは自分が何も着ていない事を思い出す。ハボックが立ち上がり背を向けてくれるのを見て、ブランケットを落とすとハボックが乾かしてくれた服を手早くつけていった。ハボックはその間に熾した暖炉の火を消してしまう。ロイが着替え終わった頃を見計らってロイに近づくと言った。
「送ります、ロイ」
「えっ?もうちょっといいだろう?せっかくお前の家に来たんだし」
 家の中を案内して貰えないとしてもせめてもう暫く一緒にいられるとばかり思っていたロイは、驚きに目を瞠りながら言う。だが、ハボックは緩く首を振って言った。
「駄目っス。こんな夜中に家を抜け出してきて、家の人が心配してるっスよ?」
「はっ、心配?アイツらがそんなものするもんか。私はお前と一緒にいたいんだっ」
 そう声を張り上げるロイをハボックはじっと見つめる。その空色の瞳に浮かぶのが深い哀しみだとロイが気づいた時、ハボックがその手をロイの目元にかざした。
「え?ハボ……ク?」
 ハボックの手のひらが翳された途端、視界が急速に狭まり色をなくしていく。
「な……ハボ───」
 ロイは自分をみつめる空色を見たのを最後に、意識を失ってしまった。


2009/10/04


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