第十章


 暫く走れば漸く森が途切れて、街へと下る道に出る。雪塗れのハボックは、道の先に広がる街をじっと見つめた。
 以前一度、ロイを家に送り届けた事があった。あの時人通りの殆どない時分闇夜に紛れて走り抜けた道は、今は雪が降り続いているとはいえそこに息づく人々がが行き交っていることだろう。そんな場所で凍り付いた血を持つ己はどんなにか異質に映るに違いない。だが、腕の中の少年を助ける術を自分は持っておらず、そうであればハボックには躊躇っている隙(ひま)はなかった。
 ハボックはキュッと唇を噛むと街に向かって坂を下る。やがて街の中心を走る通りへと出れば恐怖とも緊張ともつかぬもので、動かぬ心臓がギュッと縮こまった。
 ロイを腕に抱く黒づくめのハボックを行き交う人が不審そうに見る。ハボックは目を合わさないよう顔を俯けて、不自然でない程度の早足で通りを歩いていった。大きな家ばかり並ぶ界隈に入るとハボックは一際大きな屋敷へと向かう。大きな門に手を伸ばすとロイを抱いたまま軽々と門を乗り越えた。雪かきされた後、雪が薄く積もったスロープに足跡を残して玄関の前に立ったハボックは厚い扉を見上げる。どうしようかと迷ったものの、結局ハボックは扉のすぐ側にロイの躯をそっと下ろした。
「ロイ」
 白いロイの顔をハボックはじっと見つめる。額にかかる黒髪を指でそっとかき分けると額に恭しく口づけた。
 このままロイを浚っていけたらどれほど幸せだろう。彼に己の血を分け与え、昏く呪われた眷族に引き入れる事が出来たら、そうしたら────。
 そう考えてハボックは激しく首を振る。もう一度ロイの頬にそっと触れてゆっくりと立ち上がった。そうして。
 ドンドンドン!!
 ハボックは厚い扉を拳で思い切り叩く。中で人の気配がするのを感じるとハボックは扉を叩く手を止めてロイを見下ろした。
「…………」
 何か言いかけて結局なにも言わず、ハボックはロイを置いて扉の前を離れる。門の陰から扉が開いて使用人の男が出てくるのを伺った。
「ロイ様っ?!奥様ッ、ロイ様がッ!!」
 扉のすぐ側に横たわるロイを見つけた使用人の男が中に向かって叫ぶ。中から出てきた使用人たちがロイを抱き上げ家の中へ運び込むのを見てハボックはホッと息を吐いた。もうこれで、ロイは大丈夫だ。己に出来ることはなにもなく、もう二度と会うこともないだろう。
 震える息を吐き出してロイの姿が消えた家の扉を食い入るように見つめていたハボックは、逃げるようにその場を後にした。


2012/03/27


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