| 深淵に偲ぶ恋 第九章 |
| 「どわわわわッ!!」 もの凄い勢いで疾走するスクーターの後ろで、ハボックが素っ頓狂な声を上げる。ハンドルを握るロイの腰にしがみついてハボックが怒鳴った。 「スピード出しすぎッ!もっとゆっくり走ってッ!」 「なに言ってる、こんなの遅いくらいだ」 「ギャーッ!」 言うと同時に上がるスピードにハボックが悲鳴を上げる。それを聞けばなんだか楽しくなって、ロイは笑いながらスクーターを走らせた。 「ちょ……マジ、スピード下げて!道も教えらんないっしょ!」 「ああ、そうか」 そう言われてロイは少しスピードを緩める。そうすれば背後からホッとため息が聞こえて、ロイはクスリと笑った。 「次の角、左に曲がってください」 「判った」 ロイは言われたとおり見えてきた角を左に曲がる。通りに跨るように見えてきた大きな門構えに、ハボックがロイの後ろから顔を出して言った。 「見えてきたあれはセヴェルスの凱旋門っス。近くには停まれないっスけど彫刻が見事なんでゆっくり走って見てください」 ハボックの言葉にロイはスピードを下げてゆっくりと走る。見えてきた彫刻はハボックが言うとおり緻密でとても美しかった。 「神話を題材にしてるのかな」 「そうっス、確か天地創造のワンシーンを掘ってあるんじゃなかったかな」 「停まって見られればいいのに」 ロイはそう言いながら通り過ぎる彫刻を横目で見遣る。残念そうにため息をつくロイに、ハボックがクスリと笑った。 「今度写真を探しておきますよ」 「本当か?ありがとう」 「前見て、前!」 礼を言おうと肩越しに振り向くロイにハボックが慌てて言う。ちょっとくらい平気なのにとぼやくロイにハアとため息をついてハボックが言った。 「暫く道なりに走ってください」 「判った」 ロイは頷いてスクーターを走らせる。こうやって外の風を感じていればそれだけで楽しくて、ロイの顔に自然と笑みが浮かんでいた。 「次、右です」 「了解」 背後からの指示に短く答えて、ロイは角を右に曲がる。少し行くと見えてきた古い建築物の前でハボックが停まるように言った。 「絵画なんて興味あるっスか?」 「そうだな、詳しいことは判らんが、見るのは好きだぞ」 「じゃあ、ここへ」 ハボックはそう言うとスクーターから降りる。ハボックに習って降りたロイからハンドルを代わると駐車場にスクーターを停めた。 「バルベリーニ宮。中が国立の絵画館になってるんスよ」 ロイを中へと促しながらハボックは言う。入口でチケットを買うと二人は中へと足を踏み入れた。 「これは凄い」 入口の正面に飾られた大きな風景画にロイは目を瞠る。目を輝かせるロイにハボックは言った。 「アメストリスは軍事国家で年中戦争してたっスから、こんなデカイ絵は被害に会わないよう保存するのが大変だったらしいっスよ」 「守ってくれた人物に感謝しないとだな」 ロイは言いながら館内を見て回る。気に入った絵を引き返して見たりすれば余計に時間がかかって、気がつけばあっと言う間に二時間以上過ぎていた。 「すまん、つい夢中になってしまった」 「構わないっスよ。でも、今日はあと一つくらいにしておきましょうか」 そう言えばロイが明らかに不満そうな顔をする。それに苦笑してハボックは言った。 「まだもう暫くはこっちにいなくちゃいけないみたいっスよ。慌てなくてもいいっしょ?」 「────そうだな」 喜んでいいのか若干複雑な表情を浮かべながらも、ロイは一応よしとしておこうと思う。早くカウィルに戻りたい気持ちは勿論あったが、それが叶わないならアメストリスでの時間を有意義に過ごした方がいい。 「次はどこに行くんだ?」 「そうっスね……」 考えるように首を傾げたハボックは、客の中にロイを指さして囁きあう者が出始めた事に気づく。中の一人がおずおずとした様子で近づいてくると、ロイの前に立つハボックに声をかけてきた。 「あの……失礼ですが、もしかしてそちらはカウィルから来られているマスタング公ではありませんか?」 期待に目を輝かせて尋ねてくる若い女性に、ハボックが答える。 「人違いでしょう。この人はマスタング公などではありませんよ」 「え?でも────」 「人違いだと言ってるんです」 不満そうに眉を寄せた女性が尚も言い募ろうとするのをハボックが遮った。黒服の大男に冷たい瞳で見下ろされて、女性はごめんなさいと呟いて逃げるように去っていく。ハボックはフンと鼻を鳴らすと背後のロイを振り向いた。 「行きましょう」 そう言ってロイを促し建物の外へと出ていく。駐車場に停めておいたスクーターのところまで来ると、ロイが口を開いた。 「あんな冷たい言い方をしなくてもいいのに」 「誰かも判らない相手を近づけられませんから」 SPとしては尤も至極な返答にロイはそれ以上言えずに黙り込む。ハアとため息をついて俯けばクシャリと髪を掻き混ぜられて、ロイは驚いて顔を上げた。 「次行くところはちょっと面白いっスよ」 そう言いながらハボックはスクーターのキーを翳す。 「オレが運転していいっスか?」 「────なに言ってる、私が運転するに決まってるだろう?」 「また後ろっスかぁ?」 ニヤリと笑って言うロイにハボックが大袈裟に肩を落とした。 「頼むからゆっくり走ってくださいね」 「私基準でな」 そう答えてスクーターに跨ったロイは、ハボックがやれやれとため息をつきながら後ろに乗るのを確認してスクーターを発進させた。 「ここ?」 ごちゃごちゃと建物が並ぶ中に立つ教会を見上げてロイが聞く。それに頷いてハボックはロイの肩を抱くようにして短いステップを上がり入口に近づいていった。 「お目当てはあれっス」 ハボックが指さす先、入口のすぐ側に大きな男の顔が壁面に貼り付くように彫ってある。口を大きく開いた顔の側に行くと、ハボックがロイを見下ろして言った。 「これは真実の口。うそつきが手を入れると噛み切られちまうんです」 「────ただの迷信だろう?」 低く囁くように言うハボックを、ロイは眉を寄せて見上げる。そんなロイにハボックは薄く笑って言った。 「じゃあ手を入れてみたらどうっス?」 「え?」 「嘘、ついたこと、ないっスか?」 覗き込むようにしてくる空色にロイは大きく目を見開く。ロイが答えずにいればハボックが男の口を見て言った。 「じゃあ、オレが入れてみますね。オレはさっきあの女性に嘘を言ったっスけど、アンタの言うとおり迷信ならなにも起きない筈っスから」 ハボックはそう言うとロイの肩から離した手を大きく開いた口に近づけていく。大きく見開いた黒曜石が見つめる先で、口の中に手を差し入れたハボックが手首を押さえて悲鳴を上げた。 「ウワアッ!!」 「えっ?」 「手が……ッ!!」 「ハボックっ?そんな、まさかッ!」 ギョッとしてロイは呻くハボックの体に縋りつく。大丈夫か?と言いながら見上げたロイに、ハボックがプッと吹き出した。 「なぁんて」 そう言いながらハボックが口から手を引き出す。全く何ともないのを見て、一瞬ポカンとしたロイはハッとしてハボックを睨み上げた。 「騙したなッ!」 「だってアンタ……ッ、普通信じねぇっスよ」 「このっ」 ゲラゲラと笑うハボックをロイは真っ赤になって叩く。 「もう知らんッ!」 プイと背を向けて階段を下りるロイを追いかけて、ハボックは背後から覗き込むようにしてロイに声をかけた。 「怒らないでくださいよ、殿下」 そう言うハボックをロイは眦を染めた瞳で睨む。そんなロイにハボックは笑って尋ねた。 「アメストリス観光は楽しくなかったっスか?」 そう尋ねてくるハボックをロイは足を止めて見上げる。 「――――いや、楽しかったよ」 優しく笑う空色にロイも答えて笑い返した。 |
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