深淵に偲ぶ恋  第七章


(どこに行ったんだろう)
 ハボックは鋭い視線を辺りに向けながら足早に歩く。ロイがカウィルからアメストリスに来てからの半月、特に不穏な動きは見られなかった。ロイを邪魔だと思う連中も、アメストリス滞在中に事を起こせばその後起きうる問題を軽視するわけにはいかずに手が出せないのか、それとも単に自国での態勢の立て直しに忙しいのか理由は判らなかったが、だからといって危険は暗殺ばかりではない。ロイがマスタング公である限り狙う理由は幾らでもあるのだ。
(とにかく早く見つけないと)
 とはいえ、正直全く当てがない。店の中もガラス越しに覗いては見るが全部見通せるわけでなく、ハボックは焦りを感じながらロイを探して歩いた。
(読書は好きなようだけど、大学抜け出してわざわざ本屋に行くとも思えないしな)
 ハボックは丁度前を通り過ぎた本屋を見て思う。見上げた空は綺麗に晴れ渡り、少しの間空を流れる雲を見つめたハボックは、一つ頷くと街の中央にある広場へと足を向けた。


「この間雑誌に載っていたのはここだな」
 ロイは先日ハボックが持ってきた雑誌に載っていた広場にやってくると辺りを見回して呟く。すり鉢状になった広場の階段の上から下を見下ろせばカラフルな屋根をつけた屋台が幾つも見えて、ロイは軽快な足取りで階段を下りていった。可愛らしいアクセサリーや部屋を飾る小物などいろんな屋台が並ぶ中をロイはゆっくりと歩いていく。蓋に綺麗な螺鈿(らでん)が施されている小箱を見つけて、ロイは目を輝かせた。
「綺麗だな」
「いいでしょう、それ。1,500センズ、お買い得だよ!」
 足を止めて覗き込むロイに屋台の男が声をかけてくる。淡い光を放つ螺鈿にロイは目を細めると屋台の男に言った。
「カード払いで買いたいんだが」
「はあッ?」
 ロイの言葉に男は目を瞠る。
「悪いけどカードは駄目だよ。つか、屋台でカードってあり得ないだろ?」
 呆れたようにそう言われてロイはため息をついて屋台を離れた。
「現金を手元に置いておくんだった」
 アメストリスに来てからは特に、ロイが自分で支払いをするという場面は殆どなかった。大学の校内では勿論何か欲しいものがあれば、大概はハボック達が買って支払いもしてしまう。未練がましく屋台を見遣ったロイは、ハアと大きなため息をついて歩きだした。
「せっかく抜け出してきたのに楽しめないじゃないか」
 もっと大きな店に行けばカードで買い物が出来るだろう。だが、今自分が買い物をしたいのはここだ。ロイがそう思いながら視線を巡らせれば、一際可愛らしい屋台が目に入った。
「ジェラート」
 ロイは目を輝かせて屋台に歩み寄る。中を覗けばストロベリーやオレンジ、グレープにメロンと様々な味のジェラートが売っていた。
「ストロベリーは王道だな。あ、ライチなんかもある」
 珍しいなと思いながらロイが呟けば屋台の男が言った。
「ライチね。まいど!」
「えっ?いや、私は」
 食べたくない訳ではないが、生憎持ち合わせがない。だが、男はロイが説明する間もなくコーンにジェラートを盛ってロイに差し出した。
「はい、300センズ」
 差し出されたジェラートをロイは困りきって見つめる。だが、こんな風に目の前に差し出されれば食べたい気持ちが勝った。
「あ、あの……カードじゃ駄目か?」
「は?」
「生憎現金の持ち合わせがないんだ、カードでなら」
「あのねぇ、お客さん」
 ロイの言葉に男は大袈裟にため息をつく。ジェラートを中に引っ込めて答えた。
「金がないならあっち行ってくれ。どこのぼんぼんか知らないけど、金持ちが屋台で買い物なんかするんじゃないよ」
「えっ?あ……」
 そんな風に言われてロイはがっかりと肩を落とした。その時。
「屋台でカード払いしようなんて人、見たことないっスよ」
 ガシッと肩を掴まれてロイは驚いて振り向く。そうすればハボックがため息混じりにロイを見下ろしていた。
「ハボック」
「ライチがいいんスか?」
 そう聞かれてロイは頷く。ハボックは懐から財布を取り出しながら男に言った。
「ライチ一つくれ」
「まいどっ」
 ハボックに言われて男は笑みを浮かべるとケースを開けてライチのジェラートに手を伸ばす。ライチの隣に並ぶストロベリーのピンク色のジェラートを見て、ロイはハボックに言った。
「ストロベリーも食べたい」
 思わずそう口にすればハボックが一瞬呆れたような顔をしてロイを見る。その表情にハッとしてロイが前言撤回をする前に、ハボックは男に言った。
「ストロベリーものっけて」
「はあい、ストロベリーもね。ほい、500センズ」
 二色のジェラートが盛り合わされたコーンを受け取って、ハボックは代わりに金を支払う。手にしたジェラートをハボックはロイに差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
 一瞬躊躇ったものの、嬉しそうに笑ってロイはジェラートを受け取る。ハボックはロイの肩を抱くようにして促した。
「あっちに行きましょう」
 ハボックはそう言って少し離れたところにある石造りのベンチを指さす。ロイがベンチに座ってジェラートを食べる間、ハボックは側に立ったままコムでチェン達に連絡をとった。
「まったく、勝手に抜け出すなんて」
 コムを切ったハボックはロイを軽く睨んで言う。その空色の視線にロイは少しむくれて答えた。
「いいじゃないか。折角アメストリスに来てもホテルと大学の往復だけじゃつまらん」
 ロイはそう言いながらジェラートを口に運ぶ。むくれながらも小さなスプーンでジェラートを掬う時はほんの少し嬉しそうに顔が綻ぶのを見て、ハボックは苦笑混じりのため息をついた。
「旨いっスか?」
「えっ?────ああ、旨いぞ」
「ライチなんて旨いんスかね」
 そう言ってハボックが首を傾げれば、ロイはライチのところを掬ってハボックに差し出した。
「旨いって。食べてみろ」
「えっ?!」
 別に味見したいというつもりではなかったのだがと、ハボックはどうしたものかとジェラートとロイとを交互に見る。
「いや、別にくれと言った訳では」
「いいから、ほら」
 そう言いながらスプーンを差し出されれば、いらないとも言いづらい。
「はあ、そんじゃ」
 ハボックは仕方なしに腰を屈めて差し出されたスプーンからジェラートを貰う。口に広がる独特な甘みにハボックはフムと頷いた。
「結構旨いっス」
「だろう?」
 ハボックが同意すればロイがにっこりと笑う。嬉しそうに残りのジェラートを口に運ぶロイをハボックはじっと見つめていたが、やがて口を開いた。
「折角出てきたし、少し見て回りましょうか」
 ハボックがそう言えば顔を上げたロイがポカンとしてハボックを見る。それから満面の笑みを浮かべて頷いた。
「是非案内してくれ」
「────はい、殿下」
 その笑みに内心ドキリとしながらも、ハボックも笑みを浮かべて答えた。


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