| 深淵に偲ぶ恋 第三章 |
| 「殿下をアメストリスにお迎えできて本当に光栄です」 ニコニコと満面の笑みを浮かべ言う高官にロイは何も言わずに笑みを返す。他の出席者が次々と声をかけてくるのへにこやかな笑みを交えて時折言葉を返しながら、ロイは内心ため息をついていた。 (誰も本気で歓迎などしていないだろうにな) 暗殺という危険の渦中にある人物など本当は来て欲しくなかったに違いない。万が一にもロイが傷つけられるようなことになれば、両国の関係に問題が生じかねないのだ。よく気をつけて見てみればパーティ会場の入口という入口には扉だけでなく窓も含め全て警備の憲兵が配置され、会場の中にも軍人は勿論目つきの鋭い私服の警備員が多数混じっているのが判った。 (そうまでしてパーティなんて開いてくれなくたっていいのに……もう帰りたい) ロイが気づかれないほど微かに眉を寄せてそう思った時。 「殿下、カウィルから連絡が入ってます」 「えっ?」 そう声が聞こえてロイは慌てて振り返る。そうすれば笑みを浮かべたハボックが立っているのに、ロイの側にいた高官の一人が言った。 「なにか向こうで問題でもあったのかね?」 「ああ、いえ。殿下の無事のご到着を確認したいだけのようっスから」 一瞬ざわついた周囲を宥めるように片手を上げて答えるハボックに、安心するような落胆するようなため息が漏れ聞こえる。 「殿下のご到着後に連絡を入れなかったのか?」 「入れましたよ。でも、直接確かめたいんでしょう」 険しい表情を浮かべて問うハクロにハボックはにこやかに答えてロイを促す。ロイは持っていたグラスを近くの給仕のトレイに置くと、ハボックと共にパーティ会場を出た。 「どうぞ」 と、促されて入った部屋の中をロイはキョロキョロと見回す。「座ってください」と言われてソファーに腰を下ろせば、ハボックが冷たいハーブティーのグラスを差し出した。 「電話は?」 グラスを受け取りながら尋ねるロイにハボックが肩を竦めて答えた。 「嘘っスよ」 「……は?」 「アンタ、帰りそうな顔してたし」 そう言われてロイはハボックをまじまじと見つめる。 「着いたその日に歓迎パーティだなんて、疲れてんの判ってるんだし、まだ当分ここにいなきゃいけないんだから落ち着いたところでやればいいんスよ」 煙草を取り出しながらハボックは言って、火をつけないまま口に咥えた。 「……そんなに顔に出てたか?」 ポーカーフェイスには自信がある。自国の親しい人間にすらその表情からはなかなか本心を伺わせなかったのにと思いながらロイは尋ねた。 「いいえ。誰も気づいてないと思うっスよ」 「だったら何故?」 どことなく悔しそうに聞いてくるロイにハボックはクスリと笑う。火がついてない煙草をピコリと跳ね上げて、聞かれた事とは違うことを口にした。 「それを飲んだらホテルに戻りましょう」 「えっ?でも拙いだろう、それは」 「構いませんよ。疲れていたからって言えば誰も文句はいいません。祖国の友人の声を聞いてホームシックになったって思われるかもしれませんけどね」 「おい」 揶揄するように言われてロイが眉を顰めて睨めば、ハボックが笑みを浮かべる。 「車を回させます」 そう言って部屋の隅に歩き小さなコムに指示を告げる男を、ロイは食い入るようにじっと見つめた。 「お疲れさまでした。今、湯の支度をするっスから」 ホテルの部屋に着くとハボックはそう言って浴室に行ってしまう。それくらい自分ですると言い損ねて、ロイはドサリとソファーに腰を下ろした。 「疲れちゃいました?」 浴室から戻ってきたハボックの声が聞こえて、ロイは視線を上げて男を見る。相変わらず火のついていない煙草を咥えているハボックをじっと見つめた。 「なにか?」 あまりにじっと見つめられてハボックが困ったように首を傾げる。ロイはそれでもずっと見つめていたが、少しするとゆっくりと立ち上がった。 「別に構わないぞ」 「え?」 突然そう言われてハボックがキョトンとする。ロイは手を口元に持っていくと煙草を持つ手つきを真似て言った。 「吸いたいなら吸えばいい」 それだけ言ってハボックの返事を待たずにロイは浴室に消える。ほんの少し目を瞠ってその背を見送ったハボックは、パタンと扉が閉まる音を聞いて目を細めた。 「それはどうも、殿下」 そう呟いてハボックは懐から取り出したライターでカチリと煙草に火を点けた。 ゆったりと湯に浸かってロイが戻ってくるとテーブルの上にサンドイッチの皿が置いてある。ロイが出てきたのを見てカップに紅茶を注ぐ男を尋ねるように見れば、ハボックが言った。 「殆ど食べてなかったっしょ?よかったらどうぞ」 紅茶を注いだカップを置いてにっこりと笑われればいらないとも言いにくい。それに実際パーティ会場ではアルコール以外は殆ど口にしていなかったので、腹が空いているのも本当だった。 ロイはぽすんとソファーに腰を下ろし、サンドイッチに手を伸ばす。一口食べれば空腹感が強まって、ロイはあっと言う間にサンドイッチを平らげてしまった。フウとため息をついてゆっくりと紅茶を口にする。漸く落ち着いた気がして、ロイはソファーに背を預けた。 「明日の朝はゆっくりしてください。何か足りないものはないっスか?」 「……いや」 ロイが答えるとハボックは空になった皿を取り上げる。 「ではオレはあっちにいますから。何かあったら何時でも構わないんで声かけて下さい」 ハボックはそう言って軽く頭を下げるとリビングを出ていこうとする。その背に向かってロイが呼び止めればハボックが振り向いた。 「その……今日はありがとう。色々助かった」 ほんの少し躊躇ってからロイが言えば空色の瞳が見開く。それから嬉しそうににっこりと笑った。 「おやすみなさい、殿下」 「ああ、おやすみ」 ロイが答えるとハボックはリビングを出ていく。少しして玄関脇の小部屋の扉を開け閉めする音が聞こえたのを確かめて、ロイはソファーに深く凭れた。 「変わった男だな。あんなSPは初めてだ」 立場上今まで何度もSPの護衛がついたがあんなSPは会ったことがない。 「一体どういう男なんだ?」 どことなく人を食ったような物言いは若干腹立たしいところもあるが、それ以上に興味をひかれる。 「──── まあ、追々判ってくるだろう」 嫌でもまだ当分付き合わなくてはならないのだ。 ロイは一つため息をつくともう休もうと立ち上がり、寝室に入っていった。 |
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