| 深淵に偲ぶ恋 第二十章 |
| 「カウィルにも遺跡はあるが、ここまで大きくて見事なものはそうないよ」 「カウィルか……行ったことないっスけど、いいところなんでしょうね」 これまでSPの仕事で要人について国の外へ出た事はあるが、残念ながらカウィルに行く機会はなかった。ハボックの言葉にロイは懐かしそうに目を細める。 「ああ。今は少しゴタゴタしているが、本来は静かでとてもいいところだよ。落ち着いたら来るといい、私が案内してやる」 「はは、殿下直々の案内なんてVIPみたいっスね」 すげぇな、と笑いながらいつかきっとと言う言葉は口にしない。そんなハボックにロイは微かな胸の痛みを覚えながら眼下に広がる遺跡を見下ろした。 「時間を忘れてしまいそうだ」 この遺跡に人々が溢れ目の前で繰り広げられる戦いに熱い声援を送っていた遠い昔に、ハボックと二人このまま時を遡って行けたなら幸せになれるだろうか。そんな詮無い事を考えながらロイは手摺りに凭れて遺跡を見下ろしていた。 飽きる様子もなく遺跡を見つめ続けるロイの背中を見つめて、ハボックはそっとため息をつく。先日の報告でカウィルの情勢は国王派が反対派のメンバーを掌握し押さえつつあると言うことだった。もう間もなくしてロイはカウィルに帰っていくだろう。 (もうこうやって案内することもないんだろうな) 国に帰ればおそらくもう二度と会うことはないだろう。例えハボックがカウィルを訪れる機会があったとて、ロイが言ったようにロイ自ら案内するどころか言葉を交わすことすら出来ないに違いなかった。 (残り僅か……、この時間が過ぎたらもう) 視線を合わせる事も出来なくなる。せめて記憶の中だけでもあの黒曜石の輝きを忘れずにいられるようこの目にしっかりと焼き付けておこうと思ったハボックは、視界の端にキラッと輝くものを見つけてギクリと身を強張らせた。 「────ッ、殿下ッ!」 「え?」 切羽詰まったハボックの声にロイが驚いたように振り向く。飛びかかるようにその肩を掴んで、ハボックはロイを地面に引き倒した。 チュインッ! その半瞬あと、ロイが立っていた場所を銃弾が走り抜け壁に突き刺さる。抉られた壁に小さな穴が開くのを地面に伏したまま見上げて、ハボックは歯を食いしばった。 (反対側の通路か?何時からつけられてた?) 襲撃される直前まで気づかなかった己の迂闊さに腸が煮えくり返る思いを抱きつつ、ハボックはロイをかばうようにして身を起こす。ロイがカウィルから来て数ヶ月、何もなかったから油断していたと言うしかなかった。 「ハボックっ?」 「体を低くして、頭を上げないで」 ハボックはロイの頭を掌で押さえ込むようにして片膝をつき辺りを伺う。ポケットの中から煙草のパッケージを取り出すと、そろそろと上に上げ手摺りの陰から覗かせた。その途端、銃弾がハボックの手からパッケージを弾き飛ばす。銃弾が来た方角とその正確さからハボックは眉を寄せて言った。 「スナイパーがアンタを狙ってる。ここじゃ格好の的だ、移動します」 おそらく相手は一人だろうが、このままここに留まって狙い撃ちされるようなことになるのは避けたい。ハボックは低い体勢のままロイの体を抱え込むようにして走り出した。 チュンッ!チュインッ!! 次の瞬間、二人の後を追って銃弾が走り抜ける。ハボックに抱えられるようにして走りながら、ロイは悲鳴を飲み込んだ。 「走って!あそこの階段の入口、飛び込んでッ!」 数メートル先、一階に降りる階段の入口を指し示してハボックが怒鳴る。ハボックに庇われながら入口に飛び込んだロイの頭上十数センチの壁を銃弾が抉って、細かい破片が飛び散った。 「ヒッ!」 流石に零れる悲鳴を押さえきれず、ロイは首を竦める。銃弾に気を取られ目の前に階段があることを一瞬失念したロイは、足を踏み外しそうになった。 「殿下ッ」 宙に飛び出しかけた体をハボックの力強い手が引き戻す。その拍子にコムが外れて落ちたのを掴んで、ハボックはポケットに突っ込んだ。 「失礼ッ」 短く告げるハボックの声が聞こえたと思うと、ロイは自分の体がフワリと浮かぶのを感じた。 「えっ?」 ハッと思った時には間近にあったハボックの顔を、ロイは驚いて見上げる。気がつけばロイは階段を駆け降りるハボックの腕に抱えられていた。 「ッ?!ハボックッ?!」 ギョッとしてもがく間もなく一階まで運ばれて、ロイは地面に下ろされる。赤らめた顔で見上げるロイの手をハボックはギュッと掴んだ。 「走りますよ!」 「う、うんっ」 短く告げて走り出すハボックに引っ張られるようにしてロイも走り出す。ドキドキと高鳴る鼓動が襲撃のショック故なのか、それとも他の理由からなのか。判らないままロイはハボックと共に通路を走っていった。 「チッ、逃げられたか」 二人が一階への階段の入口に逃げ込んだのを見て、男は忌々しげに舌打ちする。男は手にしたライフルを地面に投げ捨てると、二人を追って通路を走りだした。手近の階段から一階に駆け降りハボックとロイが使った階段の方を見遣る。そうすれば闘技場を挟んだ向こう側の通路を走る二人の姿が目に入った。 「逃げられると思うなよ。必ずその額、撃ち抜いてくれる」 男は昏い笑みを浮かべると銃を引き抜き、二人の後を追って走り出した。 |
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