| 幻想女神 第八章 |
| 「そう言えばお前、飯は食ったのか?」 リビングの灯りをつけてロイが言う。ハボックはそう言われてみればと自分の腹を押さえた。 「そういや何も食ってませんでした」 「私もだ」 そう言いあって二人は顔を見合わせるとクスリと笑う。 「だが、この時間から何か作るというのも……ちょっと待ってろ」 ロイはそう言ってキッチンに入っていく。戸棚の中をかき回して缶を引っ張りだした。 「あった。前にお前がおいていった奴」 「ああ、作るの面倒ならこれでもいいから食事とれって言った時の」 ロイについてキッチンに入ってきたハボックは、ロイが手にしたスープの缶を見て言う。それから思いついたように眉を顰めて言った。 「って、アンタ、相変わらず一人だとまともにメシ食ってないんスか」 「いいじゃないか、おかげで今食べられるんだ」 ジロリと睨んで言うハボックにロイは平然として答える。そんなロイにますます表情を険しくするハボックに、ロイは苦笑して言った。 「まあ、今日のところは見逃せ。それより先にシャワーを浴びてこい。タオルの場所は判るだろう?バスローブ使っていいから」 恋人同士となってから、何度かこの家で夜を過ごした。その時の事を思い出してハボックは顔を赤らめる。 「えと、でも、大佐は?」 「私は後で浴びるよ。スープの用意をしておくから先にシャワーを浴びてきなさい。……丁寧に、綺麗にするんだぞ」 その言葉に僅かな嫉妬を感じてハボックは目を見開く。キュッと唇を噛むとコクンと頷いてキッチンを出ていった。ハボックがシャワーを浴びに出ていってしまうとロイはそっとため息をつく。力付くで女性を手に入れようとしていた男達には反吐がわいたが、その女性がハボックだったと思えば怒りに腸が煮えくり返る気がする。 「燃やしてやるべきだった」 そう呟いてロイは手にした缶詰の蓋を開けると鍋に入れ温め始めたのだった。 「はあ……」 洗面所に入るとハボックは身につけたものを落としていく。そうすれば現れた豊かな胸に顔を赤らめて目を逸らした。扉を開けて中へと入ったハボックは浴室の鏡に映る自分の姿にギョッとする。慌てて熱いシャワーを出すと、浴室にこもる湯気が鏡を曇らせるのを待ってホッと息を吐いた。 「自分の体なのになんでこんな恥ずかしい思いしなきゃなんないんだろう……」 ふくよかな体は完全に女性のものでとても自分のものとは思えない。見ることも、ましてや触ることもはばかられてハボックは途方に暮れてしまった。 「どうしよう……」 汚らしい男達の手で触れられた事を考えれば体の隅々までよく洗いたいという気持ちはある。だが、白くまろみを帯びた体に触れるのは恥ずかしいと同時に、否応なしに今自分が置かれた立場を思い知らされるようで、ハボックは身動き出来ないままザアザアと流れる湯を見つめていた。 「………大佐に…洗ってもらおうかな……」 自分で触れられないならロイに洗って貰えばいい。 「前に泊まった時、イヤだって言ったのにオレの体洗いたがったし」 強引に一緒に風呂に入ってきた挙げ句、イヤだと逃げるハボックの体を押さえつけ隅々まで丁寧に洗ってのけた男を思いだしてハボックは呟く。そう口にすればそれが一番いい方法に思えて、ハボックはシャワーを止めると浴室を飛び出した。 「こんなもんか」 グツグツと旨そうな音を立てるスープの火を止めてロイは言う。夜も遅いし後はパンくらいで済まそうと、ロイが戸棚を開けた時、バタバタと足音が聞こえてハボックが飛び込んできた。 「大佐っ、あの、お願いがあるんスけどっ」 「なんだ、早いな。もうシャワー済んだ、の、か……?」 声に振り向いたロイはハボックの姿を見て目を丸くする。キッチンに飛び込んできたハボックは、ろくに拭いてもいない体の前だけをとりあえずタオルで隠すというしどけない格好だった。 「な……おま…ッ、な、なんて格好でッ」 「大佐ぁ、オレ、この体洗うの恥ずかしいんで洗ってくれません?」 ハボックはロイが珍しくも狼狽えていることに気づかずにそう言う。かろうじて胸を隠しているタオルから豊かな胸が零れ出しそうなのを見て、ロイは声を荒げた。 「馬鹿者ッ!そんな格好で出てくる奴がいるかッ!」 「えっ?だってここには大佐しかいないじゃないっスか」 見られてもロイであれば構わないし、別にスッポンポンで出てきても大して気にはならなかったが、自分の体についているボインを見ることに抵抗があったのでとりあえずタオルで隠してきたのだ。ロイが怒っている意味が全く判らず首を傾げているハボックにロイは「はああ」と深いため息をついてしゃがみ込んだ。 「たいさ……?」 がっくりと項垂れるロイをハボックは心配そうに見つめる。ロイは軽く首を振って立ち上がるとハボックに言った。 「あのな、中身は別として、一応今のお前は妙齢の女性なんだ。頼むから少しは恥じらいというものを覚えてくれ」 「へ?」 そう言われてもさっぱり訳が判っていない様子のハボックにロイは頭を抱える。それでもひとつ息を吐くと気を取り直して言った。 「それで、なんだって?そんな格好で何を言いに来た」 「あ、だから、オレの体洗ってくれません?」 「は?」 「いや、何か一応自分の体なんスけど、恥ずかしくって触れないっつうか……。だから大佐洗ってくれないかなって」 何でもないような顔でそう言うハボックにロイは目眩がする。ハボックが恥ずかしいと思うものを自分は恥ずかしくないとでも思っているのだろうか、この馬鹿者は。 「どうして私が恥ずかしくないと思うんだ?」 「え?だってアンタこの間オレがここに泊まった時、恥ずかしげもなくオレの体洗ってたじゃないっスか。オレがイヤだって言ってんのに。だからアンタに洗ってもらおうと思って」 「あのなぁ」 好きな相手の体という意味では男だろうと女だろうと変わらないのかもしれない。だが、男であった時のハボックを無理矢理押さえ込んで洗うのはワクワクするような楽しさがあったが、今のハボックとなるとなんだか悪戯しているような感を拭えない。 「風呂くらい一人で入れ」 「ええーッ!この間は恋人同士は一緒に入るのが普通とか言ってたじゃないっスか!」 「やかましいっ、いいからとっとと入ってこい!……隅々までちゃんと洗ってくるんだぞ」 「たいさぁ……」 情けない声を出してもジロリと睨まれればそれ以上何も言うことができない。ショボンと項垂れればゾクリと寒気がしてハボックは思い切りくしゃみをした。 「ハアックションッッ!!」 「ほらみろ、いつまでもそんな格好でいたら風邪を引くだろう!とっとと体を洗って暖まってこいッ」 「はいっ」 怒鳴りつけられてハボックは慌てて浴室に戻っていく。その後ろ姿にギョッとしたロイは、ヨロヨロと後ずさるとカウンターにドンと腰をぶつけた。 「はああああ」 額を押さえてロイは大きなため息をつく。男の姿をしているハボックであれば、おそらくは恥ずかしいより楽しいと感じる今のシチュエーションも、今のハボックだとひたすらに恥ずかしいと思ってしまうのは何故だろう。 「男としての本能か?」 そう呟いてロイは考える。男としての本能をいうなら、女性のあられもない姿を見れば、普通恥ずかしいと同時に興奮しそうなものだ。なにせ相手はほぼ全裸の女性なのだから。 「………中身がハボックだからか」 成熟した女性の体からは何故だかちっとも色気が感じられない。むしろ男の姿をしたハボックの方が色っぽいくらいだ。それはおそらく例え姿が女性のものでもその立ち居振る舞いが女性のそれではないからなのだろう。 「胸ばっかりデカイ子供だな、あれは」 ロイはやれやれと呟くと食事の支度を続けたのだった。 「この間はすっげぇ喜んで洗ってたくせに」 ハボックはそう呟きながらボディソープを泡立てる。首筋を洗い腕を洗って一度大きく息を吐くと目を瞑って胸にスポンジを滑らせた。 「うひょーん」 ぽよぽよとしたその感触に思わず変な声を上げてしまう。これがもしつき合っている彼女の胸なら楽しいのかもしれないが、自分についていると思うと恥ずかしいばかりだった。 それでもなんとか胸を洗い終えると順番に下へとスポンジを滑らせる。大事なところはスキップして先にすらりと伸びた脚を洗ったハボックは、手にしたスポンジを握り締めた。 「や、やっぱ洗わないと拙いよな……」 ここも男達の汚い手で触られている。洗いたい気持ちはあれど恥ずかしさと情けなさと悔しさが入り交じったような気になって、なかなか手を伸ばすことが出来なかった。 「もし、このまんま戻れなかったら、オレ、この先死ぬまでこの体とつき合うんだ……」 ふとそんな考えが浮かんでハボックは唇を噛み締める。ギュッと血が出るほど唇を噛んだハボックは、噛み締めた唇を開いて大きく息を吐くと秘められた部分をそっと洗った。 |
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