幻想女神  第三十七章


 ゆらゆらとハボックは金色に輝く水の中を揺蕩う。膝を抱えるように丸くなって目を閉じているハボックの耳に、どこからか声が聞こえてきた。
   『リディア……ごらん、やっと薬ができたよ。これを飲めば元に戻れる』
   『……私、元に戻れるのね?』
   『ああ、待たせてごめんよ。でも、これでもう何の心配もない』
   『あなたのお嫁さんになれるのね』
   『そうとも、さあ、飲んで、リディア』
   『ピアズ、愛してるわ』
   『僕も愛してるよ、リディア』
 柔らかく笑いあう声。その優しい響きからは何の不安も不幸も感じられず、ハボックは笑みを浮かべる。
「よかった…戻れたんだね」
 そう呟けば答えるように金色の水がキラキラと輝いた。

「………」
 水の中から浮かび上がるようにぽっかりと意識が戻ってハボックは目を開ける。そうすれば心配そうに覗き込む黒い瞳と目があった。
「気分はどうだ?ハボック」
 目を覚ましたハボックにロイが問いかける。だが、じっと自分を見つめたまま答えないハボックにロイは心配になってズイと顔を近づけた。
「おい、ハボック?どこか具合が───」
 そう言いかけた瞬間、ハボックがガバリと体を起こす。すんでのところで顔を引っ込めて正面衝突を避けたロイは、ベッドに体を起こしたまま身動きしないハボックに恐る恐る声をかけた。
「ハボック?」
 そう呼べばハボックの体がピクリと震える。自分の両手をじっと見つめその手を胸に押し当てた。
「……ない」
 呟くように言ったと思うと、バッとブランケットを跳ね上げズボンの中を覗き込む。下着を押し上げる膨らみを確認して、ハボックはブルブルと震えた。
「……ある〜〜〜ッッ!!」
 大声でそう叫んでハボックはロイを見る。
「たいさっ、オレ、男に戻ってるッ!!」
「当然だろう?私が作った薬を飲んだんだからな」
 驚く必要などないとばかりにフンと自慢げに鼻を鳴らすロイに、ハボックは逆に不安になって自分の体を見下ろした。
「本当にちゃんと全部元に戻ったのかな……」
 もしかしたら二形(ふたなり)になったりしてはいないだろうか。そう不安を口にするハボックにロイは呆れたように言った。
「そんなに心配なら風呂場で確かめてくればいいだろう?」
 そう言うロイをハボックが見上げる。じっと見つめてくる空色にロイは“なんだ”と眉を寄せた。ハボックはそんなロイを見つめたまま言った。
「……大佐が確かめてくれないっスか?」
「え?」
「大佐に確かめて欲しいっス……頭のてっぺんからつま先まで…全部」
 ハボックはそう言ってロイの胸に顔を埋める。
「……判った。上から下まで外も中も全部しっかり確かめてやる」
 ギュッとしがみついてくる体を受け止めて、ロイはうっとりとハボックの耳元に囁いた。

「おい、いつまで服を着ているつもりだ?さっさと脱げ」
 洗面所にやってはきたものの、ぐずぐずと服を脱がないハボックにロイが言う。ハボックはシャツの裾をギューッと引っ張りながら答えた。
「いや、なんか恥ずかしいっつうか」
「男に戻ったんだ、別に恥ずかしいことはないだろうが」
 女性の体になっていた時、風呂に入るのを恥ずかしがっていたことを思い出してロイが言う。ハボックは困ったように顔を赤らめて答えた。
「だって、本当に男に戻ったのか判んないし」
「そのツンツルテンでパツパツのシャツを見ただけでも戻ったと思うがな」
 ハボックが着ている女性もののシャツは破けそうなほど伸びきっている。シャツの中の体が男のものであることはどう見ても間違いなかった。
「そ、そうなんスけど……」
 なんか恥ずかしい、と情けなさそうな顔をするハボックにロイは眉を寄せる。ハボックのシャツの裾を掴むとグイと引っ張り上げた。
「四の五の言わずにさっさと脱げ!」
「うわっ、大佐っ」
 乱暴に引っ張られて倒れそうになるハボックを引き寄せてロイが囁く。
「それとも服を破かれるのがお好みか?そうならお前の好きなようにシてやるぞ」
 ニヤリと笑って耳朶に歯を立てるロイをハボックはグイと押し返した。
「んなわけねぇっしょ!自分で脱ぎますよっ」
 真っ赤な顔で言うハボックにクスリと笑うとロイはさっさと服を脱ぎ捨てる。
「先に入ってるぞ」
 そう言って浴室に消えるロイの背を見送って、ハボックはそっとため息をついた。
「大佐ってあんないい体してたっけ」
 女性になってからもロイの体を見てはいたが、こういったシチュエーションで見るのは久しぶりだ。なんだか妙に気恥ずかしくてぐずぐずしていると、中からロイの苛立った声が聞こえた。
「いつまでぐずぐずしてるつもりだ?脱げないならそのまま入ってこい、脱がしてやる」
「いっ、今いきますっ」
 ロイに脱がしてもらうのはもっと恥ずかしい。ハボックはエイとばかりに服を脱ぎ捨てると扉を開けて中へと入った。
「遅い。冷えてしまったじゃないか」
「す、すんません」
 中に入れば浴室は湯気が充満している。湯気でうっすらと曇った視界に少しホッとしてハボックは湯船の縁に腰を下ろしているロイを見た。
「女の子みたいだぞ」
 なんとなく猫背になって胸と楔のあたりに手をやっているハボックを見て、ロイがクスリと笑う。ゆっくりと立ち上がるとハボックに近づき手首を掴んだ。
「そんな風にしてたらちゃんと戻ったのか、確かめられんだろう?」
 そう言ってロイは、ハボックの両手を一纏めにして頭上に上げさせ、壁に押さえつけてしまった。
「たっ、たいさっ」
「いいからじっとしていろ。…まずは目で確かめないとな」
 いきなり体を露わにされて狼狽えるハボックにロイは笑う。そうしてハボックの顔をじっと見つめた。
「瞳だけは変わらんな。でもそれ以外は丸みが消えてシャープな顔つきだ。首も女性の時はずっと細かったが、がっしりと太くなって…ああ、喉仏があるな」
 女性にはない喉の膨らみを見つけてロイが言う。そこから更に視線を落として言った。
「肩幅も広くなったし腕も筋肉が盛り上がって力がありそうだ。胸は……」
 そう言って見つめる視線の先には、つい数時間前にはあった丸い膨らみがなくなって、綺麗に筋肉のついた逞しい胸があった。
「残念だったな、お前の大好きなボインはなくなってしまったぞ」
「たいさっ」
 面白そうに言うロイをハボックは睨みつける。そんなハボックにクスリと笑って更に先を続けようとするロイにハボックが言った。
「目で確かめるのはもういいっス」
「どうして?ちゃんと戻っているか、確かめないと不安なんだろう?」
 わざとらしく首を傾げて尋ねる男を、ハボックは恨めしそうに睨んだ。
「なんだ、言いたいことがあるなら言ってみろ」
 そう言われてハボックは紅い顔で視線をさまよわせていたが、やがて観念したようにロイを上目遣いに見つめる。
「目じゃなくてっ、確かめて欲しいっス」
「目じゃないなら何で?」
「たっ、大佐の指でっ」
「指だけでいいのか?」
 意地悪く尋ねられてハボックは口を噤む。ゴクリと唾を飲み込んで言った。
「大佐の指と…舌と……大佐自身で…ッ」
「……判った」
 顔を真っ赤にしながらもはっきりと強請るハボックに、ロイは笑って口づけた。

「ん……ふ……」
 執拗に舌を絡められてハボックは甘く鼻を鳴らす。散々に貪って漸く唇を離すと、ロイはハボックの太い首筋に舌を這わせた。さっき指摘した喉仏を舌でなぞり唇に含む。チュウと吸い上げればハボックが胸を仰け反らせて喘いだ。
「あ……や、ん」
 普段あまり愛撫など受けた事のないそこへの刺激は、なんだか快感とくすぐったさが同居しているような気がする。ハボックがいやいやと首を振れば、ロイはあっさりとそこから唇を離して肩から腕へと滑らせていった。
「……なんだか懐かしいな」
「な、んすか、懐かしいってッ」
 筋肉に沿ってツツツと舌を這わせられ、ハボックはゾクゾクと震える。チュッときつく吸い上げて腕の内側に痕を残してロイが言った。
「女性の時は細くて折れてしまいそうだったのにな。今なら思い切り噛みついても大丈夫そうだ」
「…イッ」
 そう言うと同時に残した痕の上に歯を立てられ、ハボックが体を跳ね上げる。恨めしそうに睨んでくるハボックに笑い返してロイはいきなり胸の頂に口づけた。
「ヒャンッ!」
 突然乳首を唇に含まれてハボックが甘い悲鳴を上げる。その声に気をよくして、ロイは片方を唇で、もう片方を指先で押しつぶすようにして嬲った。
「ああ、ちゃんと元に戻ってるな、ハボック。ほら、綺麗に筋肉ものってるし、ここは相変わらず果物みたいだ」
 ロイはそう言いながら乳首をこねていた指で厚い胸板を撫でる。手のひらでプクリと立ち上がった乳首をこすればハボックが紅い顔でロイを睨んだ。
「胸だけでイけるか、試しておこう」
 そんな風に睨まれれば煽られるだけだ。ロイはそう言って笑うとハボックの胸を執拗に攻め立てた。
「アッ、……っ、やっ、たいさっ、ヤダッ!」
「女性になる前はここだけでイけたろう?ちゃんと確かめておかないと」
 ロイはそう言いながらハボックの乳首を押し潰し摘み上げ、甘く歯を立てる。そうすれば胸から沸き上がるゾクゾクとした感触にハボックは必死に首を振った。
「や、や……や、アッ!……ッッ!!」
 ギュッと食い込むほどに乳首に歯を立てられた瞬間ハボックがビクビクと震える。弄られてもいないのに高々とそそり立った楔から熱を吐き出して、ハボックは浴室に嬌声を響かせた。


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