| 幻想女神 第三章 |
| ロイは不機嫌な顔で通りを歩いていく。仕事を終えて電話を入れたもののハボックは出なかった。それほど具合が悪いのかと慌てて訪ねたアパートはもぬけの殻で、暫く待ってみたが戻る気配もなく、ロイは仕方なしにアパートを出てきたところだった。 「どこに行ったんだ、ハボックの奴……」 朝、小隊の詰め所にあった電話は相当に変な声だったと言うから調子が悪かったというのは嘘ではないだろう。具合が悪くて病院にでも行ったのかとも思ったが、電話帳に書き留められたかかりつけの医師のところにハボックは行っていなかった。 「せめて電話の一本でも寄越せと言うんだ」 ロイはそう呟いて眉間の皺を深める。自分はこんなに必死になってハボックに会いたいと思っているが、もしかしたら相手はそうではないのかとふと思って、ロイは足を止めた。 「ハボック」 そう呟けば優しく笑う空色の瞳が脳裏に浮かぶ。それに続いて怒ったり拗ねたりする顔が浮かんで、そうして。 『たいさァ』 快楽に溺れて空色の瞳を涙で濡らすハボックの顔が浮かんだ。ハボックをこの腕に抱き締めたのはつい三日ほど前のことだ。自分を求めて縋りついてきた腕の強さと、その後に続く熱い口づけがハボックも自分を求めていることをロイに伝えていた。そう思えばハボックの気持ちを疑う余地もない。 「あの馬鹿、見つけたらぶん殴ってやる」 ロイはそう呟くとハボックを探して歩き続けた。 ハボックは賑わう街を足早に歩いていく。夕べは自分が完全に女性になってしまったというショックと混乱でどうすることも出来なかった。まるで変わってしまった自分の体を抱き締めて一晩中震えていたハボックだったが、朝になって日が昇るとだんだんと落ち着いてきた。この姿のまま司令部に行くことは出来なかったからとりあえず詰め所に連絡を入れた。司令室に連絡して、ロイに相談する事も考えたが、前日自分を見た連中の反応を思い出してやめた。 「大佐もきっとオレって判んねぇだろうし」 ハボックはそう呟いて唇を噛む。好きな男に自分だと判って貰えなかったとしたらそれは相当にショックだろう。 「それとも女の方が都合がいいって言うかな……」 ロイとつき合う前、お互いに男であることで悩みもした。それでも同性であることすら構わないほど好きだと思ったからロイを受け入れたのだ。自分は男でそれを嫌だと思ったことはなかったし、これからももって生まれた姿のままロイの傍にいたかった。もし、女性の姿である自分をロイが見てその姿であることを望んだなら、それは女性になってしまったという事実以上にショックに違いない。 そういう諸々を考えて、ハボックは結局ロイに相談する事が出来なかった。そうして一日悩んだ末、ハボックはもう一度あの店を探してみることにしたのだった。 「暑い……」 日が沈んで星が輝く時分になってもジクジクと蒸し暑い空気にハボックはため息をつく。昨日と同じ厚手のジャンパーを羽織ったハボックは零れる汗を袖で乱暴に拭った。 「このまんま女になんてなってたまるか」 胸を気にして薄着にもなれないなんて冗談じゃない。ハボックはそう思いながらズンズンと人々に溢れる通りを歩いていった。昨日は自分で探し回って結局店を見つけることが出来なかった。それなら今日はそういう情報を持っていそうな相手に聞くことにしよう。ハボックはそう考えて、普段そういった情報が欲しいときによく行く店へと足を向けた。あまり身なりのよくない連中がたむろする通りをハボックは歩いていく。いつもと同じ意識で歩いていたハボックはたむろする男達が値踏みするように自分を見ていることに気づかなかった。 カランとドアベルを鳴らしてハボックは店の中に入る。中にいた男達の中から馴染みの情報屋がカウンターに座っているのを見つけだすと、狭い店内を通り抜け情報屋の隣のスツールに腰を下ろした。 「聞きたいことがあるんだけど」 そう声をかければ情報屋が驚いたようにハボックを見る。ハボックはちょっと考えてから尋ねた。 「この界隈に“ファントム・レディ”って名前の酒を出すバーがあるのを知らないか?……その、ハボックって人にアンタに聞けば判るかもって言われたんだけど」 そう言えば情報屋が納得したような表情を浮かべる。男は首を傾げて答えた。 「“ファントム・レディ”って酒ねぇ。悪いが聞いたことねぇなぁ」 「ホントに?ちょっと変わった酒なんだ。飲む人によって味が変わるっていう、薔薇色の酒なんだけど」 知らないか、と必死の形相で尋ねるハボックに情報屋の男はすまなそうな顔をする。 「ハボックさんの紹介なら力になりたいけど、生憎そういう酒もそんな酒を出す店も聞いたことないよ」 「……そっか……」 男の言葉にがっかりとするハボックに情報屋が言った。 「まあ、何か判ったら連絡するよ。あ……と、ハボックさんのとこでいいかな?」 「あ、うん……ありがとう」 ハボックは礼を言うと男のために酒を注文する。カウンターに金を置くと軽く手を振って店を出た。 「くそ……アイツが一番知ってそうだと思ったのに」 ハボックがそう呟いた時、背後から男の声がした。 「なあ、その酒のこと、判るかもしれないぜ」 「えっ?」 その言葉に振り向けば男が二人立っていた。ニヤニヤと薄笑いを浮かべてハボックを見る男達はお世辞にも柄がいいとは言えない。だが、ハボックはそんな見かけのよりも男達が言ったことに縋る思いで男達を見つめた。 「ホントに?あの酒の事、知ってんのか?あの酒を出すバーがどこにあるか判るのか?」 必死の形相で言うハボックに男達は顔を見合わせて笑う。ハボックの方を見ると頷いて言った。 「ああ、多分アンタが言っている酒の事だと思うぜ」 「場所、判るけど今から行くか?」 その言葉にハボックはホッとした表情を浮かべて頷く。男達はそんなハボックを挟み込むようにして歩きだした。 「その酒、そんなに旨いのか?わざわざ探して飲みたいほど」 男の一人がそう聞いてくる。ハボックはちょっと考えてから答えた。 「旨いと言えば旨いけど……。酒が飲みたいっていうよりその酒のことで聞きたい事があるんだ」 「へぇ」 男達は頷きながらハボックを細い路地裏へと連れていく。促されるまま角を曲がったハボックは、ゴミ箱や荷運び用の箱が散乱する路地の先が行き止まりになっている事に気づいて目を瞠った。 「道……間違ったんじゃないか?」 バーどころか汚い路地には店の一軒もない。ハボックがそう言って今来た道を戻ろうとした時、男の一人がハボックの腕を掴んで言った。 「間違っちゃねぇよ。ここでいいいんだ」 「え?でも───」 キョトンとした顔で目を瞠るハボックに男達は言って下卑た笑いを浮かべた。 |
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