| 幻想女神 第二十二章 |
| 食事を済ませてロイが片づけをしている間にハボックは洗濯を始める。洗いあがった洗濯物をパンパンと広げて干していると、ロイが中庭にやってきた。 「ハボック」 「あ、大佐。片づけ終わっちまいました?」 「少なかったからな」 「すんません、こっちもう少しなんで」 待ってて、と言うハボックにロイは笑みを浮かべて籠の中に手を伸ばす。 「手伝おう」 ハボックと並んで洗濯物を干していくロイをハボックはチラリと見た。 「大佐って実は家事できる人っスよね」 「まあ、ずっと独りだからな」 「普段しねぇけど」 「お前にやって貰うのが嬉しいから」 「手間が省けて?」 拗ねた口調でハボックが言えばロイが驚いた顔をして手を止める。手にしていた洗濯物をヒョイとロープにかけるとハボックに近寄った。 「好きな相手が自分の為に色々やってくれるのを見ていて嬉しくない男がいるか?」 「たいさ……」 「今はお前が本調子じゃないから手を出してるが、本当はお前が私のためにくるくる動き回るのを見るのが好きなんだよ。見ているだけで気持ちが暖かくなって幸せになる」 まるで恥ずかしがる素振りもなくそう言ってのける男をハボックは顔を赤らめて睨む。クスリと笑って手を伸ばしてくるロイから逃げると、ハボックは洗濯物を取り上げた。大判のタオルを干そうとして広げたそれに顔を顰める。 「どうした?」 「……干しにくいっス」 不思議そうな顔をするロイにハボックは言った。 「いつもはどってことないのに」 そう言いながらハボックはタオルの両端を持って腕を広げる。そうすれば普段は綺麗に広がってフワリと上からロープにかけられる筈のそれが、たるんでロープに引っかかった。 「リーチも上背も普段のお前より足りないからだろう」 言ってロイはタオルを綺麗に広げてやる。ムスッとして突っ立ったまま足下を睨んでいるハボックの髪をくしゃりとかき混ぜて言った。 「ほら、もう済んだぞ。中へ入ろう」 ロイがそう言えばハボックが無言のまま籠を拾い上げる。ハボックの肩を抱くようにしてロイは家の中に入ると言った。 「支度が出来たら司令部に行こう」 「えっ?仕事しに行くんスか?」 驚いた顔で見上げてくるハボックにロイが苦笑する。 「酒を飲んだ時一緒にいた部下に話しを聞きに行くんだろう?」 「あ」 そう言われてハボックは不安そうな顔で俯いた。ロイはハボックの顎を掬い上げてその空色の瞳を覗き込みながら言う。 「ハボック、大丈夫だ。私がついてる」 「たいさ」 言えばハボックがロイの胸に顔を寄せた。 「オレ、いつの間にこんな弱虫になっちまったんだろう……」 以前ならどんな不安も困難も、笑って立ち向かうことが出来たのに。 「無理ないさ。自信の源になる根本が根こそぎ持って行かれてしまってるんだから」 そう言って金髪にキスを落とすロイをハボックが見上げる。その揺れる空色の瞳にロイは優しく笑いかけた。 「普段のお前なら出来ることが悉く出来ない。それがたとえどんなに小さな事でも積み重なればお前の自信を奪っていくに十分だ。これまでほとんど意識する事なしにこなしていた事であればあるほど」 ロイはまっすぐに見上げてくるその様が小さな子供のようだと思いながら言葉を続ける。 「ハボック、今のお前は病気みたいなもんだ。全て終われば元通りになって今まで通り出来るようになる。だから何も心配しなくていいんだ」 「たいさ」 見つめてくるハボックににっこりと微笑んで、ロイは白い額にキスを落とした。 「やっぱり行きたくないっス」 司令部の建物が見えてきたところでハボックが急に足を止める。ギュッと手を握り締めて微かに震えるハボックをロイは優しく引き寄せた。 「私がついているだろう?」 以前仕事に行くロイについて司令部に行くのも嫌がり、マスターのところで待っていたハボックだ。今だってその気持ちに変わりはないだろうものを、無理に連れていくのはどうだろうとロイはほんの少し迷う。だが、キュッと唇を噛むと笑みを浮かべて言った。 「行こう、大丈夫だ」 「たいさっ」 ハボックの肩を抱いて歩き出すロイに歩調を乱してついていきながらハボックはロイを見上げる。 「最初に司令室の方へ行こう。あそこならみんなお前のことを判ってる。それに」 とロイは見上げてくる瞳を見返して言った。 「みんな心配している」 その言葉にハボックが目を見開く。見開いた目をくしゃりと歪めるハボックの頭をロイはポンポンと叩いた。 「行こう」 「はい…ッ」 頷くハボックの肩を抱く手に力を込めて、ロイは司令部の門をくぐった。 カッカッと靴音を立ててロイは司令部の廊下を歩いていく。金髪の美女の肩を抱いた私服姿のロイを行き交う軍人達が目を剥いて見つめた。 「うそ、マスタング大佐?」 「え?誰っ、あの美人っ?!」 懸命に押さえてはいるのだろう。それでもそこここで囁きあう声が耳に届いてハボックは居たたまれない。自分の肩を抱くロイを見上げて小声で言った。 「大佐っ、肩離してくださいっ!みんな見てるっス!」 「気にするな」 「んなの、無理に決まってんでしょっ!」 食い入るように見つめてくる視線が肌に刺さって痛いほどだ。ロイの腕を振り解こうにも早い歩調についていくのがやっとで振り解く事が出来なかった。 「これはマスタング大佐、大層な美女をお連れだ。紹介して頂けますかな」 あと少しで司令室というところで前方からやってきた男がそう声をかけてくる。下衆な笑みを浮かべてくる男にロイは微笑んでみせた。 「フォーク大佐、紹介するも何もよくご存じの人物ですよ」 「え?」 言われてジロジロと見つめてくるフォークにハボックはロイに身を寄せる。ロイはハボックを抱き寄せるようにして歩き出しながら言った。 「急ぎますので失礼。行くぞ、ハボック」 そう言ってフォークを押しやるようにして廊下を歩いていく二人の背をフォークは見送る。 「ハボック、だと?そんなわけがあるかっ」 どう見ても女じゃないかっ、と喚くフォークの声を聞きながらハボックが顔を歪めた。 「オレだって判んなかったっスね」 「頭の固い馬鹿者だ。理解できなくて無理はない」 ロイはハボックの金髪をかき混ぜながら言う。そうこうする間に司令室にたどり着いた二人は、扉の前で一度足を止めた。 「入るぞ」 短くロイが言えば腕の中のハボックの体が強張る。励ますように抱く腕に力を込めて、ロイは司令室の扉を開けた。 ガチャリと扉が開く音にブレダは受話器を耳に当てながら視線を向ける。開いた扉から金髪の女性を連れたロイが入ってくるのを見て、小さな目を見開いた。 「大佐…?え……ハボっ?!」 「えっ?少尉?」 「ハボック少尉ですかっ?」 話途中の電話を叩き切ってブレダはガタンと立ち上がる。同じようにして驚きに目を見開いて立ち上がったフュリーとファルマンの顔を見渡して、ロイが笑みを浮かべた。 「おはよう。色々と迷惑をかけてすまないな」 ロイの言葉をきっかけに皆が駆け寄ってくる。ブレダはハボックの手を掴んで言った。 「ハボックっ、心配してたんだぞっ」 「少尉っ、顔見て安心しましたーっ」 「よかった、思ったよりお元気そうで」 口々に声をかけてくるみんなの顔を見て、ハボックは目を見開く。 「ブレダ……フュリー……ファルマン……」 呟くように名前を呼んだハボックがくしゃくしゃと顔を歪めるのを見て、ブレダはハボックの頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。 「この間は悪かったな、お前だって判ってやれなくて。まさかお前が女になってるなんて思ってもみなくてさぁ」 そう言うブレダにハボックは首を振る。手の甲で涙を拭うハボックをブレダはしげしげと見つめた。 「しかしお前、すげぇボインだな。それ、お前の理想か?」 「前はボインがいいと思ってたけど今はそう言うこと言わない」 「え?なんでですか?」 不思議そうに聞いてくるフュリーを見てハボックは眉を顰めて言う。 「だってすげぇ邪魔なんだもん。重くて肩凝るし」 持ってみる?と重たい鞄を持つように平然として勧められて、フュリーは真っ赤になって首を振った。そんなフュリーに苦笑してブレダはハボックに言う。 「で、何か少しは判ったのか?」 「ううん、まだ何も」 聞かれて悲しそうに首を振るハボックにブレダは安心させるように笑った。 「そうか。でもすぐ判るさ、大佐も一緒に探してくれてるだし。俺たちも出来るだけ情報集めるから」 「ありがとう、ブレダ」 そう言って笑みを浮かべるハボックにフュリーとファルマンも力強く頷いた。 「中尉」 ハボックがブレダ達と話している間にロイは執務室に入る。書類の仕訳をしていたらしいホークアイが振り向いて微笑んだ。 「大佐。今日はこちらに何か用事が?」 そう言われてロイが僅かに顔を顰める。 「酒を飲んだ夜に一緒にいたという部下の話を聞きにな。とっくに話を聞いたと思っていたらハボックの奴、聞いてないというもんだから」 まったく、と文句を言うロイにホークアイが言う。 「自分だと判ってもらえなかったのでしょう?ショックだったでしょうから仕方ありませんわ」 そう言うホークアイにロイは口をへの字に曲げた。 「ハボックにも同じ事を言われたよ。君の方がアイツの気持ちがよく判るらしい」 子供じみた妬心を覗かせるロイにホークアイの笑みが深くなる。 「聞いて早く解決するといいですわね」 「まったくだ」 そう言いあって二人は開け放たれた扉の向こうで、ブレダ達と話をするハボックの姿を見つめた。 |
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