| 幻想女神 第二十一章 |
| 「も、う…ヤだッ!こんな体…ッ!なんで酒飲んだだけでこんな事になんなきゃならないわけっ?」 「ハボック」 涙に濡れた頬を雨で更に濡らしてハボックが呻く。かける言葉をみつけられないロイを睨み上げてハボックは言った。 「どうせ大佐はオレのことバカな奴だと思ってるんでしょ?いつもバカだバカだって言ってるっスもんね。別にオレが元の体に戻れなくたって大佐困んないし、どうだっていいって思ってるっしょ?!」 そう怒鳴った途端、ハボックの頬が乾いた音を立てる。叩かれた頬を押さえて見開く空色の瞳にロイがハッとして言った。 「すまん」 「うっ……うぇっ……ッ」 ボロボロと一層涙を零して泣きじゃくるハボックをロイはギュッと抱き締める。そうして雨の中抱き合ったまま暫く立ち尽くしていたが、やがてロイが体を離して言った。 「帰ろう。このままじゃ風邪をひく」 そう言ってロイがハボックの肩を抱いて足を踏み出せばハボックもゆっくりと歩き出す。無言のまま傘も差さずに雨の中を歩いていたが、やがてハボックがポツリと言った。 「ごめんなさい、大佐……」 「構わん。私の方こそ叩いて悪かった」 ロイは寄り添うハボックの濡れて色を増した金色の頭を引き寄せて言う。 「私にはなんでも言え。辛いことも飲み込んだりせずに全部。いいな」 そう言えばハボックの体が小刻みに震えた。ロイはギュッと唇を噛み締めるとハボックの肩を抱く腕に力を込めた。 家に戻って順番に熱いシャワーを浴びる。なにも食べたくないと言うハボックにロイは一つため息をついて、温かいココアを淹れた。 「せめてこれくらいは飲みなさい」 そう言ってソファーに座るハボックにカップを差し出せば空色の瞳が見上げてくる。なかなか受け取ろうとしないハボックの手を取ると、ロイはココアのカップをハボックに握らせた。 「ハボック」 名を呼べば漸くハボックがカップに口を付ける。ロイはハボックの隣に腰を下ろすと、まだ濡れたままのハボックの髪を撫でた。 「濡れたままにしていたら風邪をひくぞ」 だがむずかるように首を振るハボックにロイはため息をつく。その途端ハボックの声が聞こえてロイはハッとした。 「ため息つかねぇで、大佐……」 そう言うハボックは両手で包み込むように持ったカップをじっと見つめている。ロイは撫でていた髪を引き寄せて口づけると言った。 「悪かった」 言えばハボックがロイをじっと見つめる。 「ねぇ、大佐。オレこれからもずっと大佐の傍にいてもいいっスか?」 「ッッ、当たり前だろうッ!」 ロイはそう言ってハボックの手からカップを取り上げる。乱暴にテーブルの上に置くとハボックの体を引き寄せた。 「愛してる、ハボック」 口づけの間に何度もそう囁けば 「オレも…ッ」 泣きそうな声で答えてしがみついてくる柔らかい体を、ロイは強く抱き締めた。 その夜はなかなか寝付けなかった。夜になって風が出てきたようで、時折雨が窓に当たってシャーッと音を立てるのが聞こえる。そのたびに怯えたように震えるハボックの背を、ロイは宥めるように何度も何度も撫でた。 「たいさ……」 囁いてハボックがロイの胸に頭を擦りつける。 「甘ったれだな。男に戻ってからもそうやって甘えていろ」 「ばか…」 愛しそうに言う声にハボックは赤らめた顔をロイの胸に埋めた。 雨の音を聞きながらいつの間にか微睡んでいたらしい。目が覚めれば昨日の雨が嘘のように綺麗に晴れ渡った空を見上げてロイが言った。 「いい天気だぞ、ハボック」 「う…ん…」 カーテンを押し開いたままロイはベッドのハボックへと視線を移す。ブランケットをかぶって金色の髪の毛だけを覗かせるハボックに近づくと、ロイはベッドに腰掛けて覗く金髪を撫でた。 「お前、女になってからは寝坊だな。前はどんなに疲れていても私より早く起きていただろう?」 金髪に指を絡めながらロイが言えばハボックが目だけを覗かせる。 「……目が覚めるといっつもだるくって、すぐ動けないんス」 ごめんなさい、と呟くハボックにロイは短く「いい」と言って立ち上がった。 「夕べなにも食べていないから腹が減っただろう。すぐ食事の用意をするから待っていろ」 そう言って寝室を出ていこうとするロイをハボックが呼ぶ。なんだと引き返せばハボックが腕を伸ばしてロイにしがみついてきた。 「あんま食べたくねぇっス」 「夕べも食べてないんだぞ」 ロイが眉間に皺を寄せて言ったがハボックはふるふると首を振る。 「ならコーンフレークくらいなら食べられそうか?」 そう聞かれてハボックは少し考えてから頷いた。ロイはしがみついてくる体をひょいと抱き上げるとハボックを連れて寝室を出る。まだ眠そうに目をこするハボックは子供のようで、ロイはクスリと笑ってハボックの額に口づけた。 「ほら、これくらいは全部食べるんだぞ」 食欲がないというハボックにロイはアカシアの蜂蜜とアーモンドをミックスしたコーンフレークに牛乳をかけたものを出してやる。それと一緒に切ったリンゴの皿を出せばハボックが言った。 「うさぎさんリンゴが食べたい」 「そう言うことを私に求めるな」 顔を顰めて言うロイにハボックが「ちぇーっ」と言って唇を尖らせる。 「何でも言って甘えろって言ったくせに」 と言うハボックの尖らせた唇をロイは指でピンと弾いた。 「食事が済んで一息ついたら出かけるか。今日は天気もいいし、調べものじゃなくて聞き込みに回ってもいいし」 ハボックにつきあってコーンフレークで朝食をとりながらロイが言う。ハボックはシャクリとリンゴを齧って言った。 「それなんスけどオレちょっと思い出した事があって」 「なんだ?」 そう尋ねてじっと見つめてくる黒い瞳を、ハボックは言いにくそうに上目遣いで見返す。 「あの……酒を飲みに行った時一緒にいた奴に聞いたらバーの場所判るんじゃないかなぁって」 その言葉にハボックを見つめていた黒曜石の瞳が大きくなる。ロイはガタンと立ち上がって言った。 「お前、バーの場所探したって、最初に部下の誰かに聞いてから探しに行ったんじゃないのか?」 「や、そのつもりで司令部行ったんスけど、オレだって判って貰えなかったからそのまま」 逃げてきちゃいました、とへらりと笑うハボックにロイの目が吊り上がる。 「ハボックっ」 「だって、マイク、オレだって判んなかったんスよ?なんて言って説明すりゃいいんスかっ?」 「そこで説明しなかったら先に進まんだろうが!」 ハボックの口調につられてロイが思わず声を荒げればハボックが唇をへの字に曲げる。 「大佐にあん時のオレのショックは判んねぇっスよ!」 みるみるうちに空色の瞳に盛り上がる涙にロイは慌てた。急いでテーブルを回ってハボックの傍にいくとハボックを抱き寄せる。 「悪かった、ハボック」 そう言って涙を唇で拭ったロイは、立ち去ろうとしていたその背中に『ハボックだろう?』と呼び掛けた時の事を思い出した。驚いたように見開かれた瞳に安堵の光が浮かび、その光が零れるようにポロポロと泣き出したハボック。あの後大泣きされて困ったことを思い出してロイがクスリと笑えばハボックが睨んできた。 「大佐、オレのことバカにしてるっしょ」 「違う。このなりをしたお前がお前だと判って追いかけた時の事を思い出したんだ」 ぎゃあぎゃあ泣かれて参った、と笑うロイにハボックがムッとする。 「だってホッとしたんスもん」 そう言うハボックの唇に自分のそれを押しつけたロイは、額をハボックの額につけて話す。 「そうだったな。それを思えば自分だと判って貰えなかったショックで聞けなかったお前の気持ちも判る」 「……判ってくれたんならいいっス」 まだちょっとむくれて、涙に潤んだ瞳で睨みながらそう言うハボックにロイは笑みを深めた。 「お前、女性になってから泣き虫になったんじゃないか?」 「えっ?そんな事ないっスよ」 「泣き顔も好きだから構わんが。元に戻ったらベッドで思い切り啼かせてやる」 「な…ッ?!それ意味が違うっしょっ!つか、アンタこんな時でも相変わらず腐ってるっスねッ!!」 「でも、私が好きだろう?」 そう言ってニヤリと笑うロイにハボックは目を見開いて絶句する。それからロイの肩にコツンと額を当てて言った。 「好き……っス」 「私も好きだよ、ハボック」 ロイはそう言うと真っ赤になったハボックの顎を掬いそっと口づけた。 |
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