| 幻想女神 第十八章 |
| 「ラツァリーネ?それなら三つ先の角を曲がった路地入った一番奥にある店だよ」 酒造協会の電話をリダイアルしてハボックが連れていかれたと思われる店の名を突き止めたロイだったが、いざ向かおうとしてその店の場所を知らない事に気づく。手当たり次第見かけた相手に店の名を繰り返して聞いたロイは、五人目にして漸く店の場所を知っている人間に行き当たった。 「路地の一番奥だな、ありがとう!」 ロイは礼を言うのもそこそこに店があるという路地に向かって走り出す。教えられた角を曲がって路地に飛び込むと幾つもの店を通り過ぎ一番奥の店の前に立った。 「ラツァリーネ……、ここだ」 ロイはけばけばしいネオンで描かれた店の名を確認して扉を押し開ける。途端にもあっと押し寄せてくる湿り気のある酒と煙草の匂いに、ロイは眉を顰めて店の中を見回した。ハボックの金髪が見あたらないのに更に眉間の皺を深めて、ロイは手近にいたウェイターに声をかけた。 「おい、ここに金髪に空色の瞳のグラマーな女性が来なかったか?この店の常連と一緒だったと思うんだが」 「金髪に空色の瞳のグラマーな女?」 長髪を首の後ろで束ねたウェイターはロイの言葉に首を傾げたが、丁度酒のグラスをトレイに載せて通りかかった若いウェイターを捕まえて聞く。 「なあおい、お前金髪に空色の瞳のグラマーな女っての見かけなかったか?」 「えっ?金髪に空色の瞳?……いやっ、見てねぇけどっ」 「そうか。…悪いな、アンタ。ここには来てないみたいだ」 長髪のウェイターは若いウェイターの返事を聞いてロイに向かって言う。だが、ロイは長髪のウェイターには答えず、そそくさと背を向けて店の奥へ行こうとする若いウェイターを見つめた。 「おい」 とロイがその背に声をかければ若いウェイターの肩がそれと判るほどに跳ね上がった。 「来たんだな、どこへ行った?」 ロイは長髪のウェイターを押し退けて若いウェイターに近づきながら言う。若いウェイターは首をブンブンと振って答えた。 「来てねぇっ!そんな女見てないって!」 ウェイターはそう叫びながら奥へ続く扉へちらりと視線をやる。『この奥にいます』と言っているに等しいその様子にロイは目をスッと細めて言った。 「奥か」 そう呟くやいなやロイはウェイターを突き飛ばして奥へと走る。飛びついた扉を開けようとして、鍵のかかったノブがガチッと堅い音を立てて途中で止まったのに、ロイはチッと舌打ちして懐から取り出した発火布をはめた。パチンと指を鳴らせばボンッと音がして鍵が壊れる。乱暴に扉を開けたロイは目と耳に飛び込んできた光景と声に目を見開いた。 「押さえておくから飲ませろ。飲ませちまえば薬が効いて後はこっちのもんだ」 「や…っ、離せッ!!」 「ほら、飲めよ。男に戻ろうなんて気が起きなくなるようにたっぷり可愛がってやるぜ」 口髭を蓄えた男がハボックの体をソファーに押さえ込み、茶色の髪の男がハボックに圧し掛かるようにしてハボックの口元にボトルを押しつけようとしている。なんとか逃れようと必死にもがくハボックの顎を掴んでボトルを手にした男が笑った。 「ほら、飲めよ。これ飲んで俺たちに突っ込まれれば男に戻ろうなんて気は起きなくなるぜッ」 下卑た笑い声を立てて男が強引に開かせたハボックの口にボトルを当てようとしたその瞬間。 バンッ!!と音がしてボトルが木っ端微塵に砕ける。 「……な、ん……ッ?!」 突然の事に目を丸くした男は自分の頭からする焦げ臭い匂いに目を見開いた。 「ロベルトっ、髪ッ!髪が燃えてるッ!」 「えっ?!…うわっ、チィィッ!!熱ッ!!熱いッ!!」 ハボックを押さえ込んでいた手を離してルーカスがロベルトの頭を指さす。ロベルトは手の中に残っていたボトルの首を放り投げて自分の頭を両手でバシバシと叩いた。 「アチチチッ!!ギャアッ!なんで髪がッ?!」 ロベルトは絶叫を上げて頭を叩きながら部屋の中を駆け回る。その光景を呆然と見ていたルーカスは目の前に立ち上ってきた煙に気づいてギクリとした。 「ヒ……ッ、アツッ!!ウギャアッ!!」 ルーカスは火がついた自分の髭を手で押さえようとして、その熱さに手を離し悲鳴を上げて転げ回る。ジタバタと暴れるルーカスと走り回るロベルトがもつれ合って床に倒れ込んだ時、パチンと音がして二人の体から焔が消えた。 「この店は嫌がる客に無理矢理酒を飲ませるのか?」 「……たいさっ」 ソファーの端で身を縮こまらせて呆然と二人の様子を見ていたハボックは、ゆっくりと部屋の中に入ってきたロイを見て声を上げる。ロイはハボックの傍までくると目を見開いて見つめてくるハボックの頬を撫でた。 「怪我はないか?」 そう尋ねれば身を強張らせていたハボックの体がビクリ震える。ハボックはロイの手に頬を擦り寄せて頷いた。震える体を抱き上げて、ロイは呆然として床に蹲る男達に視線を向ける。怒りに満ちた黒曜石の瞳に睨まれて声も出せない二人にロイは言った。 「二度とこんな事をしてみろ。その時は一瞬で消し炭にしてやる」 「……ヒ…ィッ!」 竦み上がる男達を置き去りにロイはハボックを抱いて部屋を出る。何事かと様子を伺っていたウェイターと客を押し退けて、店を抜けると外へと出た。ロイはギュッと抱きついてくるハボックを抱えて通りを歩いていく。途中からかう声をかけられても知らん顔で歩き続けたロイは、コーヒーショップの扉を肩で押し開けて中へ入った。 「大佐っ?!」 店どころではなかったのだろう、早々に店を閉めて苛々としながら待っていたマスターがロイの顔を見て座っていた椅子から飛び上がる。ロイが抱いていたハボックの足を下ろして体を支えるようにして立たせてやれば、駆け寄ってきたマスターが言った。 「よかったぁッ!見つかったんですねッ!!」 泣きそうな顔で二人の顔を見比べるマスターにロイが言う。 「心配をかけた、マスター。すまなかった」 「いやいや、無事見つかってよかったです」 そう言って笑うマスターに頷いたロイだったが、傍らに立つハボックの腕を掴むと思い切りその頬を叩いた。 「……ッッ!!」 「大佐ッ!!」 声も上げられずに床に倒れ込むハボックにマスターが慌てて手を伸ばす。 「大佐、そんな乱暴なっ」 ハボックの体を支えながらマスターが声を上げた。それには答えずロイはハボックを睨んで言う。 「マスターに謝るんだ、ハボック。今日一日面倒かけて、その上私の言いつけを守らずに店を飛び出して心配させて」 叩かれた頬を押さえて見上げてくる空色の瞳を見つめてロイは続けた。 「もし私があそこに行かなかったらどうなってたと思うんだ?あの下衆野郎どもに薬入りの酒を飲まされていいようにヤられてたんだぞッ」 その言葉にハボックの瞳が見開かれる。ロイはハボックの前に片膝をついてその瞳を覗き込んで言った。 「そうなればマスターは引き留めて置けなかったと自分を責めるだろう。お前の浅はかな行動がどういう結果を生むか、少しでも考えたならこんな事はできなかった筈だ」 怒りを込めた低い声にハボックは唇を震わせる。ギュッと手を握り締めて小さな声で言った。 「でも、オレ……大佐に迷惑かけちゃいけないって、そう思って……」 そう言った途端、ハボックの頬がパチンと軽い音を立てる。 「迷惑だなんて思ってないと何度言ったら判るんだ、お前は」 ハボックの頬を軽く叩いてロイがそう言えば、ロイを見つめるハボックの瞳に涙が盛り上がった。 「ごめ……ごめんなさい…ッ、マスター、たいさ…っ」 ポロポロと涙を零すハボックにマスターが笑う。 「いいんですよ、ハボックさん。無事でよかった」 「ひ…ぅ……ごめんな…いっ」 謝罪の言葉を繰り返しながらポロポロと涙を零すハボックを、ロイはそっと抱き締めて安堵の溜息を零した。 |
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