| 幻想女神 第十六章 |
| 「一緒に、って、なんで?」 正直こんな突拍子もない話、信じて貰えるだけでも信じられないのに、更に問題の酒を捜す手伝いをするなどと言われてハボックは不思議そうに言う。しかもそう言うのがほんの数分前にあったばかりの相手となればますます疑問は膨らむばかりで、ハボックは自分を抱き締める腕から逃れようともがいた。 「俺、女の子が困ってるの見ると放っておけないんだよね」 ロベルトはそう言ってもがくハボックの顎を掴む。目を見開くハボックの空色の瞳を覗き込んで言った。 「それに君、俺の好みだし」 にっこりと笑って近づいてくる緑の瞳から逃れようとハボックは激しく首を振る。なんとか顎を掴む手だけは振り解いてハボックは言った。 「女の子って、オレの話聞いてた?今はこんな格好だけど、オレ、男だぜっ」 「でも今は女の子だろ?」 ロベルトはそう言いながらハボックの金髪に手を伸ばして指を絡める。 「少なくとも捜してる間は女の子なんだしさ。その手のもん捜すなら女の子一人で捜すより男と一緒の方が便利だし安全だと思うけど」 そう言われてハボックは眉を寄せた。確かに自分一人でうろうろと聞き回るより誰か一緒にいてくれた方が心強い。本当はロイと一緒に捜すのが一番なのだろうが、忙しいロイにそうそう頼るわけにもいかないと思ったからこそこうして一人で出てきたのだ。チンピラに絡まれて怖い思いをしたことが頭に浮かんで、ハボックはロベルトを見た。 「その酒に何か心当たりがあるわけ?」 「んー、今すぐある訳じゃないけど」 ロベルトは髪に絡めた指でハボックの耳を弄りながら言う。ピクンと腕の中の体が震えたのに目を細めて続けた。 「まあ、すぐ判ると思うよ」 そう言いながらロベルトはハボックの耳から首筋へと指を移動させる。そうすればハボックが擽ったそうに身を捩ってロベルトの胸を突っぱねた。 「オレ、一刻も早く元の体に戻りたいんだ。一分でも一秒でも早く」 言って見上げてくるハボックの切羽詰まった表情をロベルトは見つめる。考えるように「ふむ」と頷いて、ロベルトはハボックから手を離して立ち上がった。 「ちょっと知り合いに2、3電話してくる。きっと何か判ると思うからそうしたら一緒に出かけよう」 「…ッ、ありがとうっ」 パッと顔を輝かせて言うハボックにロベルトはウィンクして奥の部屋に入っていく。ハボックはソファーに座りなおしてホッと息を吐いた。 「よかった、これなら思ったより早く元の体に戻れるかも」 ロイの手を煩わせずとも何とかなりそうだと、ハボックは安心して目を瞑った。 「ああ、俺おれ、ロベルトだけどさ」 奥の部屋に入ったロベルトは空で番号を回して出た相手に向かって言う。隣の部屋との扉がきっちり閉まっていることを確認した上で、更に声を潜めて言った。 「今俺好みのいい女が来てんのよ。言ってることは訳判んんねぇんだけど、すげぇ美人でイイ体しててさ。協力してくれよ」 そう言って相手の言葉を待つ。うんうんと頷きながら言葉を交わしたロベルトは言った。 「判ってるって。ちゃんと回してやるからさ。その代わり上手く頼むぜ」 下卑た笑いを零してロベルトは受話器を置く。そうして表情を取り繕うとハボックが待つ部屋に続く扉に歩み寄ったロベルトがノブに手を伸ばした時カタリと背後で音が聞こえた。 「……チッ、いたのかよ」 音のした方を振り向いてロベルトが舌打ちする。部屋の隅の椅子で今目覚めたかのように伸びをする老人を忌々しげに睨んで、部屋を出ていこうとするロベルトにその老人が言った。 「おい、言っておくが余計なトラブルを起こすんじゃないぞ」 「………聞いてたのか?」 相手の様子を窺うように剣呑な目つきで見つめてくるロベルトに老人は大欠伸をしてみせる。 「眠ってたからな。だが、お前がそう言う顔をしている時はろくな事をせん」 「うるせぇ、老いぼれは黙ってろ」 ロベルトは吐き捨てるように言うと今度こそ扉を開けて部屋を出ていった。 「ごめん、待たせたね」 その声にハボックは飛び上がるようにして振り向く。近づいてくるロベルトを目で追いながら言った。 「何か判った?」 そう言って縋りつくように見上げてくる空色の瞳にロベルトはゾクゾクしながら答える。 「俺の知り合いにその酒のことなら知ってるって奴がいたよ」 「本当っ?」 「ああ、今から行ってみる?」 「是非!」 ハボックは答えて勢いよく立ち上がった。ロベルトはハボックの肩に手を回しながら言う。 「バーを経営してる奴でさ、もの凄い酒に詳しいんだよ。ここからすぐのところだから」 「そうなんだ、オレ、随分あちこち捜して回ったんだけどその店、行かなかったのかな」 行っていればもっと早く判ったのにと残念そうに言うハボックを、事務所の外へ連れ出しながらロベルトが言った。 「行ってたかもしれないけど、ほら、そいつ経営者だから店に出てるとは限らないし」 「ああ、そうか」 言われてハボックはなるほどと頷く。ハボックは酒造協会の事務所を出ると、ロベルトに導かれるまま夜の街を歩きだした。その時になって漸くロベルトの腕が自分の肩に回されていることに気がつく。ハボックはロベルトから身を離そうとしながら言った。 「ちょっと離してくれない?」 「ダメだって」 「なんでっ?」 離してくれるどころかグイと引き寄せられてハボックはロベルトを睨む。ロベルトはチッチと指を振って答えた。 「こんな時間、こうやって恋人同士みたいに振る舞ってた方が自然だろう?」 「オレはアンタと恋人同士じゃねぇもん」 ハボックはそう言って肩に置かれたロベルトの手を思い切り抓る。流石にイテテと手を離したロベルトを睨みながら言った。 「協力してくれるのには感謝してるけど、必要以上にベタベタすんなよ」 そう言って睨んでくる空色の瞳にロベルトは内心舌打ちする。だが表面上はニコニコとしながら言った。 「悪かったよ、そんな怒るなって。な?」 ハボックはヘラヘラと笑う男を睨んでいたがフイと顔を逸らす。思い詰めたような横顔にロベルトはハボックの背中を叩いて言った。 「ほら、すぐそこだぜ。俺の知り合いの店」 その声にハッとするハボックを、ロベルトは路地の奥へと導く。表通りよりずっと胡散臭い店が並ぶ更にその奥へとロベルトはハボックを連れていった。 「失礼、ちょっと尋ねたいことがあるんだがっ」 ロイは酒造協会のガラス張りの扉を勢いよく開けて言う。誰もいない室内にチッと舌打ちして声を張り上げた。 「誰かいないのか?!」 灯りがついているのだ、誰かいるはずとズカズカと入った事務所の更に奥へロイが行こうとした時、奥の部屋の扉が開いて老人が顔を出した。 「何か用かい?」 そう言う老人に内心「用があるから来ているんだ」とムッとしつつ表面上はにこやかにロイが言う。 「ここに金髪に空色の瞳の女性が訪ねて来なかったか?ここに来ると言っていたんだが」 「さっき誰か来たようだが生憎儂はずっと奥にいたんでね」 「その時応対した人は?」 「ロベルトって男だが今出かけてるよ」 その言葉にロイは軽く舌打ちする。どうするか、一瞬考え込むロイに老人が言った。 「さっき来たのがお前さんが探している人間だとして」 老人の声に考え込んでいた視線を上げるロイに老人が続ける。 「ロベルトと一緒に出ていったんなら急いで探した方がいい。なにやら悪い仲間と電話していたからな。アイツに目をつけられたらただじゃすまん」 「な…ッ?」 老人の言葉にロイは目を剥いた。老人の腕をガシッと掴んで言う。 「ハボックがそんな奴と一緒に出ていくのを黙って見ていたのかっ?」 「眠ってたと言わんかったか?儂が寝てる部屋にロベルトが来て電話していったんだ」 老人は腕を強く握られて痛みに顔を顰めながら言った。 「内容は聞き取れんかったがアイツがああ言う顔をしている時はろくでもないことを考えているときだからな」 そう言う老人に息を飲んでロイは腕を掴む手に力を込める。 「そのロベルトとか言う奴、どこに行ったか判るか?」 「さあなぁ」 肩を竦める老人にロイは唇を咬み締めた。少し考えてふと思いついたように老人に尋ねる。 「電話していたと言ったな、その電話はどこにある?」 「奥の部屋だ」 「ちょっと見せてくれ」 ロイはそう言うと老人が指さした扉を開けて中に飛び込んだ。漸く腕を放して貰えて老人が腕をさすりながらついてくる。ロイは部屋の隅に置いてある電話に歩み寄って電話機に目を走らせた。 「あった」 ロイは受話器を取ると電話の表面にある小さなボタンを押す。そうすれば電話は自動的に最後にダイヤルした相手へと繋がった。 『はい』 男の声が受話器から聞こえる。ロイは小さく息を吸うと酔ったようなハイテンションな口調で話し出した。 「あっ、バー・ラズィール?あのさぁ、今から友達連れていくんで席取っておいてくれるかなぁ」 『はあっ?てめぇどこにかけてやがんだ』 「ラズィールだろ?友達連れていくから」 『ここはラツァリーネだっ!ちゃんと番号みてからかけろっ、この酔っぱらいッ!』 相手の男は忌々しげにそう怒鳴ると叩きつけるように電話を切る。ガチャンと耳に響く音に顔を顰めながらもロイはフンと鼻を鳴らして受話器を置いた。 「ラツァリーネか。ありがとう、邪魔をした」 ロイはそう言って事務所を飛び出していく。その背を見送った老人は電話に目を戻してロイが押したボタンを見下ろした。 「なるほどねぇ、思いつかなかった」 間に合えばいいけど、と老人は感心したようなため息を零しながら呟いたのだった。 |
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