親友疑惑  第五章


「う……ん」
 意識がゆっくりと浮上してハボックは目を開ける。そうすれば身を乗り出して覗き込んでくる人影を、ハボックは驚いて突き飛ばした。
「嫌だッ!」
 そう叫んでベッドから飛び降りようとする。だが、降りる前にグイと肩を引かれて、ハボックの唇から悲鳴が上がった。
「ヒィッ!」
「ハボックっ!」
「嫌だッ、離せッ!!触るなッ!!」
 ベッドに押さえ込まれてハボックは必死に暴れる。腕を押さえつけて圧し掛かってきた男が、ハボックの顔に己の顔を押しつけるようにして叫んだ。
「落ち着け、ハボック!こっちを見ろ、私だッ!!」
 間近で怒鳴る声に鞭打たれるようにハボックの体がビクリと震える。ハアハアと息を弾ませながらも暴れるのをやめたハボックが恐る恐る声のする方へ視線を向ければ、心配そうに見下ろしてくる黒曜石と目が合った。
「大……さ」
「そうだ、私だ」
 漸く自分を見たハボックにロイはホッと息を吐く。ハボックの体から力が抜けてもう暴れないと判ると、ロイは押さえ込んでいた手を離した。
「ここは……?」
「ヒューズにとって貰ったホテルだ。流石にあの格好で帰る訳にはいかなかったんでな」
 そう言うロイをハボックは見上げる。見つめてくる空色に微笑んでロイは言った。
「あの不届き者は懲らしめておいた。まったく私のハボックに手を出そうなんて……やはり燃やしてやればよかったか」
 その時のことを思い出したように言うロイの言葉に、ハボックはディアスの獣じみた目を思い出してゾクリと震える。もう少しで犯されるところだったのだと改めて思えば、体がガタガタと震え出すのを抑えることが出来なかった。
「もう大丈夫だ。あんな奴に指一本触れさせん」
 ロイはそう言って震える体を抱き締める。ハボック、と耳元に囁いて優しく髪を撫でるロイの腕に抱かれていたハボックは、不意にドンッとロイの体を突き飛ばした。
「ハボック?」
「オレに触んな」
 ハボックは驚いたように見つめてくる黒曜石を睨みつける。今でも変わらず好きなその黒を見つめれば、ディアスとのことで押さえ込まれていた怒りと哀しみが蘇ってきてハボックは溢れそうになる涙を必死にこらえて言った。
「なんでオレのこと助けになんて来たんスか?オレがどうなろうとアンタに関係ないっしょ?」
「な……っ、関係ないわけが────」
「中佐が好きなくせにッッ!!」
 言いかけた言葉を遮るように被せられた声にロイは目を見開く。目をまん丸にして絶句するロイを涙の滲む目で睨んで、ハボックは続けた。
「中佐がアンタに指輪持ってきたの、知ってるんスよ!」
「指輪?お前、見たのか?あれを」
「見たっスよ。すいませんね、勝手に見て……。落ちて蓋が開いた拍子に見えたんスよ。そりゃ見られたくなかったでしょう、中佐からアンタへの指輪なんて……ッ」
「違う、あの指輪は」
 ロイは言いながらハボックに手を伸ばす。その手をパンッと払いのけてハボックは言った。
「それに、あの写真……ッ、中佐とキスしてたッ!!」
「写真……」
 そう言われてロイはぞぞぞと震え上がる。ベッドの上に膝を乗り上げてロイは、ロイを近づけまいと腕を振り回すハボックを強引に押さえつけた。
「やだッ!!離せよッ、この嘘つきッッ!!」
「落ち着け、ハボック!!」
「本気で好きだったのにッッ!!大佐の馬鹿ッッ!!」
 泣き叫んで暴れるハボックを押さえ込んでロイは乱暴に口づける。首を振って逃れようとするハボックに深く口づければ、口内に血の味が広がった。
「んーッ、んっ……んん」
 それでも構わず舌を絡め深く唇を合わせていると、ハボックの体から力が抜けていく。最後には甘く鼻を鳴らすハボックから唇を離して、ロイは間近からハボックの瞳を覗き込んだ。
「誤解だ、ハボック。あの写真は捏造だ。私とヒューズはそんな関係じゃない」
 そう言ってもハボックは疑うようにロイを見つめる。ロイは深いため息をついて言った。
「あのなぁ、私がヒューズとなんて考えただけでも気持ち悪いだろう?写真だって落ち着いてよく見れば合成だって判る。疑うなら後でもう一度よく見てみろ」
「…………指輪は?」
「あれは」
 と、ロイは困ったように視線をさまよわせる。諦めたようなため息と共にハボックを見て言った。
「お前に渡すつもりだった。この間飲んだ時にヒューズがグレイシアに指輪を贈った話を聞いてな、私もお前に贈りたいと思って注文していたんだ。受け取りにいく時間がなくてヒューズに代わりに取りに行って貰っていた。大体好きな相手に指輪を渡すのに、言伝を頼むわけないだろう?直接渡すぞ、普通」
「あ」
 言われてみれば確かに「渡しておいてくれ」とハボックに渡すのは変だ。そんなことにも気づかないほど嫉妬でなにも見えなくなっていたのかと、ハボックは情けなさに唇を噛んだ。
「だって、大佐。中佐と楽しそうに飲みに行っちゃうし」
「お前だって友人と飲みにいくと言ってただろう?」
「オレのこと放って泊まってきたじゃん」
「あれは疲れがたまっていたところに酒を飲んだらつぶれたんだ。気がついたら朝だった」
 泊まると連絡したのはヒューズだと聞いてハボックは目を瞠る。そんなハボックにロイは苦笑してハボックの額にかかる髪をかき上げた。
「馬鹿だな、ハボック。私が好きなのはお前だけだ。どうしてそんなことも判らないんだ」
「だって……っ、ディアスと出かけるときだってなにも言わないしッ」
「なんだ、行くなと言って欲しかったのか?」
 ロイはクスリと笑ってハボックの頬を撫でる。
「いつもは私が色々言うのを嫌がるくせに、勝手な奴だな」
「だって……ッ」
 ハボックは撫でてくる手に首を竦めるようにして顔を歪ませる。くしゃくしゃと顔を歪めるハボックを見つめて、ロイは言った。
「どうやら私がどれだけお前を好きなのか、まだよく判っていないようだな。それならたっぷりとその躯に教えてやろう」
「大佐っ」
 ロイは言ってハボックをベッドに押し倒す。まん丸に見開いて見上げてくるどこか幼い空色に笑みを浮かべて、ロイはハボックに深く口づけていった。


→ 第六章
第四章 ←