親友疑惑  第四章


 ドンドンと扉を叩く音にディアスはアパートの扉を開ける。俯いて立っている愛しい金髪をそっと撫でるとディアスはその名を呼んだ。
「ジャン……」
 呼んでもハボックは顔を上げない。僅かに眉を寄せたディアスがハボックの肩に手をかけその顔を覗き込めば、ハボックはその空色の瞳をギュッと瞑っていた。
「ジャン」
 もう一度呼ぶとハボックがゆっくりと目を開ける。その空色が己を見つめるのを見て、ディアスは優しく笑った。
「よく来たな。俺が別れる方法、きっちり教えてやるからもう心配いらな────」
「ありがとう、でも、もう必要ない。別れてきたから」
「ジャン」
 低い声でロイとのことを口にするハボックに、ディアスは満面の笑みを浮かべてハボックを抱き締める。ハボックの金髪を優しく何度も撫でて、ディアスは言った。
「そうか、辛かったな。でも、お前のためにはそれが一番よかったと思うぜ」
 あんな不正実な奴、とディアスは言いながらハボックを中へと促す。黙ったままのハボックをリビングのソファーに座らせるとその隣に腰を下ろした。
「アイツ、つき合ってるって認めたのか?まあ、あんな写真見せつけられたら反論もできないだろうけど」
 探るようにディアスが尋ねればハボックの肩がピクリと震える。ハボックは膝の上で握り締めた手を見つめて答えた。
「指輪を……」
「指輪?」
「中佐が持ってきた。大佐にって……」
 そう言って唇を噛み締めるハボックにディアスは僅かに目を見開く。
(なんだ、それじゃあホントにあの二人、デキてたのか。写真をでっち上げるまでもなかったのか)
 ハボックを信じ込ませるために捏造したロイとヒューズのキスシーンを写した写真。苦労したのにとぼやくディアスの胸の内など気づかず、ハボックは言った。
「中佐が指輪持ってきたときは心のどこかで信じたくないって思ってた。でも、あんな写真見たら……ッ」
(写真も役に立ったってことか)
 内心ほくそ笑みながらディアスは気遣う表情を浮かべて見せる。微かに震えるハボックを抱き寄せて言った。
「かわいそうに、ジャン。でも判って良かったよ、このまま知らずにつきあい続けていたら、きっと散々いいように弄ばれた挙げ句いらなくなったら捨てられてた。結局は中佐の代用品だったんだから」
 そう言えばハボックの体が大きく震える。ディアスはハボックの顔を覗き込んで続けた。
「もうあんな男の事なんて忘れちまえ。これからは俺が側にいてやるから」
「忘れる……?」
「そうだよ、お前に酷いことしたあんな奴忘れてさ。大丈夫、俺がいる。俺はジャンのこと昔からずっと────」
「無理だよ」
 ディアスの言葉を遮ってハボックは言う。目を瞠るディアスを見つめてハボックは言った。
「本気で好きだったんだ。大佐がオレのこと何とも思ってないって判ったからって簡単に割り切れるわけ、ないだろ……ッ!」
 クシャリと顔を歪めてハボックは怒鳴る。そのまま勢いよく立ち上がり出ていこうとするハボックの手首を、ディアスは咄嗟に掴んだ。
「離せよッ!」
「だったら俺が忘れさせてやるッ!」
 掴まれた手を振り解こうとするハボックにディアスが声を張り上げる。驚いたように目を瞠るハボックにディアスが言った。
「忘れさせてやる。俺は本気でお前が好きなんだ、あんな奴よりずっと」
 低く囁くディアスの声にハボックの背筋がゾクリと震える。見開いた空色を見つめてディアスはゆっくりと立ち上がった。
「好きだよ、ジャン。愛してる。あんな奴、忘れさせてやる……」
「ッ!!」
 グッと引かれた腕をハボックは思い切り振り払う。そのまま飛び出していこうとすればディアスの手がハボックの肩を掴んだ。
「行かせない、ジャン!」
 ディアスはそう言うと同時にハボックの足を払う。バランスを崩して倒れ込んだハボックは、その拍子に強かに頭を床に打ちつけ目の前がフッと暗くなった。
「俺がどれだけお前が好きか判らせてやるッ、お前は俺のもんだ、ジャン!」
 ディアスは微かに呻くハボックのボトムに手をかけると下着ごと剥ぎ取ってしまう。長い脚を抱えあげると取り出した己をハボックの双丘の狭間へ押しつけた。
「俺のもんだ、俺の……ッ」
 ディアスは呻くように言って強引に体を進めようとする。だが、まだ堅く閉ざされた蕾は容易には受け入れなかった。
「くそっっ!!」
 焦るディアスの熱い塊が何度も入り口を掠めて、ハボックは沈みかけた意識を取り戻す。ハアハアと熱い息を吹きかけて圧し掛かってくるディアスの獣じみた顔に、ハボックはぞっと震えて必死に身を捩った。
「嫌だッ!やめろっ、テオッッ!!」
「お前は俺のもんだッッ!!」
 そう怒鳴るディアスの切っ先が蕾にめり込んでくる。ヒッと息を飲み込んだハボックの唇から悲鳴のような声が上がった。
「大佐ッ!!」
 無意識に唇から零れた名前にハボックはハッとする。裏切られたと思っても、それでもこんなにも好きなのだと思った瞬間、ハボックは思い切り頬を張られて悲鳴を上げた。
「お前は俺のもんなんだよッ、ジャン!!」
「テオ……ッ!!」
 何度も頬を張られながら見上げれば血走った瞳が食い入るように己を見下ろしている。その瞳に飲み込まれるようにフッと意識が遠くなりかけた時、ハボックは蕾に押し当てられた熱にギクリと体を強張らせた。
「俺のもんだ……ッッ!!」
 ディアスが低く唸ると同時に先端がグッと蕾を押し開く。ミチ、と嫌な音と共に滾る牡が強引に割り入ってくる感触にハボックは目を見開いた。
「や、だ……ッ」
 ロイしか知らない体に他の男のモノが押し入ってくる。そう思った瞬間、ハボックは反射的に舌を歯に挟んでいた。
(イヤダ)
 ググッと凶器が蕾をこじ開けるのと同時に舌を挟み込んだハボックの歯に力が入る。微かな血の味がハボックの口内に広がった、その時。
 ドオオンッッという凄まじい音と共にアパートの扉が吹き飛んだ。
「なッ?!」
 驚いて振り向いたディアスの下顎を強烈なパンチが見舞う。ダンッと壁に叩きつけられたディアスが痛みをこらえて薄目を開ければ、屈み込んでハボックの顎を掴むロイの姿が見えた。ロイはハボックの歯の間に指をねじ込んでハボックが舌を噛み切ろうとするのを防ぐ。
「バカがッ!やめろ、ハボックッ!!やめるんだッッ!!」
 弱々しく首を振ってそれでも舌を噛み切ろうとしていたハボックはその声にゆっくりと閉じていた目を開いた。自分を見つめる黒い瞳に気がつくと噛み締めていた口の力を抜く。ロイはハボックが舌を噛み切ろうとするのをやめた事に気づいてそっと指を引き抜いた。
「た……さ」
「ったく、お前はッッ……!!」
 呻くようにそう言ったロイはそれでもホッとしたようにハボックの体を抱き締める。自分を抱くロイの香りにハボックは小さく息を吐くと気を失ってしまった。ロイは上着を脱いでハボックの体を包む。ハボックの体を抱き上げ、ロイは壁際に蹲るディアスを睨みつけて言った。
「この落とし前はきっちりつけてもらう。待っていろ、ディアス」
 そう言って出て行こうとするロイにディアスは大声を上げる。
「お前なんかより俺のほうがジャンを愛してるんだっ!!ジャンは俺といた方が幸せになれるんだよッッ!!」
 そう叫んでよろりと立ち上がるとディアスはロイを睨む。
「返せよ、ジャンを返せっ!」
 そう言って掴みかかろうとするディアスをロイは無表情で見つめた。次の一瞬グワと膨れ上がった熱い空気にディアスは叩きつけられるようにして壁に背を打ち付ける。
「なん……っ?!」
「次は一瞬で消し炭にしてやる」
 自分を見つめる真っ黒い瞳にディアスはぞっとして竦みあがった。
「ハボックは渡さない、例えそれが誰だろうと。手放すくらいなら私がこの手で殺してやる」
 その言葉に異常なまでのハボックへの執着を感じてディアスは息を飲む。指一本動かすことの出来ないディアスをそのままに、ロイはハボックを抱えてアパートを出て行った。


 アパートを出たところでロイはアパートの壁に寄りかかるようにして立っているヒューズに気がついた。ヒューズは壁から身を離すとロイの腕の中のハボックを見て言う。
「なに、食われちゃったの?」
「食われてたまるか」
 吐き捨てるように言うロイに苦笑すると、ヒューズはハボックの唇に滲む血に気づいてその顎を取った。口の中を覗き込んで呆れたように言う。
「舌を噛み切ろうとしたのか」
「寿命が縮まったぞ」
 噛み切る寸前だったんだ、と苦々しく言うロイにヒューズが笑った。
「愛されてんなぁ、お前」
「私だって愛している」
「知ってるさ」
 そう言ってヒューズはハボックを抱くロイの指を見る。くっきりと歯形の残るそれに目を細めた。
「大事な指が噛み切られても構わなかったんだろう?」
「ハボックの命に比べたら指の一本や二本、大したことじゃない」
「お前にとってどれだけ自分が特別かって、いつになったら気づくのかねぇ、このワンコは」
 ため息混じりにそう言うと、ヒューズはロイとその腕の中のハボックを見る。
「で、その格好でホテルに戻るのか?」
「戻れんだろうな。一発で噂の的だ」
「安宿でよければ取ってやるぜ」
「頼むよ、ヒューズ」
 素直にそう言うロイにほんの少し目を瞠るとヒューズは笑って肩を竦めた。
「ま、精々そいつにお前がどれだけ惚れ込んでるかって事、教えてやるんだな」
「言われなくてもそうするさ」
 さらりとそう言うロイにヒューズは思い切り顔を顰める。
「あーっ、ヤダヤダ。もう、勝手に言ってろ」
 ヒューズはそう言うとちょっと待ってろ、と宿を取りに姿を消す。ロイは人通りの少ない路地に面した壁に寄りかかると愛しそうに腕の中の体を抱きしめたのだった。


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