| 親友疑惑 第二章 |
| 出張でセントラルにいる間に調べてやると言ったディアスと別れてホテルに戻ったハボックは、部屋に届いていたメッセージに顔を歪ませた。フロントが不在の間にあったという電話の伝言を書いたと言うメモには、ロイが今夜はヒューズの家に泊まるので戻らないという旨が書いてある。 (やっぱオレなんかより中佐の方が好きなのかもしれない……) そう思った途端、ハボックの瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。ハボックは受話器を取ると外線に繋ぐ番号を押し、夕刻回した番号を回す。何度鳴らしても出ない相手にまだ帰っていないのかと落胆して受話器を置こうとしたハボックはフックに掛けようとした直前、聞こえた声に慌てて受話器を耳に当てなおした。 「テオ?」 「ジャン?どうした?」 「あ、あの……」 思わず口ごもるハボックにディアスが強い調子で聞く。 「どうした、言えよ、ジャン」 「ごめ……なんでもない……」 こんなことで電話するなんてどうかしている、ハボックがそう思って受話器を置こうとしたとき、電話線の向こうでディアスが怒鳴った。 「ホテルにいるんだろうっ?今いくから待ってろ!」 「えっ、で、でも、テオ……」 なんでもないからと言おうとしたハボックの言葉を待たずにガチャンと乱暴に切られた電話を、ハボックは暫く呆然と見つめていたが小さく息を吐くと受話器を置く。どうしようかとオロオロとしている間にドンドンと乱暴に扉を叩く音がして、ハボックは飛び上がった。迷った末扉を開ければそこにはディアスが息を切らして立っていた。 「大佐、いるのか?」 ハボックを押し込むようにして部屋の中に入ってくるとディアスが聞く。それに首を振って答えるとハボックは言った。 「今夜はヒューズ中佐のところに泊まるって、フロントに連絡が……」 そう言って俯くハボックの肩をディアスは乱暴に掴む。 「お前がいるのにヒューズ中佐のところに?やっぱあの二人、デキてるんじゃないのか?」 「えっ、そ、んな……」 「だってお前のことほったらかして出かけちまったんだろう?」 そう言われてハボックの胸がズキリと痛んだ。悲しげに俯くハボックの顎を掬うとディアスはハボックの瞳を覗きこむ。 「おかしいだろ、お前がいるのにいくら親友だからって」 そう言われて不安に揺れるハボックを抱きしめるとディアスは囁いた。 「ヒューズ中佐とデキてるって証拠、すぐ掴んでやる。そしたら相手がなんて言い訳しようとすっぱり別れられるだろう?」 「別れる……大佐と……」 ぞくりと身を震わせるハボックの首筋に顔を埋めるとディアスが言う。 「そうだよ。すぐアイツの元から自由にしてやるからな」 ディアスはそう言うと噛み付くようにハボックに口付けた。 「テオ……っ?!」 慌てて押し返すハボックの頬に手を添えるとディアスが囁く。 「そんな顔、すんなよ。あんな不誠実なヤツより俺のほうが何倍もお前のことを大事にするぜ」 見開く空色の瞳にディアスが優しく笑った。 「大丈夫、お前の悪いようにはしないから。俺に全部任せておけ。な?」 そう言って抱きしめてくるディアスに、ハボックはどうしてよいか判らず、何も返すことが出来なかった。 「ハボック!」 「えっ、あ、はいっっ!」 名を呼ばれて飛び上がるハボックに舌を鳴らすとロイは持っていた書類を乱暴に机に放り投げる。出張中、中央司令部で宛がわれた一室の中で打ち合わせをしていたロイは、どこか心ここにあらずのハボックをきつく睨みつけた。 「どうした、お前今朝から様子が変だな」 そう言ってじろじろと見つめてくる黒い瞳に、ハボックはどうしていいか判らずに視線を落とす。そんなハボックをロイは暫く見つめていたがやがて低い声で言った。 「何があった、言え」 「べっ、別に何もっ」 「何もないっていう顔じゃないな」 ロイはそう言うとハボックの顎を掴んで仰向けさせる。 「私を誤魔化そうなんて十年早い。さっさと言え」 「……っっ」 顎を掴む指に力が入り、ハボックが悲鳴を上げそうになった時、机の上の電話が鳴った。ロイは忌々しげに受話器を取ると電話の相手と話し始める。ハボックは緩んだ手から逃れると席を立って扉へと向かった。部屋を出ようとしたところで、ちょうどやってきたヒューズと鉢合わせる。 「あっ、中佐」 「おう、少尉。ロイは?」 「電話中ですけど、何か?」 「ロイに渡すものがあってさ」 ヒューズはそう言うと懐から小さなケースを取り出した。ドアの隙間から部屋を覗くとほんの少し眉を顰める。 「まだ暫くかかりそうだな。俺、これから出かけなきゃなのよ。わりいけど、これ、ロイに渡しといてくれ」 そう言ってヒューズはハボックに手の中の小箱を押し付けるとさっさと行ってしまう。ハボックは小箱を見つめて困ったようにため息をついた。 「渡しといてくれって言われても……」 正直、今すぐここから逃げ出したいのにこんなものを渡されても困る。ハボックがどうしたものかと迷っていると、受話器を置いたロイが席を立って足早に近づいてきた。 「電話じゃ埒があかん。ちょっと行ってくる」 ロイはそう言うとハボックを押しのけるようにして部屋を出て行く。その拍子にロイの肘がハボックの手の中の小箱に当たって、ハボックは小箱を取り落としてしまった。 「あっ」 それには気づかず行ってしまったロイを見送ってハボックはため息をつくと箱に手を伸ばした。ハボックは伸ばした手をびくりと止めると、自分の指先数センチのところにある箱を見る。落ちた拍子に蓋が開いた箱の中にはシンプルな指輪が覗いていた。 「指輪……中佐から大佐に……?」 指輪を渡すと言うのは古来から深い意味のある行為だ。例えそれが男同士のことであってもその意味合いに変わりはないだろう。 「そんな……」 指輪を贈りあうような間柄など言わずとも知れている。ハボックは震える手で箱を拾い上げると中の指輪をじっと見つめた。シンプルなそれは結婚指輪のようで、ハボックはヒューズがそれをロイのところに持ってきた事にショックを受ける。そっと蓋を閉じるとそれをロイの机の上に置いた。ぼんやりと箱を見つめていると軽いノックと共に部屋の扉が開く。そこには小さな封筒を持ったディアスが立っていた。 「マスタング大佐、いないのか?」 微かに頷くハボックにディアスは部屋の中に入ると手にした封筒をハボックに渡す。問いかけるような視線にディアスは答えた。 「証拠、見つけてやるって言ったろ、それだよ」 ディアスの言葉に僅かに目を瞠るとハボックは封筒の中身を取り出す。それは数枚の写真でそれのどれにもヒューズとロイが写っていた。場所はおそらくどこかの酒場だろうか、薄暗い店内で仲睦まじく話す二人の様子を写した写真が続いた後、出てきた写真にハボックは大きく目を見開く。はっきりとは判らないが二人の顔の角度からみて、それはキスシーンを写したものであることは間違いないように思えた。息を飲んで食い入るようにその写真を見つめるハボックにディアスが言う。 「な、やっぱりあの二人、デキてたんだ。大佐がお前に手を出したのは、普段なかなか会えないヒューズ中佐の代わりの性欲の捌け口だったのさ」 「大佐と中佐が……」 「そうさ、これでわかったろ?どれだけアイツが酷いヤツかってことが」 ディアスはそう言うとハボックの頭を抱き寄せた。呆然とするハボックの目元にキスをすると囁く。 「あんなヤツと付き合ってたらお前が不幸になるばっかりだ。別れたほうがいい。向こうが何か言ってきたらこの写真を叩きつけてやれ。動かぬ証拠だからな」 「テオ、でも、オレ……っ」 「なんだよ、まだウダウダ言ってんのか?それとも相手が上司だから気を使ってんのか?だったら後で俺がどうしたらいいかきちんと教えてやるから。今夜俺んち来いよ、な?」 そう言ってディアスは住所を書き付けた紙をハボックの手に握らせる。 「ケリをつけるなら早い方がいいからな。いいか、今夜ちゃんと俺んち来いよ」 ディアスの手がハボックの髪をかき混ぜた時、部屋の扉が開いてロイが戻ってきた。寄り添うように立つ二人に表情を険しくするロイを見て、ディアスはハボックから体を離す。 「それじゃ、ジャン。また後でな」 そう言うと敬意の欠片もないような敬礼をロイにして部屋を出て行った。ロイはその背を見送ってそれからハボックを見ると言う。 「誰だ、あの男は」 「士官学校時代の友人です」 「士官学校?」 ロイが何か言おうとするより早くハボックが机の上の小箱を取るとロイに渡した。 「さっきヒューズ中佐が来てこれを大佐にって」 箱を目にしたロイの顔が嬉しそうに綻ぶのを見てハボックの心がきりりと痛む。 「来たのか、結構早かったな」 喜びを隠さない声音でそう言うとロイはハボックをちらりと見た。 「お前、中身……」 「見てないっスよ」 ハボックの答えにロイは安心したように息を吐くと小箱を懐にしまい込む。壁の時計を見ると嫌そうに顔を顰めた。 「もう会議の時間か」 ロイはそう言うと机の上の書類を手に取る。 「会議の後は視察に同行する」 「はい」 書類を抱えて出て行くロイのすらりと伸びた背筋を見つめていたハボックの瞳から、涙が一筋零れて落ちた。 |
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