親友疑惑  第一章


「貴官のようなやり方じゃ敵に逃げられるのがオチだ」
 その肩に大佐の肩章をつけた男はディアスを見つめるとキッパリと言う。
「机上の論理だけでは頭でっかちの学生と変わらん。」
 もう一度よく考えてみたまえ、そう言ってさっさと立ち去る黒髪の男の背を、ディアスは怒りと羨望と僅かな嫉妬と共に見送ったのだった。


「よお、ジャン」
「あれっ、テオ!お前もセントラルに出張?」
 セントラルに出張に来ていたハボックは突然掛かった声に驚いて振り向く。そこには士官学校時代、ブレダと同じくらい親交のあったテオドール・ディアスが立っていた。
「いや、一ヶ月ほど前に異動になったんだよ」
 そう言って笑うディアスにハボックは唇を尖らせる。
「なんだよ、それならそうと連絡くらいくれればいいのに」
 水臭いなと拗ねた顔をしてみせるハボックは学生時代とさして変ったようには見えず、ディアスは思わず顔を綻ばせた。
「落ち着いたら連絡しようと思ってたんだよ」
 ディアスはそう言うとハボックの肩を抱く。
「お前は?相変わらず焔の錬金術師殿の護衛やってんのか?」
「あ、うん、そう。あの人の下にいる」
 そう言って笑うハボックがなんだか幸せそうで、ディアスは微かに眉を顰めた。
「大変だろ?錬金術師なんて変人が多いだろうからさ。そういや、お前。今夜予定あるのか?久し振りに飲みに行かないか?」
「んー、そうだな、大佐の都合もあるし、あとで連絡する」
「……わかった」
 そう言うハボックに自分の連絡先を書いて渡すとハボックの頭をくしゃりと撫でる。ハボックより頭半分大きい男は優しく微笑むと言った。
「久し振りなんだから時間、空けろよ」
 言われてハボックは頷くと「じゃあ後で」と言って廊下を駆けていく。ディアスはその背を見送って愛しそうに目を細めたのだった。


「大佐。今日の夜なんですけど……。オレ、ちょっと出かけたいところがあるんで行って来てもいいっスか?」
 ハボックがそう言えば後部座席のロイが首を傾げた。
「出かけたいところ?」
「えと、士官学校時代の友人と久しぶりに会ったんで……」
 こんなことを言ったら「ダメだ」と一喝されそうで、ハボックは段々と小さくなる声でそうお伺いを立ててみる。だが、ハボックの心配に反してロイの答えは「いいぞ」の一言だった。
「……いいんスか?」
 思わずルームミラーのロイを凝視してそう聞き返せばロイが苦笑する。
「なんだ、行きたくないのか?」
「いや、そう言うわけじゃないっスけど」
「ちょうどヒューズに飲みにいこうと誘われてたんだ。お前も一緒にと言われたんだが別に構わないだろう」
 そう言うロイは妙に上機嫌で、ハボックは思わず押し黙った。
「どうした?」
「……なんでもないっス」
 そう答えてまっすぐに前を見据えたハボックのハンドルを握った手が微かに震えた。


「おい、ジャン」
「えっ、あ……」
 ハボックは隣に座ったディアスに頭を小突かれてハッとする。慌てて横目で伺えばほんの少し不機嫌そうな茶色の瞳が見えた。
「何、ぼうっとしてんだよ」
「ご、ごめん……」
 せっかく久し振りに飲みに出かけたと言うのにどこか心あらずのハボックにディアスは露骨に嫌そうな顔をする。
「どうかしたのか?」
 それでも、大事な友人が元気がなさそうなのは気に掛かって、ディアスはハボックの顔を覗き込むようにして聞いた。
「あ、いや、大佐が……」
「大佐ってマスタング大佐?マスタング大佐がどうかしたのか?」
「いつもならオレが誰かと飲みに行くなんて言ったら血相変えるのに……」
「は?」
 ディアスが怪訝そうに眉を寄せるのも気づかずハボックは考えに沈みこむ。
(いつもなら絶対に行くなとかなんとか物凄いウルサイのに……。オレのことなんかよりヒューズ中佐と飲みに行く方が大事なのかな……)
 ロイの親友だと言う男のことを思い出してハボックは唇を噛み締めた。士官学校からの友人であり、かのイシュヴァール戦線をともに乗り越えてきたヒューズが、ロイにとって特別な存在であることは判っている。それでもこうしてあからさまにその特別であると言うことを感じさせられると、ハボックは酷く不安になった。
「ジャン?」
「大佐はヒューズ中佐のこと、スキなのかな……」
「はあっ?」
 隣で上がった素っ頓狂な声にハボックは自分が拙いことを口にしてしまったことに気がつく。思わず立ち上がったハボックをディアスはグイと引き戻した。
「……お前、マスタング大佐となんかあるのか?」
「えっ、いや、そんなこと……っ」
 茶色の瞳にじっと見つめられて慌ててそう答えるハボックは、だが頬に熱が上がるのを止められない。顔を赤らめるハボックにディアスは表情を険しくすると言った。
「まさかお前、上官命令とかで無理やりなにかされてんじゃないだろうな?」
 もしそうなら、と言い出すディアスにハボックは慌てて否定する。
「そんな上官命令とか、ないからっ!」
「じゃあ好きなのか?」
 ズバリとそう聞かれて、ハボックは笑い飛ばせずに真っ赤になって口ごもった。ウソだろう、と呟くディアスにハボックは俯いて言う。
「軽蔑するか?でも、オレ……」
 あの人のこと、好きなんだ、とハボックは小さく、しかしはっきりとそう言った。ロイとのことを公言するのははばかられたが、それでもディアスにウソをつくのも嫌でハボックは自分の気持ちを告げる。俯いていたハボックはそれを聞いたディアスの顔が嫉妬に歪むのを見ていなかった。
「付き合ってるのか?」
 低く聞く声に素直に頷く。耳まで真っ赤になりながらハボックは言った。
「でも、大佐はホントはヒューズ中佐のことが好きなのかもしれない……」
「ヒューズ中佐?」
 聞き返されてハボックはコクンと頷く。
「今夜だって中佐と飲みに行くからって……いつもならオレが誰かと出かけるって言ったら血相変えるのに……」
 引き止めてもらえなかったことにショックを受けた様子のハボックが、もし引き止められたなら自分との約束は簡単に反故にするつもりだったのだと気づいてディアスは顔を歪めた。
「……調べてやろうか?」
「え?」
「マスタング大佐とヒューズ中佐の関係だよ。気になるんだろう?」
 そう言われて見開く空色の瞳をじっと見つめてディアスは言う。
(もし、二人の関係を肯定できるような証拠をハボックに見せることが出来たら……)
 ハボックを自分のものに出来るかもしれない、そんな考えがディアスの頭をよぎった。ずっと好きだったのだ。士官学校を卒業して側にいられなくなっても片時も忘れたことはなかった。この綺麗な空色の瞳を自分のものに出来るなら。
(どんなことだってしてやる。それに俺がアイツからハボックを奪ったらどんな顔するのか見てやりたい)
 ディアスはそう考えて、だがそんなことはおくびにも出さずにハボックに言う。
「な?調べて何もないと判ればお前も安心できるだろう?」
「え、そりゃそうだけど……」
「俺に任せておけよ、な?」
 そう言って肩を抱いてくるディアスに、ハボックは思わず頷いてしまったのだった。


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