模造金子 〜 imitation gold 〜  第二章



「もう…これ以上どうやって大佐のこと、考えろっていうんだよ」
 屋上にやってきたハボックは柵に凭れてため息と共にそう呟いた。ロイと付き合うようになってハボックの頭を占めているのはロイのことばかりだ。こんなに一人の人のことばかり考えていたら馬鹿になってしまうのではないかと心配になるほどだというのに。
「アレクのことはこんな風に考えたことなかった…」
 そもそも自分はウェインのことを好きだったのだろうかとハボックは思う。
「最初はスキだったんだ…」
 でも、今自分がロイに抱いている気持ちとは全然違う。それはむしろ憧れとか敬愛とかそう言ったものに近かったような気がする。それに何より。
「イヤだったもん、アレ…」
 ハボックがそう呟いた時、背後から声がかかった。
「よお、こんな所でなにやってんだよ」
 ギョッとして振り向けばニヤニヤと笑いながら立っているウェインと目が合う。
「オレに話しかけてこないでくれって言ったっスよね」
「お前、ホントに冷たいよ」
 そう言うとウェインはハボックの体を挟み込むように、ハボックの両脇の柵に手を置いた。近づいてくる顔から逃れようと仰け反るハボックに、ウェインは体を寄せる。その耳元に舌を這わせると甘く噛み付いた。
「あっ」
 びくんと体を震わせるハボックにウェインがくすくすと笑う。
「相変わらず弱いんだ、ココ」
「ソコでしゃべんなっ…どけよっ!」
 ハボックはウェインを思い切り突き飛ばすと真っ赤な顔で耳を押さえた。数歩後ずさったウェインは楽しそうに言う。
「なあ、お前んち、どこ?今夜泊めろよ」
「絶対イヤっス」
「そう言うなって。俺とお前の仲だろ」
「アンタとはもう関係ないでしょ」
「なに、お前、付き合ってるヤツいんの?」
 面白そうに言われてハボックはウェインを睨みつけた。そんなハボックにウェインが笑いながら言う。
「へえ、どんなヤツ?教えろよ」
 そう言ったウェインの目がきつい光を湛えたのをハボックは気がつかなかった。
「アレクに教える必要なんてない」
 ハボックはそう言うとウェインを避けて屋上から出て行く。その足音を背後に聞きながらウェインは怒りに顔を歪めた。
「ふざけんじゃねぇ。俺とのこと忘れたとは言わせないからな」
 そう呟くとウェインはハボックの後を追うように屋上から出て行ったのだった。

「お、ハボック。どこ行ってたんだよ」
 階段から下りた所でブレダとかち合ってハボックはちらりと屋上を見て答えた。
「ん、ちょっと屋上で風に当たってた」
 そう答えた時、靴音がしてウェインが顔を出す。その姿を認めたブレダはハボックをちらりと見るとその腕を取った。
「ブレダ?」
「いいから来い」
 階段の途中で立ち止まったままハボックを見つめていたウェインをそのままに、ブレダはぐいぐいとハボックの腕を引いて廊下を歩いていく。ウェインの姿が見えないところまで来ると、ようやくブレダはハボックの腕を離した。
「あれ、ウェイン先輩だろ?一緒にいたのか?」
「オレが屋上にいたら来たんだ。だから下りて来た」
 そう言って唇を噛み締めるハボックをブレダは心配そうに見上げる。
「お前さ、ウェイン先輩と同室だった時の最後の3ヶ月。ずっと様子が変だったよな。あの時はなんでもないの一点張り だったけど、なんか弱みでも握られてんのか?」
「そういうわけじゃ…っ」
 弾かれたように言うと唇を噛み締め俯くハボックにブレダは言った。
「大佐にさ、ウェイン先輩がお前にちょっかい出してきたら教えろって言われたんだけど」
「えっ?!」
 ギョッとして顔を上げるハボックにブレダがため息をつく。
「久しぶりにあの人見たら、俺も心配になってきた。大佐に言って――」
「ダメっ!大佐には言うなっ!」
「…ハボ」
「オレ一人で大丈夫だから。大佐には言わないでくれ」
 ハボックの言葉にブレダは頭をボリボリとかいた。
「ムリそうだったら言えよ。大佐がイヤなら俺でもいいから。な?」
 そう言われてハボックはホッとしたように頷く。
「じゃ、オレ行くから。ありがと、ブレダ」
 ハボックはそう言うと廊下を駆けていってしまった。


 早番だったハボックは家に戻ってくると鍵を開けて中へと入る。上着を脱ぐとぐったりとソファーに腰を下ろした。
「なんか疲れた…」
 久しぶりにあったウェインとのやり取りでハボックはすっかり疲れてしまっていた。何を考えてあんなことを言っているのか判らないが、ロイとの生活がある今、変にかき回されるのはごめんだった。
「昔っから強引でオレの気持ちなんてお構いなしだったっけ」
 ハボックはそう言うと目を閉じる。
「せっかく早く帰ってきたんだから少しまともな食事でも用意して大佐に…」
 そう呟きながらハボックは眠りに落ちていった。


「お前さぁ、ウェイン先輩と同室でよく続くよな」
 呆れたような同情するようなブレダの口調にハボックは苦笑する。
「悪い人じゃないよ。色んなこと教えてくれて面白いし」
「そういやお前、憧れてるとか言ってたっけ。まあ、デキる人ではあるけどな」
 でもアクが強すぎだろ、と言うブレダにハボックは肩を竦めた。生徒の出入りがあって人数が奇数になってしまった2年と3年。一人部屋にするより学年が違っても二人一部屋の方がいいだろうと、教官の独断により選ばれた二人が同室になった。2年から選び出されたハボックは同室になるのがウェインだと聞いて、正直憧れていた先輩だったこともあり当初はかなり緊張していたが、半年以上も過ぎた今となってはすっかり慣れて楽しく過ごしていた。
「んじゃ、また明日」
「おう、おやすみ」
 ハボックはブレダに手を振ると自室へと向かう。鍵を開けて中へと入れば先に帰っていたウェインがベッドに寝そべって本を読んでいた。
「おかえり」
「ただいま。先輩はもうメシ食ったんスか?」
「…二人の時は名前で呼べって言ってんだろ」
 ウェインはベッドに体を起こすとハボックの腕を引いた。落ちてきた体を受け止めてチュッと唇を合わせる。
「こういう事してる仲なのに『先輩』は興ざめだろうが」
 不機嫌そうに言うウェインにハボックは目元を紅く染めて視線を彷徨わせた。
「ジャン」
「なんスか…アレク」
「お前さ、週末なんか予定あんの?」
「や、特にないっスけど」
 ハボックは答えながらゆっくりとウェインから身を離す。立ち上がるハボックを見つめながらウェインが言った。
「映画始まったんだよ、この間お前が見たいって言ってたアクション物。見に行かないか?」
「マジっスか?!あ、でも…」
 ウェインの言葉に一瞬輝かせた顔を曇らせるハボックにウェインが聞いた。
「なんだよ」
「今からじゃ外出許可、取れないだろうと思って…」
「もう取ってある」
「えっ?」
 驚いて目を見開くハボックにウェインは得意そうに笑う。
「さっき申請しといた」
「…はっ、さすが!」
「先の先を読まないとな」
 そう言って笑うウェインにハボックも嬉しそうに笑ったのだった。


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