模造金子 〜 imitation gold 〜  第一章



「あっ」
 ロイと連れ立って廊下を歩いていたハボックは、曲がり角でぶつかりそうになった男を見て思わず声を上げた。その声に驚いて振り返った相手も目を見開く。
「ジャンじゃないか、久しぶりだな」
「アレク…どうしてここに?」
「出張なんだ。お前、今部署どこだ?」
 ハボックはスタスタと歩いていってしまうロイに気を取られながらも答える。
「司令官付き護衛官!ごめん、急ぐからっ!」
 そう言って走り去るハボックの背を見つめて、アレクと呼ばれた男は楽しそうに言った。
「へえ、ますますいい男になったじゃん」
 そうして物騒な笑みを浮かべて笑ったのだった。


 バタバタと追いついてくる足音にロイはちらりとハボックを見ると不機嫌そうに言う。
「誰だ、今のは」
「え?あの…。アレクサンダー・ウェインと言って、その、昔の知り合いっス」
「随分親しげだったな」
「士官学校時代の知り合いなんで」
 ロイの方を見ずにそう答えるハボックをロイはジロリと見上げた。何か言おうとして、ちょうどたどり着いた司令室の扉に言葉を遮られる。
「あ、ブレダ、あのさぁ」
 扉のすぐの所にいたブレダに話しかけるハボックが、ひどくワザとらしく見えてロイは剣呑に目を細めたのだった。


「ブレダ少尉」
執務室から顔を出したロイは書類を書いていたブレダをチョイチョイと指で呼ぶ。その眉間に皺の寄った顔にブレダは「またか」とウンザリしたため息を零して席を立った。
「なんですか?」
 上司に呼ばれてなんですかもないもんだと思いつつ、ロイはブレダに聞く。
「アレクサンダー・ウェインと言う男を知ってるか?」
「アレクサンダー・ウェインですか?」
 聞かれてブレダはアレクサンダー、アレクサンダーと呟きながら宙を見上げた。悩んでいるブレダにロイが助け船を出すように言った。
「士官学校時代の知り合いと言っていたんだが」
「ああ、士官学校のウェイン先輩か!」
 とブレダはポンと手を鳴らす。
「士官学校の一つ上の先輩ですよ。彼が何か?」
「さっき廊下ですれ違った。ハボックと親しいのか?」
「そうっすね。1年間同室だったんです。ハボックが2年でウェイン先輩が3年の時」
 そう言うブレダにロイは眉を顰めて言った。
「違う学年で?普通同学年が同室になるはずだろう?」
「あの年は確か人数が奇数だったんですよ。ハボックが選ばれたのはアイツなら先輩と同室でも平気だろうって思われたんでしょう」
 ブレダの言葉にロイが重ねて聞く。
「どういう男なんだ?」
「んー、アクが強いってのが第一印象ですかね。士官としては体術も戦術もそつなくこなすって感じで。立ち回りもうまいし結構のし上がっていけそうなタイプですね」
 そう言ってからブレダはロイを見て思う。
(アクが強いってんなら大佐と結構タイプ似てっかもな)
 だが、懸命にも言わずに済ましたブレダにロイが言った。
「アイツがハボックにちょっかい出してくるようなことがあったら教えてくれ」
「はあ?オレ、ハボックの見張りじゃないんですけど」
「ヴィンテージもののワインを1本進呈しよう」
「…赦す範囲でよければ」
「いいだろう」
 ニヤリと笑うロイにブレダはここにいない親友にほんの少し詫びたのだった。


「ジャン」
「うわっ」
 演習帰りのハボックはいきなり伸びてきた手に腕を掴まれて会議室へと引きずり込まれる。振り払って相手を見ればウェインがニヤニヤと笑ってハボックを見ていた。
「アレク」
 不機嫌そうに睨みつけるハボックにウェインは背にしたドアに寄りかかると言う。
「久しぶりに会った先輩にその顔はないんじゃないの?」
「オレ、忙しいんスけど、何か用っスか?」
「そう言うなよ。俺とお前の仲だろう?」
 楽しそうなウェインをハボックは睨むとドアノブに手を伸ばした。だが、ウェインが扉を庇うようにして立っている為思うように行かない。
「そこ、どいてくれませんか?」
「冷てぇなあ、昔はあんなに懐いてくれたのに」
 そう言って伸びてくる手をハボックは思い切り叩いた。
「触んなっ!」
「そう言うなよ」
 ウェインは叩いてきたハボックの手首を掴むとグイと引き寄せる。
「まだ覚えてるぜ、お前の感じるとこ…」
 耳元でそう囁かれてハボックは思い切りウェインを突き飛ばしていた。
「っってぇっ!」
 ガツンと壁に頭をぶつけて呻くウェインの脇をすり抜けると扉を開ける。
「二度とオレに話しかけてこないで下さいっ!」
 そう怒鳴ると廊下を駆けていってしまうハボックにウェインはくすくすと笑った。
「相変わらず可愛い反応だこと」
 そう呟いて会議室を出る。
「出張なんてつまんねぇと思ってたけど、面白い事になりそうだ」
ニヤリと笑ってウェインは廊下を歩き出したのだった。


「ハボックっ!聞いているのかっ?!」
 バンッと机を叩く音にハッとして顔を上げれば、ロイの黒い瞳が怒りを込めて見つめていた。すっかり別の事に気が行っていたハボックはうろたえつつも答える。
「す、すみません…あの…」
 ハボックはロイの鋭い視線を受け止めかねて唇を噛んで俯いた。
「すみません…」
 消え入るような声でそう答えるハボックにチッと舌を鳴らすとロイは立ち上がってハボックの顎を掴む。
「まさかあの男のことを考えていたんじゃないだろうな」
「えっ?」
 その言葉にギョッとしてロイを見たハボックは慌てたように目を逸らした。その様子を怒りを込めて見つめたロイは掴んだ指に力を込めて言う。
「あの男と会ったりしたら赦さんからな」
「そんなこと…っ」
 あるわけないと言おうとして、ハボックはロイの様子に思わず息を飲んだ。
(疑われてる…)
 会った時からひと目で惹かれて見つめ続けていたロイから想いを告げられ、驚いたものの実はまんざらでもない事に気づいてロイと付き合いだして1ヶ月。ロイが物凄い独占欲の塊である事を日々思い知らされているハボックであったが、まさかウェインとのことを疑われるとは思っても見なかった。
(そりゃ何もなかったとは言えないけど…)
 それでも今ハボックが好きなのはロイだ。それをこんな風に言われるとはハボックには酷くショックだった。返す言葉を見つけられずに目を伏せるハボックをロイはグイと引き寄せる。
「たいさっ」
「余計なことを考える暇があるなら私のことを考えていろ」
 そう言うとロイはハボックに口付けた。
「んっ…んぅ…ふ…」
 深く唇を合わせ舌を絡めあう。長い口付けにハボックが息も絶え絶えになった時、執務室の扉をノックする音がした。
「大佐、ホークアイです」
 ホークアイの声にハボックはロイから離れようとするがロイがそれを赦さない。
「んっんーーっっ!」
 ロイの背を叩くハボックにようやく唇が離れて、ハボックははあはあと息を弾ませた。
「なんだ、中尉」
 間髪入れずにホークアイに答えるロイにギョッとして、ハボックは飛び退ると唇を手の甲で拭く。横目でちらりとハボックをみてニッと唇の端を持ち上げるロイをハボックは紅くなって睨むと身を翻した。
「あら、少尉」
「失礼しますっ」
 入ってきたホークアイとすれ違うようにしてハボックは執務室を飛び出していった。


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