抱かれる視線  第二章


 ハボックは素肌にシャツとジーンズをつけた格好であのワンルームの近くの小部屋で待っていた。下着はつけないようにと言われたので直にはいたジーンズがどうにも居心地が悪い。とりあえず30分。あの部屋で過ごせばいいというのだが、そんなことを言われても誰かに見られていると判っている状況でどう過ごせと言うのだ。
『自慰行為なんかをしてもらえばいいんですよ』
 男は事も無げにそう言ったが。
(冗談だろ。そんなこと、できるわけない…)
 考えただけでもかあっと頭に血が上ってくる。今からでもやめることはできないだろうか。たとえ何十年かかろうとも絶対に返すからと、ここ以外の場所で働かせてもらえないだろうか。ハボックが必死にそんなことを考えていると。
「ジャン、時間です」
 突然扉が開いてかけられた言葉にハボックは飛び上がった。心臓が口から飛び出るのではないかと思うほどバクバクしている。ミッションの時ですらこんなに緊張したことはないはずだ。
「ジャン。早くして」
「ムリ…やっぱ、ぜったいムリっ」
 ハボックはソファーの上でぎゅっと膝を抱えると膝の上に顔を押し付けて縮こまった。男はそんなハボックを見てため息をつくと、ハボックの顔をぐいとあお向ける。
「一度出てしまえばどうってことないですよ。誰かに触られるわけでもなし」
 そう言われてもハボックはふるふると首を振るばかりだった。男は強引にハボックを立たせるとあの部屋の扉までハボックを連れて行く。
「お客様方には今夜が初めての子だと言ってあります。多少不慣れでも大目に見てくれますよ」
「ほ、んとに、できない…っ」
 うっすらと涙を浮かべて訴えるハボックを男は扉の向こうへと押し出すとバタンと扉を閉め、鍵をかけてしまう。部屋に入った途端纏わりついてくる、無数の視線にハボックの体からどっと汗が噴き出した。極度の恐怖と緊張で、混乱しきったハボックの瞳からぽろりと涙が零れ落ちる。その時、リンとなった電話にびくっと体を震わせたハボックは手の甲で涙を拭うと受話器を取った。
『服を脱いでシャワーを浴びなさい。その時、少しでいいから自分を慰めて。今日はそれだけで勘弁しましょう』
 受話器の中から聞こえてくる声に縋るようにハボックは受話器を握り締めた。それからそっと受話器を置くとのろのろとシャワーブースへ向かう。震える指でボタンを外してシャツを脱ぐと、ズボンに手をかけた。一瞬躊躇った後、えいとばかりにズボンを脱ぎ捨てる。ブースの扉を開いて中へ入ると、そこは四方のガラスが湯気で曇らないようガラスの表面に曇り止めが施してあるだけでなく、空気の流れがガラスの表面を流れるようにしてあるみたいだった。
 ハボックはシャワーのコックを捻ると頭から温かい湯を浴びる。ハボックは暫くそうしてシャワーに打たれていたがガラスの壁に寄りかかると意を決して中心に指を這わせた。
「ん…っ」
 唇を噛み締めてゆっくりと自分を追い上げていく。肌に当たるシャワーの滴、一滴一滴が快感を引き出していくようだ。
「あ…ん…は…はぁ…」
 ぎゅっと目を閉じて肌に当たる滴の感触だけを追いかけて、ハボックは片手で棹を、もう片手で袋を弄って自身を追いあげていった。
「あっ…あっ…や…イくっ…ア、あああっっ」
 ハボックは背を仰け反らせるとびゅるっと白濁を迸らせた。びくびくと体を震わせて吐き出してしまうと、ずるずると座り込んでしまう。しどけなく脚を開いた格好で暫く床に座り込んでいたが、ゆっくりと立ち上がるとシャワーを止めてブースを出た。体を拭くことすら忘れて、全身からぽたぽたと滴を滴らせながら扉に辿りつくと、扉が外から開く。開いた扉から部屋の外へ出た途端、ハボックは気を失って倒れこんでしまった。

 ハボックが気がついたときには最初にいた小部屋のソファーで横たわっていた。だれが着せてくれたのか、服をつけていることにホッとする。その時、がちゃりと音がして扉が開くと男が部屋に入ってきた。
「随分評判が良かったようですよ」
 そう言うとハボックの髪に触れる。びくりと震える体に男は微かに笑った。
「どのくらい、今日みたいなことをしたらいいんだ…?」
「さあ、貴方の努力次第でしょう。うちの店は人気のある店員のショウは入店料が高いんです」
 そう言われてハボックは目を伏せる。努力と言われたって正直どうしたらいいのかなんて判らない。今日の行為だって自分にとってはいっぱいいっぱいだ。俯いて唇を噛み締めるハボックを男は楽しそうに見つめていた。

 その日以来、ハボックは週に2度の割合で店に通っていた。最初のうちこそ緊張で息が出来ないほどであったが慣れていくにつれ割り切って行為を行うことが出来るようになった。
 今日もベッドの上でシャツだけを羽織った格好で四つに這うと自分を慰め始める。片手で自身を追い上げ、もう片方の指で蕾を左右に開くようにして、腰をくねらす。部屋を取り巻くどの個室からも見ることが出来るように、体の向きを変えることも忘れなかった。だが、いくら割り切ってすることが出来るようになったとはいえ、死ぬ程恥ずかしい事に変わりはなく、ハボックは行為の度に空色の瞳が涙に滲むのを止められなかった。
「あ…っ、んんっ…あんっ…」
 中心に指を這わせ、乱れたシャツの中へ手を忍ばせてぷくりと立ち上がった乳首を指で捏ねる。じん、と広がる快感に、ハボックは唇を震わせた。どこの誰とも知らない男たちの目に晒されてこんなことをしている自分が情けなくて仕方がない。
「う…くん…んああ…」
 絶頂が近くなり目の前が霞んでくる。ハボックは自分が快感と屈辱で涙を流している事に気がついていなかった。
「あっ…あんっ…あっ、あああああっっ」
 シーツに顔を埋め高く上げた腰をびくびくと震わせてハボックは熱を吐き出した。白濁が荒い呼吸に弾む腹から胸にかけてとろりと垂れていく。ハボックは体を起こすと胸を伝わるソレを指ですくっては舐めた。涙を浮かべてしどけなく脚を開いたまま自らの放ったものを口にする己の姿が、個室からこの部屋を覗き見る男たちにどれほど淫猥に見えているかなどという事に、ハボックはまったく思い至らない。ハボックはベッドから下りるとわざと壁沿いに指を触れながら歩くと扉から出て行った。

 シャワーを浴びて帰り支度をしているハボックのところへ、あの男がやってきた。何事かと視線を向けるハボックに男は笑いかけると手にした包みをハボックに渡す。
「だいぶ慣れたようですね。いいことを教えてあげましょうか。今や貴方がこの店のナンバー1ですよ、ジャン」
 そんなことを言われても嬉しいわけもなく、ハボックは手渡された包みを見ると「これは?」と問いかけた。
「貴方にプレゼントだそうです」
 そう言われてハボックは包みを開いていく。細長い箱を開けて現れたものに、ハボックは息を飲んだ。
「次のショウの時に使って欲しいそうですよ」
 そう言って楽しそうに笑う男にハボックは包みをつき返した。
「こんなもの、御免だっ!」
 泣き出しそうな顔でそう言うハボックに男は箱の中から出したものを手渡して言う。
「そんな訳にはいきません。それにこれを使えばそのお客様から追加料金もいただけますしね」
 そう言われてハボックは手の中のグロテスクなものを見つめた。それは男性器を模した張型で、そんなものを使うことを考えただけでハボックは体から力が抜けるような気がする。
「もう、たくさんだ…」
 ハボックはしゃがみこむと腕の中に顎を埋める。空色の瞳に涙を浮かべて唇を噛み締めるハボックを見て男は笑った。
「そういうところがそそるんでしょうね、ジャン」
 そう言われてハボックは訳がわからないと言う顔をして男を見上げた。
「嫌なら努力することです。借金を返せば自由になれるんですから」
 そう言う男を見つめて、ハボックは本当に自由になれる日なんかが来るのか、疑問に思うのだった。


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