辿り着くはパナケイアの空  第八章


「中佐、オレ、初めて大佐が錬金術使うの、見たっス!」
 オレは受話器を握り締めて言う。そうすれば電話の向こうの相手は少し間をおいてから尋ねた。
『で?お前さんの感想は?怖くて震え上がったか?』
 そんな風に言われてオレは半ば興奮して答える。
「感想って、指先すり合わせただけであんな綺麗な焔を作れるなんて、もうスゴいっていう以外ないっスよね!目の錯覚かもしれねぇけど一瞬焔で出来た龍みたいな形になっったんスよ?その龍が爆弾のでっかい火球をパクッって!」
 そう一気にまくし立ててから中佐が言った一言に気づいて眉を顰めた。
「怖いってなんスか?そういや大佐も同じような事言ってたけど」
『ロイが?』
 聞き返されてオレは頷く。
「ええ、オレに“恐ろしかったか”って。そりゃあ確かに爆弾が爆発した時は正直怖かったっスよ。ああ、これでもうオレも大佐も死んじまうんだって。どうして引きずってでも大佐を安全な場所まで連れていかなかったんだってすげぇ後悔したっス。でも、それ以外なにが怖いって言うんスか?」
 二人の上司から同じような事を聞かれたもののその真意が判らずオレは素直に尋ねた。だが、中佐からの答えはなく、その代わり少ししてクックッと笑う声が聞こえてくる。オレ、何か変なこと言ったか?笑われるような事を言った記憶がなくて眉間に皺を寄せたままムスッと黙り込めば、まるでそんなオレの表情を見ているかのように中佐が言った。
『そんな顔して怒るなって、ハボック』
「見えてないくせにどうしてオレがどんな顔してるかなんて判るんスか?」
『そりゃあ相手がお前だもん』
 そんな風に言われればなんだかバカにされているような気になる。それ以上なにも言わずにいれば中佐が続けて言った。
『そうだよ、お前なんだよな。やっぱりお前に頼んで正解だった』
 なんだか一人納得するような言葉にオレは首を捻る。
「中佐、それってどういう意味───」
『あ、わりぃ、会議の時間だ。これからもロイのことよろしく頼むぜ。じゃあな』
 中佐はオレの質問には答えず言いたいことだけ言って電話を切ってしまう。
「もう……何なんだよ」
 いつも思うが中佐も大佐も絶対言葉が足りない。残念ながらオレは二人ほど頭がよくないんだからちゃんと言ってくれないと判んないってば。
 そう思いはしたものの切れた電話に向かって言っても何にもならない。オレは仕方なしに受話器をフックに戻すと電話ボックスを出て司令部へと戻ったのだった。


 司令室に戻ろうと廊下を歩いていたオレはふと聞こえた声に足を止める。普段なら別に誰かの話し声が聞こえようが気にも留めないが、その話の中に“マスタング”という言葉が入っていれば別だ。しかも女の子達のおしゃべりの中に聞こえたならともかく低く抑えたようなオヤジの会話の中となれば。
 オレは足音を忍ばせて声が聞こえたと思われる場所をそっと覗く。階段の裏にあるそのスペースには二人の男が顔を付き合わせるように立っていた。
(誰だ?)
 一人はこちらに背を向けているし、もう一人はその背の陰に隠れるように立っている。せめてどちらか一方でも判ればと思ってもう一歩近づこうとしたオレは、突然肩を叩かれて飛び上がってしまった。
「おう、なにやってんだ、ハボ」
 振り向けばオレの反応に目を丸くしたブレダが立っている。
「なにって、いや別に」
 咄嗟に上手い言い訳も思い浮かばずオレはもごもごと答える。チラリと男達がいた場所を見れば話し声に逃げ出したのか、もう誰の姿も見えなかった。
(くそ…っ)
 別になんでもないただ噂をしていただけなのかもしれない。だがどうにも気になって話をしていたのが誰か確かめたかったのだが、こうなってしまえばどうすることも出来なかった。オレは小さなため息をついて仕方なしにブレダと一緒に歩き出す。司令室に向かって歩きながらブレダがオレに言った。
「それにしても噂以上だよなぁ、お前もそう思うだろ?」
「噂以上って、なにが?」
 突然そんな事を言われても何のことだかさっぱり判らない。キョトンとして聞き返すオレにブレダが顔を顰める。
「なにがって決まってんだろ、大佐だよ、大佐」
 そう言われてもオレには何のことだか判らない。どうやらさっぱり判っていなさそうだと察したブレダが呆れたように言った。
「この間のテロ事件の時、お前一番近くで見てたんだろ?指先一つで錬成した焔で爆発飲み込んで、あたりの空気薄めて消したって普通じゃねぇよ。すげぇとは聞いてたけどそれってまさしく人間兵器だよな。お前だって怖かったろ?」
 そんな風に言うブレダにオレは眉を顰める。確かにスゴいけど普通じゃないとか怖いとかなんだよ。中佐といいブレダといいどうしてあの綺麗な焔が怖いだなんて言うんだろう。
「そういう言い方やめろ。すげぇとは思うけど別に怖かねぇよ」
「はあ?爆弾の爆発一個丸飲みする焔だぜ?空気薄めるってそんな事されてみろ、息が出来なくなっちまう。つか、お前それでひっくり返ったじゃないか」
「あれはたまたま消さなきゃいけない爆弾がでかかったからで仕方ないじゃん」
 オレがそう言えばブレダが目を剥く。何か言い返そうと口を開きかけたが、丁度その時司令室の扉にたどり着いた為ブレダはなにも言わずに口を閉じた。
 オレ達は話が中途のまま互いの席につく。書類を手にしたものの何となく胸の中がもやもやして、オレは咥えていた煙草を灰皿に押しつけると新しいものを出して火をつけた。するとその時、執務室の扉が開いて大佐が顔を出す。オレの顔で視線を留めて大佐が言った。
「ハボック、この間の報告書はどうした?」
「え?あ、はいっ」
 やべぇ、すっかり出すの忘れてた。ガサガサと書類を探すオレに大佐が呆れた顔をする。それでも目当てのものを見つけだしてホッとするオレを見てクスリと笑って言った。
「書類と一緒にコーヒーも頼む」
「アイ・サー!」
 元気よく答えてオレは書類を手に給湯室へ行くために司令室を出た。


「失礼しまーす」
 オレはコーヒーを載せたトレイと書類を手に器用に執務室の扉を開ける。そうすれば書類から顔を上げた大佐が何か言いたげに口を開きかけたが、ため息をついて緩く首を振っただけでなにも言わなかった。
「コーヒーどうぞ、それとこれ報告書っス」
 オレはコーヒーのカップをテーブルに起き、書類を大佐に差し出す。大佐は書類を受け取ったものの先にコーヒーに手を伸ばすとふうふうと息を吹きかけ一口飲んだ。
「出来ているならさっさと持ってこい」
「すんません、書いたら出した気になってました」
 ポリポリと頭を掻いて答えれば大佐が呆れたようにオレを見る。それでも書類の事はそれ以上言わずに大佐はコーヒーにカップを手に言った。
「時にハボック、今夜は何か用事があるのか?」
 唐突にそんな事を言われてオレは目を丸くする。だが、特に予定もなかったからそう答えれば大佐が言った。
「それなら一緒に飲みに出かけないか?お前がいやでないのなら、だが」
 そう言われてオレは丸くした目を大きく見開いた。それでも突然の申し出はオレを驚かせはしたものの不快なものでは決してなく。
「嫌なんて事はないっスけどいいんスか?オレで」
 どうせ誘うなら可愛い女の子でなくていいんだろうか。思わずそんな事が浮かんで尋ねれば大佐が言う。
「お前と飲みに行きたいから誘ってるんだ。それじゃあ六時に司令部を出るんでいいか?」
 そう言って笑う大佐に何だかドキドキしながらオレはコクンと頷いたのだった。


→ 第九章
第七章 ←