| 辿り着くはパナケイアの空 第七章 |
| 「な、ん……」 オレはどこか霞んだ頭で火球があったはずの場所を呆然と見つめる。地面が揺れるほどの爆発で膨れ上がった火球は恐ろしくでかかった。あれに巻き込まれたらオレも大佐もただではすまないはずなのに、実際には火傷どころか髪の毛一本燃えてはおらず、時計があったポールがぐにゃりと曲がって地面に横たわっている以外には、爆発前と特に変わったところはなかった。 「大丈夫か?ハボック」 呆然とするオレを大佐の黒い瞳が覗き込む。オレはボーッとしたまま大佐を見て尋ねた。 「今の……なんス、か?」 大佐が指を鳴らした途端、指先から焔が躍り出た。踊り出たという言葉がぴったりのように迸った焔は、一瞬龍の姿を 「錬成した焔で爆発を押さえ込んだ。そのままじゃ今度は錬成した焔自体にこちらがやられてしまうから、空気の濃度を調整して消した。頭がくらくらするんだろう?すまなかったな、でかい火球だったからこの辺りの空気まで薄まってしまった」 大佐はすまなそうに言うと、オレの体を支えて立たせる。焔を錬成した?空気の濃度を調整したってどうやって?そう尋ねたかったがまだ頭がくらくらしてオレはまともに口を利くことが出来なかった。大佐はそんなオレをじっと見つめていたが、こちらに向かって走ってくる足音に振り向く。そうすれば中尉とブレダが駆け寄ってきて言った。 「大佐っ、お怪我はっ?」 「大丈夫だ、ハボック少尉も無事だ」 大佐の言葉にホッと息を吐いた二人はきょろきょろと辺りを見回す。爆発前とさして変わらない様子に疑問と不安を顔に張り付けて言った。 「爆弾は?どうなりました?」 一瞬爆発が見えたが、と尋ねる中尉に大佐が答える。 「消した」 オレに説明した時とは違ってたった一言だけ答えた大佐に二人が目を見開いた。 「とりあえずこの場は心配ない。他に不審物がないか、調べてくれ」 大佐はそう言って駅の外へ向かって歩き出す。慌てて後を追おうとしたオレは、クラリと目眩がして倒れそうになった。思わず伸ばした腕を大佐が掴む。 「おい、ハボックっ?」 でかい図体は思いの外酸素の消費量が多かったらしい。驚いたように見開かれる黒い瞳を見たのを最後に、オレの意識はぷっつりと途切れた。 「あれっ?」 ガバリと跳ね起きてオレは辺りを見回す。白い仕切りのカーテンに囲まれたベッドの上にいるのだと気づいた時、カーテンがシャッと開いて医務室の軍医が顔を出した。 「おお、気づいたか、少尉」 軍医は言って笑みを浮かべるとオレの腕をとり脈を調べる。他にも瞼の裏を覗いたり、心音や肺の音を聞いて特に異常がないと判ると、よく事情が判らないでいるオレに向かって言った。 「特にどこも問題はないようだから仕事に戻って差し支えないよ」 そう言われてオレは漸く口を開く。 「あの、オレどうやってここに?」 確か大佐と一緒に駅にいたはずだ。どうやってだか判らないが大佐が錬金術で空気を薄めたせいで目を回してぶっ倒れたというのは覚えているが。 「ああ、マスタング大佐が運んできてくれたんだ。少尉を抱いた大佐が飛び込んできたときはびっくりしたよ。自分の錬金術のせいでと随分心配していたが、どうしても仕事に戻らなくてはならないと言ってね」 大佐がオレを?確かに大佐の前でぶっ倒れたけど、大佐がオレを抱いて、って。正直オレは小柄でも細くもない。それどころかオレの方が大佐よりでかくなかったか?つか、女の子じゃあるまいし抱いて連れてきたって……冗談だろう。 その光景を想像するだに恐ろしい。オレはそのおそらくは相当不気味だったであろう光景を何とか想像せずに済ませると軍医にもごもごと礼を言って医務室を後にした。司令室に戻れば丁度電話を切ったフュリーがオレが戻ってきたのに気づいて声をかけてきた。 「あ、少尉。もう大丈夫なんですか?」 「ああ、平気。どこもなんともないって」 「そうですか、よかった」 そう言ってにっこり笑うフュリーの顔をオレは見る。もしかしてフュリーもオレがみっともなくも大佐に抱き抱えられてきたのを見たのだろうか。そう思いはしたものの、流石に尋ねる気にもなれず、オレは別のことを口にした。 「えと……大佐は?」 正直顔を合わせるのは恥ずかしかったけれど運んでもらったのなら礼の一つも言わないわけにはいかないだろう。でも、出来ることならすぐには会いたくないと思うオレの気持ちに反してフュリーは執務室の方へ視線を向けながら言った。 「大佐なら執務室におられますよ」 「……そ、っか。サンキュ」 う、いるのか。会いたくはないけどいると判ればいかなければ拙い。オレは一つ息を吐くと執務室の扉を叩いてそっと押し開けた。 「……ハボックっスけど」 そう言って扉の隙間から覗けば大佐が顔を上げる。扉を開けたのがオレだと気づいて目を細めるのを見て、オレは仕方なしに中へと入った。 「あの……さっきはすんませんでした。大佐がオレのこと運んでくれたって聞いて……。ありがとうございましたっ」 言って頭を下げるオレの耳に大佐が立ち上がる音が聞こえる。カツカツと靴音がしたかと思うといきなり顎を掬われ、オレは目を見開いて大佐を見た。 「こっちこそすまなかったな。気分はどうだ?もう大丈夫なのか?」 「へ、平気っス。先生もどこも心配ないから仕事に戻って差し支えないって」 「そうか、ならよかった」 大佐はそう言って笑うとオレを離して席に戻る。再び書類を手に取る大佐にオレは尋ねた。 「あの……聞いてもいいっスか?」 そう尋ねれば大佐が顔を上げてオレを見る。真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳を見返して尋ねた。 「さっき、錬金術使ったって言ったっスよね?でも、錬成陣とかいうの、描かなかったっしょ?」 どうやって?と尋ねるオレに大佐は薄く笑みを浮かべる。懐から白い手袋を取りだして差し出すからオレは“なんで手袋?”と思いながら受け取った。 「あ、錬成陣」 受け取った手袋の甲を見れば紅い線で錬成陣が描かれている。思わず声を上げるオレに大佐が言った。 「発火布と言ってな、摩擦で火花を発しやすいように加工してある。それをつけて指をすり合わせれば」 ボン!と大佐は握った手をパッと広げて見せる。それだけの事であんな焔が生まれるのかと手袋をまじまじと見つめるオレに、大佐は囁くような声で尋ねた。 「恐ろしかったか?少尉」 突然そんなことを聞かれてオレはキョトンとする。手袋から大佐に視線を移して聞き返した。 「なにがっスか?」 確かに爆弾が破裂してでっかい火球になった時は恐ろしかった。そのことを聞かれているのかと素直に答えれば、今度は大佐がキョトンとする。次の瞬間クスクスと笑い出す大佐をオレは首を傾げて見つめたのだった。 |
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