辿り着くはパナケイアの空  第六章


「一体なんなんだかなぁ、あの人……」
 オレがそう呟けば向かいの席で書類を書いていたブレダが顔を上げる。ペンを放り出すとズイと机に身を乗り出すようにして言った。
「あの人って大佐の事か?なあ、実際のところ、どうよ?焔の錬金術師殿は」
 ブレダがそう言えばファルマンとフュリーも身を乗り出してくる。興味津々という(てい)で見つめてくる三対の瞳に、オレはちょっと身を引いて答えた。
「どうよ、って?」
 聞かれた意味がピンとこず聞き返せばブレダが言う。
「これまで誰か大佐の怒りを買って燃やされた奴とかいるのか?っていうか、お前こそ燃やされかかったんじゃねぇの?」
「はあ?なんでオレが?」
「お前みたいなガサツな奴、一言言うたんびに大佐の不興を買いそうじゃん」
「そうですよ、僕たちすごく心配してたんです」
「いつ黒こげになるかってそれはもう気になって気になって」
 ブレダに続けてフュリーとファルマンにまでそんな事を言われてオレは思わずムッとした。
「ご心配頂くのはありがたいけど、燃やされかかったことなんてないから」
「それって誰も?お前だけじゃなくて?」
「誰も」
 聞かれて答えればブレダたちが顔を見合わせる。
「マジかよ」
「マジもマジ、大マジ!大体そんなに簡単に人のこと燃やしてたらいくら大佐だからって大変だろ?」
「そりゃまあそうだけど」
 それに錬成する時って確か錬成陣とかいうのを描くんじゃなかったろうか。気に入らない奴がいたとして怒りにカッカとしながら錬成陣を描いている姿って、想像したら笑えるだろう。
「少なくとも俺は笑えねぇけど」
 とオレの言葉にブレダが言う。顔を見合わせて頷くフュリーとファルマンにオレはため息をついた。
「とにかく噂に聞くほど乱暴な人じゃないと思うぜ。むしろオレがいままでついた上司の中ではいい方の部類だな」
 そう言えばブレダ達から不満の声が上がる。それにオレが更に言い募ろうとした時、机の上の電話がリンと鳴った。
「はい、司令室です」
 受話器を取ってそう言ったフュリーの顔が俄に緊張する。幾つか質問をしたフュリーは電話を切って言った。
「大変です。テロリストから予告電話でイーストシティ駅の構内に爆弾を仕掛けたって」
「ッッ?!」
 その言葉にオレはガタンと席を立つと執務室の扉に飛びつく。ノックもなしに開ければ菓子の袋を手に寛いでいた大佐がオレを睨んだ。
「ハボック、ノックの意味をちゃんと教えてやったろう?」
「爆弾テロっス。イーストシティ駅構内に爆弾を仕掛けたって予告電話が」
 文句を無視して言えば途端に大佐の顔つきが変わる。手にしていた袋を机の抽斗に放り込んですぐさまオレ達を呼んだ。
「今の時点で判っていることを報告しろ」
 そう言われてフュリーが電話でのやりとりを説明する。暁の騎士団と名乗るテロリスト達が仕掛けた爆弾があと一時間で爆発すると聞けば、大佐は乱暴な仕草で立ち上がった。
「ブレダ少尉、小隊をつれて駅から半径百メートル以内にいる人間を全員避難させろ。ハボック小隊は駅構内の爆弾を探せ。ファルマン准尉は暁の騎士団の情報を集めろ。フュリー曹長は連絡役、ホークアイ中尉は私と一緒に駅へ」
「えっ、大佐も行くんスか?」
「私が行ったら何か拙いことでもあるのか?」
 大佐の最後の言葉に思わずそう言えば大佐がそう答える。伺うように中尉を見れば、中尉が口を開いて言った。
「大佐は司令部でお待ち下さい。駅の様子は私が連絡を入れます」
 爆弾が仕掛けられているなんて言ったら、前の上官だったら絶対に司令部から出ては行かなかった。自分は絶対安全な場所にいて、オレ達を良いように使うだけだったのに。
「生憎待っているのは性に合わないんでね」
 大佐は言ってニヤリと笑うと、オレ達が止める間もなく先頭を切って執務室を出て行ってしまった。


「市民の避難完了しましたッ」
「ご苦労、引き続き関係者以外の人間が近づかないよう監視していてくれ」
「イエッサー!」
 改札口のすぐ内側に陣取った大佐が報告に来たブレダに答える。オレと中尉がいくら言っても大佐は駅から出ようとはしなかった。
「アンタ自分の立場ってもん、判ってるんスか?」
 いい加減苛々して言うオレを大佐が面白そうに見る。なんだか楽しそうな色をたたえる黒曜石にオレが苛々を募らせれば大佐は肩を竦めて言った。
「逃げたければ逃げても咎めんぞ。爆発まであと十分だ」
 部下達が血眼になって探してはいるものの爆弾は見つからない。爆弾の大きさも威力も判らないだけに引き際を見極めるのが難しく、正直なところ大佐にだけでも早く安全圏へ避難して欲しかった。
「中尉、銃で脅してでも大佐の事連れてって下さい」
 そう言うオレに答える様に中尉が銃を抜く。早く行けと繰り返すオレに大佐は意外そうに言った。
「焔の錬金術師に逃げろと言ったのはお前が初めてだよ、ハボック」
「オレ、一応アンタの護衛官で小隊長でもあるんスよ。アンタの身の安全確保した上で与えられた任務もこなさなきゃならない。正直ここにいられちゃ邪魔なんですッ」
 声を荒げてそう言えば黒い瞳がまあるく見開く。オレが尚も言おうとした時、切羽詰まったような部下の声が聞こえた。
「隊長、爆弾を発見しましたッ!!」
「ッ、どこだッ?!」
「こっちですッ!」
 そう言って走り出す部下を追うように駆け出したオレは、ついてくる足音に気づいてギョッとする。一緒になって走ってくる大佐にオレは怒鳴った。
「なんでアンタも来るんスかッ?!爆弾見つかったんスから逃げてくださいッ!!」
「まだ撤去した訳じゃないだろう?安全が確保されてないのに逃げるわけにはいかん」
「逆でしょうがッ!!」
 安全じゃないから逃げて欲しいのにそんな事を言う大佐にオレは声を張り上げる。そうこうするうちに爆弾が見つかったという場所に着いてしまって、オレは思い切り舌打ちした。
「あそこです!」
 そう言って部下が指さしたのは高いポールの上に設置された時計だった。既に梯子をかけて中の爆弾を処理しようと取りかかっていたものの、時計の中を覗き込む部下の表情は芳しくなかった。
「隊長、配線が複雑で時間内に止められるかどうか……」
「処理班以外の隊員を退避させろ。中尉、大佐の事頼みます」
 言えばすぐさま部下達が伝令に走り中尉が頷く。だが、大佐は促そうとする中尉の手を、白い手袋を填めた手で振り払って言った。
「私のことは構うな。中尉、君はハボック小隊の隊員達と一緒にブレダ少尉のところまで下がれ」
「大佐ッ」
 そう言われて流石に中尉が目を剥く。何とか一緒に連れていこうとする中尉に大佐が言った。
「命令だ、ブレダ小隊の待機場所まで下がれ」
「ッッ」
 その言葉に悔しそうに顔を歪める中尉に大佐が続ける。
「私は焔の錬金術師だよ、中尉。それにここには護衛官のハボック少尉もいるしな」
 ここへきてそんな事を言う大佐が憎らしい。オレは大佐をぶん殴ってやりたい気持ちをこらえて中尉に言った。
「大佐の事はオレが何とかします。中尉は小隊の連中と一緒に行って下さい」
「……判ったわ」
 怒りに震える吐息混じりに言うオレに同じような声で中尉が答える。中尉がオレの副官の軍曹と一緒に小隊の部下達をを取りまとめて退避するとオレは大佐を睨んだ。
「アンタみたいな無茶苦茶な上官、見たことないっス」
「私に逃げろと言う部下を見るのは初めてだよ。いつだって“あの悪魔のような錬金術師なら殺したってしなない”と言われてたからな」
「なに馬鹿言ってんスか、アンタ」
 どれほど錬金術師が凄い力を持っていようが、所詮は人間じゃないか。爆弾が爆発したらどうしようもないだろう。
「隊長っ、すみません、間に合いませんッ」
 睨み合うオレ達の頭上に部下の悲痛な声が降ってくる。その声に時計を見れば爆発まであと一分を切っていた。
「判った。お前達も退避してくれ」
「……クソッ!すみません…ッッ!!」
 オレの指示に爆弾処理班の隊員が悔しそうに呻く。それでもこれ以上無理をさせるわけには行かず、隊員達はポールから飛び降りると一直線に駅の外へと走っていった。
「大佐、アンタも早く───」
「私の事はいいからお前も行け、ハボック」
「……は?」
 何を言っているんだろう、この人は。焔の錬金術師だかなんだか知らねぇけど滅茶苦茶だ。
「爆発までもう時間がねぇんスよッ?馬鹿な事言ってる場合じゃないっしょッ!」
「行け、ハボック。命れ───」
「命令なんて聞くかッ、馬鹿ッ!!アンタが逃げないならオレだって逃げねぇっス!!」
 この人一人置いて逃げられる筈がない。怒鳴るオレに目を瞠った大佐はニヤリと笑って言った。
「なら私の側から離れるな」
 そう言う大佐の自信に満ちた声にオレは思わず息を飲む。そんなオレの腕を掴んだ大佐が時計から距離を取ったその時、ドオンッという音と共に地面が揺れた。見上げる視線の先で火球が膨れ上がる。巻き込まれると思って身構えるオレのすぐ横に立つ大佐が手袋を填めた手を翻したと思うと、パチンと鳴らした指先からゴオッと大きな焔が舞い上がり火球を飲み込んだ。大佐がもう一度指を鳴らせば不意に辺りの空気が薄まった気がして一瞬クラリと目が眩む。ふらついた体を延びてきた力強い腕に預けて時計を見れば、あった筈の火球が綺麗さっぱり影も形もなくなっていたのだった。


→ 第七章
第五章 ←