| 辿り着くはパナケイアの空 第五十六章 |
| それから二日ほどはあっと言う間に過ぎて今日はもう公聴会当日だった。公聴会の為の資料を作るため、オレが大佐の下についてから中佐に提出した報告書を、中佐の指示に従って重要な点を抜き出し纏めていく作業は会議が開かれるギリギリまで行われていた。それには大佐本人の事と共にハリソン大佐とオレとの間のやりとりも細かく記されている。少しでも公聴会をスムーズに乗り切れるよう、中佐もオレも必死だった。 「中佐、これ。言われたとおりに纏めたっス」 「おう」 オレは作った資料の束を中佐に渡す。もの凄い勢いで資料に目を通す中佐を見ながら、オレは気が気でなかった。 何か見落としていること、遣り残している事はないだろうか。大佐に少しでも有利になる事を見過ごしてはいないだろうか。どれだけやってもそんな考えが頭から離れて消えない。苛立ちのままに煙草をスパスパと吸えば資料をチェックしていた中佐が思いきり顔を顰めてオレを見上げた。 「少尉、お前、煙草吸い過ぎだ。部屋が煙くて堪らんだろうが」 「あ」 言われて見れば確かに部屋の中は靄がかかったように視界が悪い。 「すんません」 オレは首を竦めて煙草を携帯灰皿に放り込むと部屋の窓を開けた。その途端窓から入り込んだ冷たい風が部屋の中を吹き抜ける。その風が中佐の机の上に置かれたメモを吹き飛ばした。 「おい」 「わ、すんませんっ」 咄嗟に押さえたものの、押さえきれなかったメモを目で追って中佐が抗議の声を上げる。オレは大きく開けた窓を三分の一ほどまでに閉めると、散らばったメモを広い集めた。 「これで全部っスか?」 「判んねぇな。重要なもんが吹っ飛んでて後で困ったら少尉のせいだ」 「うわ、そんなこと言います?」 ひでぇと言いながら床に這い蹲って探せば更に二枚ほどメモが見つかって、オレはおずおずと中佐に差し出す。まったくもう、とオレの手からメモを取り上げて睨んでくる常盤色にオレは「アハハ」と頭を掻いた。そうこうする間に部屋の空気が入れ替わり、煙草の煙も外へと吐き出される。そうなれば外の冷気を遮断しようとオレは開けた窓を閉めた。振り向けば資料を繰りながらメモをチェックする中佐の姿が目に飛び込んでくる。取り上げたメモを机の上の別の書類にクリップで止めるのを見たオレの脳裏にふとあることが浮かんだ。 大佐の造反を証明するために作られた書類の束。それについていた小さなメモ。あのメモに書いてあった文字は確かハリソン大佐の───。 「メモ!」 「えっ?!」 突然大声を上げたオレに中佐が驚いてオレを見上げる。 「なんだ?まだメモがあったのか?」 オレはそれには答えず必死に記憶の抽斗をひっかき回した。 「あのメモ……どこにやったっけ?」 あの時は深く考えることもなかった。とにかく大佐を陥れる為に張り巡らされた色んな事に立ち向かうだけで精一杯で、小さなメモの意味なんて考える余裕などなかったんだ。 「もしかして捨てちゃった……?」 そう呟いてオレはあの時の事をなんとか思いだそうとする。ブレダたちが帰るのを待って執務室に入って、書類を抽斗にしまおうとしたらジェンナー少佐がやってきて、オレの手から書類を───。 「いや、待て待て、メモをどうかしたなら少佐に書類をとられる前だろ……ええと、えーっと」 「おい、少尉。他にメモがあったんなら」 「煩いなッ!!思いだそうとしてんのに邪魔すんなよッ!!」 「───すみません」 オレの剣幕に中佐が目をまん丸にしてオレを見上げる。オレは上司相手に思い切り舌打ちすると、中断された思考をもう一度手繰り寄せた。 「書類を封筒から引っ張りだしたんだ。書類にメモがついてて……それを外して……」 目を瞑ってその時のオレの行動を瞼の裏に再現する。そうすれば取り外したメモをボトムのポケットに突っ込むオレの手が見えた。 「そうだ、ポケットに突っ込んだんだった。あれ?あの後洗濯したっけ?」 オレは言いながらポケットに手を突っ込む。だが、今はいている軍服のポケットにはなにも入っていなかった。 「中佐っ、ちょっとオレ、ロッカー行ってきます。もしかしたらアパート帰るかもッ!」 「えっ?あ、おい、少尉っ?もうすぐ公聴会が始まるぞッ!!資料のコピー、誰が取るんだっ」 「すんません、中佐取っといてくださいッ!!」 オレはそう叫ぶと中佐が何か言おうとするのに構わず部屋を取びだした。 オレは廊下を駆け抜けるとロッカールームに飛び込む。鍵を開けるのももどかしくあてがわれたロッカーを開けると、中に入れっぱなしにしていた軍服のズボンを引っ張りだした。 「これ……じゃない。じゃあアパートか?」 軍服の替えは何着か持っていて、汚れたやつはクリーニングに出すのが常だったけど、ここのところバタバタしていて汚れたまま放っておいた気がする。オレはバンッとロッカーの扉を閉めるとロッカールームを飛び出した。そのまま正面玄関に向かおうとすれば、丁度やってきた大佐とブレダにぶつかりそうになった。 「ハボック?」 「ハボ?!どうしたんだよ、そんなに慌てて」 「ちょっとアパート帰ってくる!」 「えっ?でももう公聴会始まるぞっ」 そう怒鳴るブレダを振り向けば隣に立つ大佐が黒い瞳をまん丸に見開いてオレを見てる。オレは大佐の顔をじっと見つめるとにっこりと笑った。 「すぐ戻るっスから!」 「おい、ハボ!!」 軽く敬礼を投げて走り出そうとするオレの目の端に、笑みを浮かべた大佐がブレダの肩を叩くのが見えた。 全速力でアパートに帰れば流石のオレもまともに空気が吸えないほど息が乱れる。それでも休む間も惜しんで、オレは汚れ物を突っ込んだバスケットから丸めたままの軍服を引っ張りだした。 「くそっ、どこに入ってんだよッ」 出して捨てた覚えはないからどこかに入っている筈だ。ゴソゴソとポケットを漁っていたオレは、指先に触れた紙を掴んで引っ張りだした。 「……あった」 ハリソン大佐の手で書かれたオレ宛の指示。オレが本気で大佐を憎んでいて本気で大佐を裏切ると決めつけて。大佐を憎むのも陥れるのも正しいことだと思い込んだ故に残ったこのメモ。 「これで決まりだ」 大佐を傷つけようとするなんて、それが神だろうがオレは絶対に赦さない。 オレはメモを握り締めるとアパートを飛び出し司令部に向かって一直線に走っていった。 |
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