辿り着くはパナケイアの空  第五十七章


 司令部に戻ったオレは真っ直ぐ公聴会が行われている会議場へと向かう。そっと扉を開ければ証言を終えたマクレーンが席に着くところだった。扉を開け閉めする音に数人の出席者がオレの方を見る。その中に大佐の黒い瞳を見つけて、オレはそっと笑って見せた。
「どこに行ってたんだ、少尉」
 なるべく静かに中佐の側に行けば、中佐がオレを睨んで言う。オレは中佐の側に跪いて、見つけだしたメモを差し出した。
「これ、筆跡鑑定出来ますよね?」
 そう言えばサッとメモに目を通した中佐がオレを見る。
「これは?」
 短く尋ねる言葉にオレは小さいけれどはっきりした声で答えた。
「大佐の造反をでっち上げるために捏造された書類についてたメモっス。外してボトムのポケットに突っ込んでたの思い出して」
 オレがそう言うのを聞いて、中佐がガタンと音を立てて乱暴に立ち上がる。部屋中の人間が驚いて見つめてくるのも構わず、中佐は進行役のフォード准将に言った。
「新たに証拠となる資料発見しました。証拠として追加させて下さい」
 中佐がそう言うと同時にジェンナー少佐が立ち上がる。
「もう公聴会は始まっています。すでに資料は提出されており追加を認める必要はないと思われます!」
 少佐が声を張り上げて言えば、部屋中がざわざわとざわめく。その中でフォード准将はグラマン中将達と二言三言交わしたと思うと、おもむろに立ち上がった。
「一時休会とする。ヒューズ中佐、その資料を提出するように」
「ありがとうございます!」
 フォード准将の言葉に中佐がパッと顔を輝かせる。対照的に色をなくした顔の中で異様に輝く瞳で睨んでくるハリソン大佐を、オレは「よくやった」と髪をかき混ぜてくる中佐の向こうに見つめていた。


 それからの審議はあっと言う間だった。マクレーンの証言やあの演習の場にいたオレの隊の部下達の証言に加え、オレが持ってきたメモが大きな力を発した。大佐の造反を証明するために作られた書類は、かえってそれを仕組んだ者達の足を掬う結果となった。ハリソン大佐は私怨により軍内部を混乱させた責任を取らされて降格、西方司令部へ転属が決まったが、それをよしとしないハリソン大佐は自ら軍を去っていった。大佐は今回の事件そのものに関してはむしろ被害者とも言えるとしてお咎めなし。ただし、ハリソン大佐の手を逃れるためとはいえ行き先も告げず行方をくらましていたのを長期に渡り軍務を放棄したと見なされ、半年間の減給と一週間の謹慎との処分が下された。


「ああ、まったく、今回ほど大変だったことはないぜ」
 漸く全ての片が付いて中佐がぐったりとした様子で言う。オレはだらしなくソファーに腰掛ける中佐の前に心を込めて淹れたコーヒーを置いた。
「お疲れさまでした、中佐」
 オレがそう言えば中佐はカップに手を伸ばし、コーヒーを一口啜る。常盤色の瞳でジロリとオレを一瞥して言った。
「お前な、あんなすげぇもん隠し持ってるならさっさと出せっていうんだよ」
「あはは、すんません」
 確かに中佐の言うとおりでオレは素直に謝罪の言葉を口にする。でも、それだけ切羽詰まっていたと言うことは中佐も判ってくれてそれ以上はなにも言わないでくれた。
「ロイ、俺に出来るのはここまでだ」
「ああ、十分だよ。ありがとう、ヒューズ」
 中佐が言えば窓辺に立つ大佐が答える。外の景色に目をやる大佐を見て、中佐は言った。
「まあ、今回の事で多少はお前を見る目も変わるだろう」
「そうだな」
 あんな風に事実を歪曲して伝えたり、ありもしないことを捏造しようとする奴がいると判れば、これまで大佐に関して囁かれていた事もどれだけ本当か疑問に思う人間も出てくる筈だ。これを機にみんなもっと大佐の事を知ってくれたらいいと思う。少なくともブレダ達は大佐を判ろうとしてくれてる。それだけでもオレは、苦労が報われたように感じた。
「それで、少尉の事だがな」
 と、中佐の声が聞こえて大佐を見ていたオレは視線を中佐に戻す。両手でコーヒーのカップを包み込んだ中佐はコーヒーの中に声を吹き込むようにして言った。
「一応、今回のお前を監視する任務については一端終了って事になるんだよな。だから少尉をここに置いておく理由はなくなったわけだ」
「ちょ……ちょっと待って下さいよ、中佐っ」
 突然そんな事を言い出した中佐にオレは慌てる。まさか大佐の側から離れるなんてそんなの絶対に嫌だ。
「こう見えても結構優秀だからなぁ、俺としても他の任務に就かせたいと思うんだけど」
「中佐ッ!」
 なんだかとんでもない方向に話が進みそうでオレはソファーに座る中佐に詰め寄る。オレが何か言おうとする前に、窓辺に立っていた大佐が振り向いて口を開いた。
「確かにお前の言うとおりだな、ヒューズ」
「ッ?!」
 オレはその言葉に驚いたように大佐を見る。もしここで大佐が頷いたらオレは大佐の側にいられなくなっちまう。それだけは絶対に嫌だと、オレが言葉を探して二人の顔を交互に見ていると大佐が言った。
「だが、私はハボックにここに残って欲しい。これからも私を支えて欲しいんだ。だからヒューズ」
 頼むと頭を下げる大佐を見て、オレも慌てて頭を下げる。そんなオレたちを見て、中佐がため息をついた。
「これで俺が少尉を異動させるって言い張ったら、俺、すっげぇ悪者じゃねぇ?」
「ヒューズ」
 顔を上げる大佐に中佐は言った。
「判ったよ、少尉の事はお前に任せる。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。ああ、もう食っちまったんだっけ」
「中佐ッ!!」
 余計な事まで言う中佐をオレは睨む。中佐は顔を赤らめるオレを見てニヤニヤと笑いながら言った。
「いいだろう?優秀な部下を一人手放すんだ、これくらい言わせろ」
「ありがとう、ヒューズ」
 大佐がそう言いながら近づいてくる。オレの髪をくしゃりと掻き混ぜたその手を中佐に差し出した。
「頑張れよ、ロイ。しっかりな」
「ああ」
 中佐が笑ってその手をガッシリと握るのを見れば、オレは本当に嬉しくて堪らなかった。


「大佐!」
 駅の改札に佇む人影にオレは手を振る。駆け寄るオレに大佐が目を細めて笑った。
「遅いぞ」
「すんません、夕べ荷造り出来なかったもんで」
 オレはそう言って頭を掻く。そうすればしょうがないなと笑う大佐の後について駅の中へと入った。
 一週間の謹慎期間を利用して、オレたちはオレの田舎に行くことにした。謹慎中なのだから本来は旅行など以ての外だったけど、この先まとまった休みなどいつとれるか判らないという事とオレが同行する事で、中尉が上手いこと取りはからってくれた。
 オレたちはバッグを手に停車中の列車に乗り込む。車両の中程の席に陣取りバッグを網棚に上げるオレを見て、大佐が言った。
「でかい荷物だな、家族への土産か?」
「ええ。騒がせちゃったし、ゆっくり帰るの、久しぶりなんで」
 この間は騒がせるだけ騒がせて、ろくに挨拶もしないで帰ってきてしまった。そのお詫びも兼ねていつもより多く土産を用意したらこんなになってしまった。でも、大佐の荷物も意外と多くて、オレは網棚に載せられた大きなバッグを見て首を傾げた。
「大佐のこれは?やっぱり土産っスか?」
「土産とあとアレだ」
「アレ?」
 何のことか判らずキョトンとするオレに大佐が言う。
「シーツ」
「あ」
 そう聞いて思わず赤くなるオレに大佐がクスリと笑った。
「よく礼を言わんとな。引き留めて貰わなかったら今こうしていない」
「そうっスね」
 頷きあってオレたちは向かい合わせに座席に腰を下ろす。少しして発車のベルが鳴り響き、列車がゆっくりと動き出した。それにつれて窓の外の景色も流れだす。黙ってその景色を眺める大佐の横顔をじっと見つめていれば、大佐が外を見つめたままポツリと言った。
「パナケイアだな」
「へ?なんスか?それ」
 初めて聞く言葉にオレはキョトンとして聞き返す。そうすれば大佐がオレを見て言った。
「錬金術師が追い求める霊薬の名だ。全てを癒す力がある」
「へぇ、じゃあ大佐もそれを探してるんスか?」
 大佐も錬金術師ならそうなのだろうか。そう思って聞いてみれば大佐が答える。
「いや、私はもう手に入れたよ」
「えっ?そうなんスかっ?凄いっスね、全てを癒す力があるんでしょ?どこで手に入れたんスか?」
 驚いて思わず腰を浮かしかけて尋ねてしまう。だって、そんな凄い薬なら手に入れたとしたら凄い事なんじゃないんだろうか。でも、大佐は笑うばかりで教えてくれなかった。
「ちぇっ、教えてくれる気がないなら言わなきゃいいのに」
 ちょっぴり不貞腐れて言うオレに大佐が手を伸ばしてくる。
「判らなくてもいいんだ」
「なんスか、それ」
 大佐の言ってることは訳が判らない。それでも大佐の顔は凄く幸せそうで、それだけでいいかと思えた。
「愛してる、ハボック」
「……オレも」
 小さな声で答えて誰も見てないことを確かめる。重なってきた唇はひどく甘くて、全てを癒すパナケイアっていうのはこんな味なのかなと思った。


2011/12/06


第五十六章 ←


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ナナオさまから頂きました「“お前が私を拒むのか(避けるのか)”というセリフを使ったお話。この一言をロイに言わせたい」というリクでした。いやもう、せっかく頂いたお題の言葉がどっかに埋没してしまった感バリバリの長いばかりの話になってしまいました(苦)言うまでも長かったけど、言ってからも長かった……。いつもプロットなど書かずに作品を書いてますが、終わりのころになるとぽっかり最後のシーンが浮かんでくるのにこの話はどこまで書いても浮かんでこず、終わらないんじゃないかと自分でも心配になってしまいましたが何とかエンディングに辿り着く事が出来ました、よかった(笑)
パナケイアと言うのはロイがチラリと言ってますが、ギリシャ神話に出てくる癒しを司る女神の名前で、中世の錬金術師たちがエリクサーや賢者の石の材料と考えた霊薬の名前です。色んな傷を抱えたロイにとってハボックは漸く手に入れた彼にとってのパナケイアってことで。相変わらず訳の判らんタイトルですみません(苦笑) 
ナナオさま、自分ではなかなか思い浮かばないリク頂きまして、ありがとうございました。書いてた本人はとっても楽しかったのですが、その楽しさが少しでもお伝えできていれば嬉しいですv