| 辿り着くはパナケイアの空 第五十四章 |
| 一時間も過ぎた頃だろうか、執務室の扉が開いて大佐達が出てくる。自席に腰を下ろす中尉をチラリと見たオレは、司令室を出ていこうとする大佐と中佐を引き留めようと腰を浮かした。 「あのっ」 そう声をかければ二人がオレを見る。これからどうするんだろう、そう思って二人を見ればオレの顔を見た二人が顔を見合わせて笑った。 「そんな心配そうな顔すんな、少尉。ちょっと中将のところに行ってくるだけだ」 中佐がそう言っていつもの笑みを浮かべる。オレも一緒にと言いたかったけど言えるはずもなくて、浮かした腰を椅子に戻して視線を落とせば大佐の声が聞こえた。 「ハボック」 「は、はいっ」 俯けた顔を上げると大佐がオレを見つめている。その黒曜石をじっと見つめれば、強い光が和らいで大佐が目を細めて言った。 「すぐ戻る。コーヒーを淹れておいてくれ」 「っ、はいっ」 頷くオレに大佐は笑って中佐と二人出ていってしまう。ハアと息を吐き出してだらしなく椅子の背に寄りかかれば、中尉がクスリと笑って言った。 「大丈夫よ。中佐は抜け目のない人だから」 「……そうっスね」 あの人の下について色んな事があったけど、中佐はいつだって気がつけば一番有利に事を進めていた。マスタング大佐という大事な友人の為なら、きっと一際鮮やかに事態を展開させるのだろう。 「確かに大した狸っスもんね」 オレが言えば中尉が僅かに目を瞠る。 「そんなこと言って、後で知らないわよ」 「平気っスよ、中尉が言わなければ」 「あら、あの人、もの凄い地獄耳よ?」 「……嘘でしょ?」 なんだか憖じ嘘とは思えない言葉に眉を寄せて呟けば、中尉がクスクスと笑った。 大佐が戻ってくる頃を見計らってコーヒーの用意をする。帰ってきたらすぐ落とせるようにしておいたけど、大佐も中佐もなかなか戻ってこなかった。そうこうするうちオレが戻ってきた事を聞きつけた小隊の軍曹がやってくる。確かにこれ以上小隊をほったらかしには出来なかったけれど、今詰め所に行ったところでこっちのことが気になって、全く身が入らないのは判りきっていた。 「仕方ないですね、隊長」 「ごめん……」 首を竦めるオレにせめて簡単な指示だけでも、と軍曹が言った時、司令室の扉が開いて大佐が帰ってきた。 「大佐っ」 そうすればもう他の事なんてそっちのけになるオレに、“仕方ないですね”と呟いた軍曹が首を振りながら部屋を出ていく。だがオレはもう小隊の事なんてすっかり忘れて執務室に入っていく大佐の後についていった。 「あのっ、どうなったんスか?」 中将との話はどうだったんだろう。気になって気になって大佐が腰を下ろすのももどかしく尋ねれば、大佐が苦笑して言った。 「コーヒーは?ハボック」 「あっ、そうでした」 オレは急いで給湯室でコーヒーを淹れて戻ってくる。大佐の前にカップを置いて見つめれば、オレの顔を見た大佐がプッと吹き出した。 「まったくお前は」 おかしそうに笑う大佐を意味が判らず睨みつけると、大佐が「すまん」と言いながらカップに手を伸ばす。コーヒーを一口飲んで、大佐はフゥと息を吐き出して言った。 「関係者を呼んで公聴会を開くことになった。マクレーンに連絡を取ってくれ」 「公聴会?軍法会議じゃなくて?」 「ヒューズのおかげでな」 そう尋ねれば大佐が笑って頷く。その顔を見てヘナヘナと座り込むオレを見て、大佐が目を丸くした。 「おい、ハボック?大丈夫か?」 「な、なんか気が抜けたっス」 アハハと床に座り込んだままそう言えば大佐がやれやれといった顔をする。大佐は手を伸ばしてオレの髪をくしゃくしゃとかき混ぜて言った。 「安心するのは早いぞ。まだ無罪放免になったわけじゃない」 「平気っスよ、大佐はなんも悪いことしてないんスから」 自信満々に言うオレに大佐が目を細めて笑った。 「で?なんで中佐がついてくるんスか?」 大佐を家に送り届けようとすれば何故だか一緒に車に乗っている中佐に、運転席に座ったオレは振り向いて尋ねる。そうすれば中佐はさも当然という顔をして答えた。 「これからのこともあるしな。少しは相談しておいた方がいいだろう?」 「まあそうっスけど」 そう言われれば反論の余地はない。ちょっとむくれて黙り込めば中佐がニヤニヤと笑ってオレの髪をひっかき回した。 「俺は邪魔者か?ああん?」 「んなこと言ってねぇっしょ!ちょっとやめてくださいよっ」 なんとか中佐の手を振り解いて身を引けば、大佐がオレと中佐をじっと見ていることに気づく。でも、その理由を確かめる前に大佐が目を逸らしたから、何か意味があるのかないのかもオレには判らなかった。 途中簡単に食事を済ませて大佐の家に二人を送り届けてオレは帰ろうとする。すると大佐がオレの腕を掴んで言った。 「泊まっていけ、ハボック」 「え?でも、中佐と話があるんでしょ?」 「一晩中話す訳じゃない」 確かにそれはそうだけど、だからといってオレがいたらやっぱり邪魔なんじゃないだろうかと思ったものの大佐は腕を放してくれそうになかった。 「……じゃあそうします」 仕方なしに頷けば大佐が嬉しそうに笑う。リビングで話し込む二人に軽い夜食を用意して、オレは邪魔をしないよう宛がわれた部屋に引っ込んだ。二人の話がすむまでの間と思ってオレはベッドに横になる。柔らかいベッドの感触にやっとここまで来たんだとため息が零れた。 「あともう少し……」 そう呟いて目を閉じたオレは瞬く間に眠りの淵に引き込まれてしまった。 「ん……」 躯の奥がじんわりと熱い。なんだか重くて寝返りも打てなくて、ゆっくりと目を開ければオレの肩口に誰かが顔を埋めている。ぼんやりとその人を見やった瞬間、キュッと股間を握られてオレはギョッとして飛び上がった。 「大佐っ?」 オレに圧し掛かっていたのは大佐だった。全裸に剥かれてベッドに押さえ込まれている事に気づいて、オレは大佐を押し返した。 「なっ、なにしてるんスかッ?!」 「冷たい奴だな、私を待たずに寝てしまうなんて」 「だってっ」 オレだって起きて待ってるつもりだったけど、仕方ないじゃないか。疲れてたんだと言い訳すれば、大佐がにんまりと笑って言った。 「こっちは元気いっぱいだがな」 「ひゃっ?!」 大佐の手に撫でられてオレは短い声を上げる。慌てて手で口を覆うと、大佐を見上げてモゴモゴと言った。 「中佐、いるんスよね?」 「隣の部屋にな」 「ッッ!」 いくら安普請のオレのアパートとは違うとはいえ、こんな寝静まった夜ならば隣の部屋の声は少なからず聞こえるんじゃないだろうか。ちゃんと聞こえなければ話の内容が判らない話し声と違って、アノ時の声なんて聞こえただけで判っちゃうに違いない。オレは慌てて楔に手を這わせる大佐の手首を掴んで言った。 「やめてくださいッ!隣に聞こえたらどうするんスかッ!」 よりによって中佐に聞かれるなんてたまったもんじゃない。そう言って手を離させようとしたけど、かえって長い指は絡みついてくるばかりだった。 「大佐っ」 「お前が声を上げなければ聞こえないさ」 「そんなッ」 そんなの無理に決まってる。それでも大佐がやめてくれないのであれば何とか我慢するしかなかった。 「んっ……ンンッッ!!」 オレは両手で口を覆って声が零れるのを押さえようとする。だが、そうすればするほど大佐の手の動きを感じてしまって、押さえた指の隙間から甘ったるい声が零れた。 「ふ……ンッ、ん───ッ!!」 耐えきれなくて小さく首を振れば手の動きが早くなる。込み上げる絶頂感にオレは喉を仰け反らせて躯を震わせた。 「んんん───ッッ!!」 ドクドクと大佐の手の中に白濁を迸らせてオレはベッドに沈み込む。終わったと手を離してホッと息を吐いたオレは、グイと脚を押し上げられてギョッとして大佐を見上げた。 「うそ……中佐、いるんスよ?」 「聞こえたって構わんだろう?」 「嫌っス!」 別に大佐との関係を知られる事自体に抵抗はなかったけれど、こんな最中の声を聞かれるのは嫌だ。オレが必死に押し返そうとすれば、大佐が険しい顔でオレを見つめた。 「ヒューズとは随分親しいんだな?」 「え?」 「ヒューズがあんな風に構うなんて」 そう言って見つめてくる黒曜石に浮かぶのが嫉妬だと気づいてオレは目を丸くする。もしかして中佐とオレの関係を疑っているのかと、オレは慌てて首を振った。 「中佐とは何にもないっスよっ?」 「アイツは人懐こそうに見えるが、実際はなかなか他人を側に寄せ付けないんだ」 それなのに、と大佐が顔を嫉妬に歪ませる。狭間に押し当てられる熱にオレはふるふると首を振った。 「やだっ、本当にオレ、中佐とは───」 なんでもないと言おうとしたその瞬間、ズッと熱い塊が押し入ってくる。ろくに慣らされてもいない小さな蕾に楔をねじ込まれて、オレはたまらずに悲鳴を漏らした。 「ヒィィッ!!い、や……ッッ!!」 上げかけた悲鳴を止める術を思いつかず、オレは大佐を引き寄せ唇をあわせる。一瞬目を見開いた大佐が深く合わせてくる唇の中に悲鳴を零して、オレは必死に大佐に縋りついた。 「すまん」 激しい嵐が過ぎ去って、大佐はオレを抱き締めて囁く。痛みと腹立ちとで涙に滲む目で大佐を睨めば、大佐は申し訳なさそうに言った。 「お前とヒューズの間になにもないのは判っていたが……醜い嫉妬だな。それに……もし、今度の事で全てを失っても……お前にだけはついてきて欲しい」 「大佐……」 そんな事を言う大佐をオレは目を見開いて見つめる。そうすれば苦く笑ってベッドに身を起こす大佐を、オレは肘をついて見上げた。 「そんなの……当たり前っしょ。嫌だって言ったってついていくっスから」 「ハボック」 そう言えば大佐がオレを見下ろす。 「もう一回シて?大佐……」 見つめてくる黒曜石に囁いてオレは大佐に手を伸ばした。 |
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