| 辿り着くはパナケイアの空 第五十二章 |
| 車に戻るとオレたちは司令部へと向かう。相変わらず助手席に座っている大佐をチラリと見れば、今度は大佐はずっと窓の外を見つめていた。 「これからどうするんスか?」 マクレーンの協力は取り付けたけれど、それだけで大佐の立場を回復できるんだろうか。正直オレにはその方法を考えつく頭はなく、仕方なく大佐に尋ねた。 「お前、私が東方司令部に来てからの事をヒューズに連絡していたんだろう?」 「ええ、まあ」 電話での連絡の他に週に一度の割合で大佐の行動を文書で報告していた。そんな風に聞かれれば申し訳ない気持ちが先に立って唇を噛むオレに大佐がクスリと笑った。 「気にすることはない。それがお前の任務なんだから」 「大佐……」 気にするなと言われてかえってしょんぼりするオレの髪を、伸びてきた大佐の手が掻き混ぜる。そっと大佐を伺えば、大佐は笑って言った。 「前にヒューズが私のところに寄越したのがお前でよかったと言ったことがなかったか?」 そう言えばそんな事を言われた気もする。曖昧に頷くオレに大佐が続けた。 「私に監視がつくのはいつもの事だ。これまではソイツらが鬱陶しくてな、わざと上層部の目に付くような行動をとったこともあったんだ」 「えっ?マジっすか?!」 驚いて思わず大佐を凝視するオレに大佐が「前を見ろ」と眉を顰める。仕方なしに視線を前に戻したものの、話の続きを気にするオレに大佐がため息をついて言った。 「だからハリソンが私をはめようとした方法も 「付け入られる隙があったって事っスか?」 「まあそう言うことだ」 大佐は肩を竦める。窓の外を行き過ぎる街並みを見つめて言った。 「この国をより良くしたいと思った。その為に錬金術が役立つならと思ったんだが、上手くいかないな」 「ならもう一度やればいいっしょ」 ため息混じりに吐かれた言葉にオレは思わず言い返す。そんなオレの横顔を大佐が驚いて見つめるのを感じながら続けた。 「オレじゃ大した役にはたたないかもしれないっスけど、オレに出来ることはなんでもするっスよ。大佐、オレの事、使ってください。アンタの為ならオレ、なんだってするっスから」 ね?と横目でウィンクすれば大佐がシートに沈み込む。ガリガリと頭を掻いて大佐が言った。 「思わず押し倒しそうになったぞ」 「はあっ?なんでっ?」 こんなに真面目に話をしているのに、どうしてここで押し倒されなきゃならないんだ。 「好きだよ、ハボック」 その上そんな事を言い出すから思わずアクセルにかけた足に力が入ってしまった。 「死にたいんスか、大佐」 「そうだな、どうせ死ぬならお前を抱き締めて死にたいな」 「あのねぇッ!」 顔が赤くなるのを感じながら睨みつけた大佐に「前、前」と指さされて仕方なしに視線を戻す。そんなオレにクスクスと笑った大佐が不意に真面目な声で言った。 「頼んだよ、ハボック。私に手を貸してくれ」 拒否されることを畏れるように僅かに震える声に。 「イエッサー!!」 オレは大声で答えた。 車を司令部の正面玄関につける。今度は流石に勝手に車を降りない大佐のために扉を開ければ、車から降りて大佐がズイと立ち上がる。ピンと背筋の伸びたその姿にその場にいた誰もが目を奪われ身動き出来なかった。 「行くぞ、ハボック」 「イエッサー!」 司令部の建物を睨みつけるように見上げて言う大佐にオレは答える。颯爽と歩き出す大佐に半歩遅れてつき従えば、皆の視線が大佐の姿を追うように動くのが判った。大佐は堂々と正面玄関から入ると、迷いなく司令室へと向かう。止める者もないまま、あと僅かで司令室の扉と言うところで声が聞こえた。 「マスタング大佐」 声がした方を振り向けばハリソン大佐が立っている。咄嗟に大佐の前に出ようとするオレを制する大佐に、ハリソン大佐が言った。 「随分と長くお出かけだったようですな。何か隠れてやらねばならないことでも?」 挑発するような口振りに思わずムッとしたオレの腕を軽く掴んで大佐が言う。 「隠れてなどおりませんよ、ハリソン大佐。彼の田舎で休養していただけです、迎えが遅かったので思いがけず長居してしまいましたが」 大佐は笑みを浮かべて言うと、オレを促して歩き出す。その背に向かってハリソン大佐の声が飛んだ。 「貴様が軍に反感を抱いているのは判っているぞ!学生たちを扇動して軍を転覆しようと───」 「ハリソン大佐」 廊下に響き渡るハリソン大佐の声を、大佐の静かな声が遮る。決して大きくはないのに何者も逆らえない響きを持つその声にハリソン大佐が口を噤めば、大佐はハリソン大佐を真っ直ぐに見つめた。 「下手なことは口にしない方がいい。自分の首を閉めることになるぞ、ハリソン」 「ッ?!」 静かに、だがよく通る声で言う大佐に、ハリソン大佐は言葉を全て奪われてしまったかのように黙り込む。「行くぞ」と短く告げて歩き出す大佐の後に従いながら、オレはハリソン大佐が突き刺さるような視線でオレたちを見ているのを感じていた。 |
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