辿り着くはパナケイアの空  第四十八章


「───ック、ハボック」
 呼ぶ声にオレはゆっくりと目を開ける。ぼんやりと前の座席を見つめていれば、グイと肩を抱くようにして引き寄せられた。
「目が覚めないならお目覚めのキスをしてやろうか?」
 面白がるような声が聞こえて顎を掬われる。重なってきた唇から忍び込んできた舌に己のそれをきつく絡め取られて、オレはハッと目を見開いた。
「ッッ、んんッッ!!」
 大佐にキスされているのだと気づいて、オレは慌てて大佐の体を押し返す。だが、ギュッと引き寄せられた体は逃れることが出来ず、大佐は更にきつく舌を絡めてきた。
「んふ……ぅん……ッ」
 濃厚なキスに背筋がゾクゾクする。下肢に熱が溜まっていきそうな気配にオレは必死に身を捩った。
「大佐っ」
「目が覚めたか」
 大佐そう言ってオレの顔を覗き込む。ニヤニヤと笑うその顔を手のひらで押しやってオレは慌てて大佐から身体を離した。
「なにするんスかッ!」
「お目覚めのキスをしてやったんじゃないか」
「普通に起こしてくださいよッ」
「呼んでも起きなかったくせに」
 そう言われてオレはウッと押し黙る。職業柄無理は利く身体だと思うが、どうやら昨日のセックスでごっそり体力を削られたらしく気がつけば泥のように眠っていた。
「そろそろ着くぞ。大丈夫か?」
「すんません、大丈夫っス」
 答えてオレは慌てて窓の外を見る。遠くまで開けていた風景はいつの間にか家の屋根々々で埋め尽くされて、もうまもなく列車が目的地に着くことを知らせていた。
「大佐は?少しは休んだんスか?」
 考えてみればずっと大佐に寄りかかって寝ていた気がする。オレみたいなデカイのに寄りかかられていたのではちっとも休めなかったんじゃないかと申し訳なく思って尋ねれば、大佐は笑って答えた。
「今までの中で一番よく眠れたよ」
 大佐はそう言ってオレの髪をくしゃりと掻き混ぜる。キスされるよりなによりこうされるのが一番好きだと、ふとそんな事を思っていれば大佐が言った。
「もう二度とこんな風に触れたり出来ないと思っていたからな」
「大佐……」
 言いながら大佐がオレの髪を引っ張る。同じことを考えていたのだと判って、オレは笑って大佐を見た。その時、列車がガタンと大きく揺れてスピードが落ちる。オレはこうしてずっと列車に揺られていたい気持ちを振り払って立ち上がった。
「着きますよ。ここで乗り換えたらもうすぐっス」
「ああ」
 オレの言葉に頷いて大佐も立ち上がる。オレ達は列車を乗り継ぎ、ただひたすらにイーストシティへと急いだ。


「やっと着いたぁ」
 イーストシティの駅に降り立ってオレは大きくため息をつく。隣に立った大佐がクスリと笑うのを見て、オレは言った。
「司令部に戻る前にマクレーンのところへ行きます。ちょっと連絡入れるんで待ってて貰えますか?」
「判った」
 オレの言葉に頷く大佐と連れだって駅舎から出る。そうすれば駅前の広場に軍用車が止まっているのが見えた。
「ハボ!」
「ブレダ」
 オレ達の姿を認めて、ブレダが駆け寄ってくる。その途端大佐の纏う空気が僅かに温度を下げたような気がして、オレは無表情に近づいてくるブレダを見る大佐の横顔を伺った。
「大佐、お帰りお待ちしておりました」
 ブレダは大佐の前に立つと敬礼をしてそう言う。なにも言わずに見つめる大佐に、ブレダは続けて言った。
「あと一時間ほどで中央のヒューズ中佐が到着されます。ホークアイ中尉が大佐に車を使って貰うようにと」
「中尉が?」
 オレ達が動きやすいようにと中尉が車を回しておいてくれたらしい。
「運転、俺がやりましょうか?それともハボックに?」
 車に向かって歩きながらブレダが尋ねる。大佐がオレに視線を寄越すのに頷いてオレは言った。
「マクレーンのところには大佐とオレと二人だけで行った方がいいと思うんだ」
「判った。それじゃあ俺は一足先に司令部に戻って、中尉にそう伝えます」
「頼む」
 ブレダはオレに頷くと大佐に向かって言う。ブレダは車に乗り込もうとする大佐を見つめて言った。
「ハボックが大佐を探す間に泣いて俺達に訴えたんです。大佐は優しくて強くて凄い人なんだって。なにも判らないくせに大佐のことを悪く言うなって」
 突然そんな事を言い出すブレダを大佐は驚いたように見る。オレもブレダがなにを言い出したのかと見つめればブレダが続けた。
「今度の事件の事も俺にはよく判りません。ただ、ハボックの言葉を聞いて俺は自分で見るということを忘れていたのかもしれないと思ったので」
 ブレダはそう言ってオレに視線を向ける。
「コイツの人を見る目は確かです。そりゃ本能みたいなもんですけど」
 そう言って大佐に視線を戻してブレダは言った。
「この件が終わったら、俺達に時間を頂けないでしょうか。俺達部下が大佐を知るための時間を」
 そう言うブレダを大佐はじっと見つめる。なにも言わずに見つめてくる黒曜石にブレダは居心地悪そうに眉を寄せると頭を下げた。
「失礼を申し上げました、大佐」
「……いや、そんな事はない」
 大佐が言う声にブレダはゆっくりと身体を起こす。大佐は笑みを浮かべてブレダに言った。
「そう言って貰えて嬉しい。ありがとう、ブレダ少尉」
「い、いえっ」
 ピッと背筋を伸ばして答えるブレダに大佐は続ける。
「まずはこの問題をクリアするのが先だ。手を貸してくれ、少尉」
「ッ、イエッサー!」
 答えて敬礼を返すブレダと、その肩をポンポンと叩く大佐の姿を見て、オレは嬉しくて堪らなかった。


→ 第四十九章
第四十七章 ←