| 辿り着くはパナケイアの空 第四十章 |
| 「それで?お前は誰の使いだ?ハリソン大佐か?それとももっと上の?」 言葉を見つけられないでいるオレに大佐がそう尋ねる。考える間もなく、オレは弾かれたように叫んでいた。 「そんなんじゃねぇっス!」 「だが、私を見つけて拘束するよう言われて来たんじゃないのか?それともその場で射殺しろと言われたか?」 「な……ッ?!」 とんでもない事を言う大佐にオレは目を見開く。大佐はオレをじっと見つめて言った。 「まあ……お前に殺されるなら構わない。もういい加減疲れたしな」 「大佐……」 うっすらと笑みを浮かべて言う大佐をオレは呆然と見つめる。その黒曜石に浮かぶ深い哀しみを見れば胸が張り裂けそうに痛かった。 「そんなことできるわけねぇっしょ?オレはアンタを守ることしか考えてないのに……っ」 「ハボック」 オレは大佐に近づき、跪いてその手を取る。大佐を見上げてオレは言った。 「オレの話、聞いて?お願いだから、オレの話……大佐っ」 今更信じて貰えるのか判らない。でもこのまま誤解され続けるのは嫌だった。なにより大好きな黒曜石が哀しみに染まっているのを見るのが嫌だった。泣きそうな顔で大佐を見上げていれば大佐がほんの少し力を抜く。 「判った、話を聞こう」 漸く大佐がそう言ってくれたのを聞いて、オレの瞳から涙が一筋零れて落ちた。 こんな時ほど自分の言語能力の低さを感じずにはいられない。子供だってもう少し上手く説明できるんじゃないかと思いながら、オレはハリソン大佐たちの話を偶然聞いてしまったところからこれまでのことを、一つ残らず大佐に話した。起こった事と、その時のオレの気持ちと。大佐を傷つけたくなくて自分で精一杯したつもりが、結局は最悪の結果になってしまったことも全部話した。大佐は要領を得ないオレの説明を口を挟まず辛抱強く聞いてくれた。漸く全部話し終えてオレが口を閉ざせば、大佐はゆっくりと立ち上がる。ハッとして見つめるオレをそのままに大佐は窓辺に近寄り外へと視線を向けた。 「大佐……?」 こんな下手くそな説明で大佐は判ってくれただろうか。かえって更なる誤解を生んではいないか、それが心配で跪いたまま大佐を見つめていれば、やがて大佐が口を開いた。 「お前がヒューズの指示で動いていたとはな」 「……すみませんっ」 自分の部下だとばかり思っていた男が他の人間の指示を受けていたと判って、きっと不快に思っているに違いない。騙されたとすら思っているかもと俯くオレの耳に大佐の声が聞こえた。 「いや、ヒューズが寄越したのがお前でよかった」 「大佐」 「常々監視されているのは判っていたからな。ヒューズは私にとって一番いいように取り計らってくれたんだろう」 「中佐はっ、大佐のこと大事な友人だって言ってたっス。だからオレに任せるって。オレが大佐を探すのにも精一杯尽力してくれて……このまま大佐が濡れ衣着せられたまま処分されるようなことになったらオレを殺してやるって!」 中佐が大佐のことを友人として大切に思っていると伝えたくてオレは声を張り上げる。そうすれば大佐はオレを見てクスリと笑った。 「ヒューズの奴……」 大佐がなにを思ったのかよく判らなくてオレは不安げに大佐を見つめる。大佐はフイと顔を背けると再び窓の外へ視線を向けた。 「あの時、私はお前に裏切られたんだと思った」 「大佐っ」 「いや、違うな……。お前もこれまでの連中と同じで私を拒むんだと思ったんだ」 そう言う大佐の言葉を聞いて、あの時大佐が言っていた事を思い出す。 『お前も私を拒むのか』 爆音が響く中、大佐は確かにそう言った。大佐の大きな力は彼から人を遠ざけた。中佐や中尉を始めとするほんの一握りの人間を除けば、その力の向こうにあるものに気づこうともしないで大佐を拒んだ大勢の連中に大佐はどれだけ傷つけられてきたんだろう。 「オレは大佐を拒んだりしないっス。だってアンタの焔はとっても綺麗で……あんな綺麗なもん、オレ、見たことない」 そう言えば大佐がオレを見る。大佐は窓辺から離れると俺に近づきながら言った。 「お前、本当にそう思っているのか?私の焔がどれだけたくさんの人の命を奪ってきたか、それを判って言っているのか?」 「奪った数以上の人の命を護ってきたっしょ?」 近づいてきた大佐を見上げてオレは言う。 「あの時だって大佐はオレを助けてくれた」 攻撃を受ける中、降り注ぐ瓦礫からオレを守ってくれたのは大佐の焔だった。それ以外、大佐は焔を使わなかった。 「オレは好きっス、あの焔も大佐も」 そう告げれば大佐が目を見開く。大佐はなにも言わずにオレの腕を掴むと、オレをログハウスの外へと連れ出した。 「大佐?」 大佐は突き飛ばすようにオレの腕を離すと隠しから取り出した発火布をはめる。無表情にオレを見つめて、大佐は言った。 「なら、今ここで私がお前に発火布を使ったらどうする?やはり捕まるのは嫌だと言ってお前に向かって焔を繰り出したら?」 そう聞かれてオレは一瞬目を瞠る。それから食い入るようにオレを見つめる大佐を見返して言った。 「逃げねぇっス。言ったっしょ?大佐の焔が好きだって」 そう言った瞬間、大佐が腕を突き出し指をすり合わせる。大佐の指から生まれた焔は龍の姿を纏って一直線にオレに向かって宙を駆けてきた。 なんて、なんて綺麗な焔なんだろう。たとえ焼き尽くされたとしてもオレは最後の瞬間までこの焔を見つめ続けるに違いない。オレは迎え入れるように龍に向かって手を伸ばす。広げた両腕に龍を抱き締めようとした瞬間、紅蓮の龍は一瞬にして姿を消し、オレの周りの空気が薄くなった。 「あ……」 クラリと目眩がしてオレは地面に膝をつく。無意識に空気を求めて深く息を吸い込むオレの耳に大佐の声が聞こえた。 「馬鹿か、お前はッ!何故逃げないんだッ?!」 言われてオレは顔を上げる。 「言ったっしょ?アンタの焔が好きだって……」 「……ッッ」 そう言えば大佐の顔が泣きそうに歪む。ああ、お願いだから泣かないで。オレはいつだってアンタに笑ってて欲しいんだ。 思ったことが声になったのかならなかったのか。大佐が駆け寄ってくるのを見たのを最後にオレは意識を失った。 |
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