| 辿り着くはパナケイアの空 第三十九章 |
| 子供の頃、休みともなれば友達と一緒に駆けあがったキャンプ場への道を上っていく。あの頃は仲のよい仲間たちと一緒に泊まったり出来るのが嬉しくてわくわくしながらこの道を辿ったが、今オレの胸を占めているのは大きな不安ばかりだった。 この道をあがった先にもう大佐がいなかったら。そう考えただけで訳も判らず叫びたくなる。頼むからそこにいてと、オレは必死に祈りながら最後の十数メートルを駆け上がった。 「…………」 オレは数メートルの間隔を開けて建てられたログハウスを見回す。一番手近のログハウスに駆け寄り窓から中を覗いたが、中に人がいる気配はなかった。オレは次々とログハウスの中を覗いて回る。丘の上の小さなキャンプ場に並ぶログハウスを見て回るのにそれほど時間はかからず、最後の一軒にも大佐がいないことが判るとオレは覗いた窓にしがみつくようにしてがっくりと膝をついた。 大佐はもうどこかへ行ってしまったんだ。オレは最後まで大佐に追いつけなかった。そう思うと目の奥が熱くなってくる。あれほどまでに守りたいと思った人を、オレは傷つけることしか出来なかった。今頃大佐はどこにいてなにを思っているのだろう。 オレの中にふつふつと沸き上がった後悔と自責の念がオレの瞳から涙になって零れ落ちる。窓枠にしがみつくようにしてボロボロと涙を零すオレの耳に、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。 近づいてきた足音が途中で立ち止まったと思うと、戸惑うような声がオレを呼んだ。 「ハボック……?」 「ッ?!」 聞こえた声に弾かれたようにオレは肩を震わせる。その声がずっと探し続けた人のものだと思うと同時に、振り向いたらその姿は消えてなくなってしまいそうな気がして、オレは振り向くことが出来なかった。身動く事も出来ないまま窓枠にしがみついていれば、背後でザクリと土を踏む音がする。 (行っちゃうッ?!) その瞬間浮かんだ考えにオレは振り向くと同時に勢いよく立ち上がり、背後に立つ人影目指してログハウスの柵を飛び越えて走った。 「大佐ッッ!!」 オレに半分背中を向けて立ち去ろうとしたその人めがけ、オレは走る勢いのまま飛びつく。長身のオレに飛びつかれて支えきれずふらつく人諸とも地面に倒れ込んだオレは、驚いたように見上げてくるその瞳が忘れもしない黒曜石であることを確かめて顔を歪めた。 「大佐……大佐ッッ!!」 オレはボロボロと涙を零して大佐の体にしがみつく。ギュウギュウと力任せに抱きつけば、大佐がくぐもった呻き声を上げた。 「苦しい、ハボック……腕を少し弛めてくれ」 「やだッ!!そしたらまたアンタどっか行っちまうんでしょッ!!」 ほんの少しでも腕を弛めたらきっと大佐はスルリと抜け出して、またオレの前から姿を消してしまうに決まってる。そんな事は絶対にさせまいと、オレは一層力を込めて大佐の体にしがみついた。 「どこにも行かない、本当だ。だから───」 「嫌っス!」 大佐の言葉を遮って声を張り上げれば大佐のため息が聞こえる。大佐はオレの背を優しく撫でて言った。 「まったく……とんだ駄々っ子だな。故郷に帰って気持ちまで子供に帰ったか?」 優しく背を撫でる手がオレの気持ちも鎮めていく。しがみついていた腕を弛め体を起こして大佐の顔を見下ろせば、黒曜石の瞳がオレを真っ直ぐに見つめていた。 「ハボック」 「なんで……なんで姿消したりするんスか?オレがどんだけ探したと……ッ!」 思わず大佐を責めれば新たな涙が溢れてくる。子供みたいに泣きじゃくるオレの頬を流れる涙に、伸ばしかけた大佐の手が触れる寸前に引っ込められるのを見れば堪らなく悲しかった。 「ハボック、そこをどいてくれないか?」 言われてハッとして見つめれば大佐が苦笑する。 「どこにも行かない。このままじゃちゃんと話が出来ないだろう?」 「あ……」 確かに地面に押し倒した大佐の上に圧し掛かったまま話を続ける訳にもいかない。オレは乱暴に涙を拭って大佐の上から立ち上がると、大佐に向かって手を伸ばした。一瞬見上げてきたその瞳に拒絶されるかと不安がよぎったが、大佐はオレの手を掴んで立ち上がる。大佐は服を軽く手ではたくとオレを促して歩きだした。 大佐はオレが二番目に覗いたログハウスに向かうと扉を開けて中に入る。 「悪いと思ったが鍵を壊してしまったよ」 言い訳のように呟いて奥へと入っていく大佐に続いて中に入ったオレは、そこに設えてあった大きなテーブルの表面を指先で撫でた。 「子供の頃、みんなで夜遅くまでここでトランプしたっスよ」 キャンプファイヤーの後、みんなでトランプで大騒ぎした。楽しかった時を思い出してそう言えば、椅子に腰を下ろした大佐が言った。 「子供の頃の話を聞かせてもらったよ。元気でやんちゃで、そこいらじゅう走り回ってたって」 「ガキ大将でしたもん、オレ」 オレは答えてテーブルに出来た傷を指先で辿る。 「大佐が子供の頃とは随分違うっしょ?」 「そうだな」 答える声が優しい響きと共に哀しみを帯びていることに気づいて視線を上げれば、大佐がオレを見ていた。 「大佐」 話さなければいけないことはたくさんあるのに上手く言葉が出てこない。 オレは何も言うことが出来ないまま、ただ大佐の顔を見つめていた。 |
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