| 辿り着くはパナケイアの空 第三十六章 |
| 「───ッッ?!」 ブランケットを撥ね除けてオレは勢いよく横たえられた体を起こす。どこにいるのか、なにが起きたのか、瞬間停止していた思考が急激に回転を早めて、オレは簡易ベッドから飛び降りた。 「ハボック少尉っ?まだ動いては───」 救護兵が言うのに構わずオレは救護所を飛び出す。市街の一角に設けられた救護所を出れば、周りは惨憺たる有様だった。 「大佐……大佐ッ?!」 オレはそこここに煙が燻る街中を走り回って大佐の姿を探す。だが、その姿はどこにも見あたらず─── 「大佐───ッッ!!」 オレはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。 司令部に戻ってオレは漸く事の詳細を掴むことができた。大佐は過激派の学生が暴動を起こす計画であることを知りながら、演習の名目で市街に部隊を派遣してこれを支援しようとしたとしてその身を拘束するよう指示が出されていた。オレ達の部隊が攻撃を受けたのは、大佐の企てを事前に察知したハリソン大佐達がそれを阻止するために攻撃を行ったのだと聞いて、オレは腸が煮えくり返るかと思った。 「チキショウ」 結局オレはいいように使われたのだ。あの場でオレに大佐を射殺するよう、フォード少尉が言ったのは大佐の動揺を誘い、あわよくば大佐に錬金術で反撃させる為だったのだろう。唯一信頼していたオレに裏切られたと大佐に思わせることで。 『お前も私を拒むんだな』 爆撃の最中、聞こえた大佐の声がオレの中で木霊する。大佐を守れなかったことよりなにより、大佐にオレが裏切ったと思われたことが悲しかった。 「大佐を見つけなきゃ」 混乱の中、大佐の行方は判らなくなっていた。このままにしておけば大佐は濡れ衣を着せられたままその身を追われ、下手をすれば殺されてしまう。それだけは赦すわけにいかなかった。オレは司令部の近くの電話ボックスに駆け込むとヒューズ中佐に直接繋がる番号を回す。コール二つ目で上がった受話器の向こうから、中佐の低い声が聞こえた。 『少尉、どう言うことだ、これは。お前、ロイを守るとか言ってなかったか?』 怒りを隠さない低い声にオレは唇を噛み締める。オレは一度目を瞑り、呼吸を整えてから口を開いた。 「大佐を連れ戻します」 『居場所が判るのか?』 「探します」 『ッ、そんな悠長なこと言ってる時間は───』 「絶対見つけますッ、だから中佐、時間下さい!大佐の処分、決めさせないでッ!!」 大声で怒鳴れば受話器の向こうが静かになる。電話が切れてしまったろうかと不安になり始めた時、中佐の声が聞こえた。 『当てはあるのか?少尉。見つけたとして濡れ衣をどうやって証明する?』 「当ては今のところはないっス。濡れ衣を晴らす方は考えがあります」 オレが言えば中佐が再び黙り込む。さっきよりは短い時間で受話器から声が聞こえてきた。 『いいだろう、一週間だ。その間にロイを見つけ出せ。だがな、少尉』 と、中佐はいっそう声を低める。 『ロイが濡れ衣を着せられたまま処分されるようなことになったら、お前を八つ裂きにしてやる』 「……そんなことになったら中佐がオレを八つ裂きにする前に、オレが自分の腸、引きずり出しますよ」 そう答えるオレの耳に中佐の低い笑い声が聞こえた。 『行け、少尉。ロイを絶対見つけ出せ』 「イエッサー!!」 オレは短く答えて受話器を戻すと電話ボックスを飛び出した。 オレが最初に向かったのはマクレーン達の隠れ家だった。もう引き払ってしまったかと一抹の不安を抱えながら向かったパブに、マクレーンはまだ残っていた。 「これはお前がオレにくれた手紙じゃないのか?」 オレは事件の前に受け取った手紙をマクレーンに差し出す。マクレーンは差し出された手紙に手を伸ばさず、眉を顰めて答えた。 「すまない。だが、計画は中止するつもりだった、本当だ」 「だったら何故?」 あそこで学生の暴動が起きなければオレ達の部隊が攻撃される理由もなかったのに。そう思って尋ねればマクレーンが緩く頭を振った。 「カーティスだ。アイツは最後まで計画を中止することに反対していた。アイツのところにいつもの使いが来たらしい。それでカーティスは」 ギュッと拳を握り締めてマクレーンは言う。オレはマクレーンをじっと見つめて言った。 「そのことを軍に来て話してくれないか?今までの経緯も全部」 「俺に出頭しろというのか?それは無理だ」 眉間に皺を寄せてマクレーンが言う。彼の言いたいことも判らないではなかったが、マクレーンでなければ大佐がはめられた事を証明できないのも事実だった。 「マスタング大佐がいなくなった。軍の転覆を謀ったって濡れ衣着せられて追われてる」 オレの言葉にマクレーンが眼鏡の奥の目を見開く。オレはマクレーンの前に膝をついてマクレーンを見上げて言った。 「頼む、大佐を助けてくれッ!アンタでなきゃダメなんだ!」 言ってオレは頭を下げる。マクレーンに拒絶されたらと思うとゾッとしたが、その時は力ずくでも証言して貰うとオレが頭の片隅で思った時、マクレーンが口を開いた。 「アンタにとってマスタング大佐はなんなんだ?」 そう聞かれてオレはハッとしてマクレーンを見上げる。見つめてくる瞳を真っ直ぐに見返して、オレは薄く笑った。 「オレの命より大事な人だ。アンタ達がこの国の為に命を懸けてもいいと思うように、オレは大佐の為なら死んだって構わない」 そう言うオレをマクレーンはじっと見つめる。 「マスタング大佐の行方は判らないんだろう?」 「見つけだす。見つけて大佐の無実を証明する。だから力を貸してくれ」 言えばマクレーンが考えるように口を噤んだ。次に彼がどんな言葉を口にするのか、不安と期待でオレの気持ちが張り裂けそうになる寸前、マクレーンが漸く口を開いた。 「判った。それならマスタング大佐をここへ連れてこい。彼と直接話して、それから決める」 そう言うマクレーンをオレは目を見開いて見つめる。眼鏡の奥の瞳が彼の言葉に嘘はないと告げているのを見て、オレはゆっくりと立ち上がった。 「一週間以内に大佐を見つけて連れてくる」 「いいだろう。俺達はここから移動する。ハリソン大佐とやらに攻撃されたら堪らんからな」 マクレーンはそう言って抽斗から取り出したメモに走り書きしてオレに手渡す。 「マスタング大佐が見つかったらそこに連れてきてくれ」 「判った」 オレはマクレーンに頷いて、大佐を探すためにパブを後にした。 |
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