| 辿り着くはパナケイアの空 第三十五章 |
| 結局あのままマクレーンからは何の連絡もないまま今日になってしまった。彼はあのまま今日のデモを実行するんだろうか。実行したところで叩き潰されるだけのデモを。そしてオレはどうするのが一番いいんだろう。 「……」 オレはひとつため息をついて視線を巡らせる。隊員の一人を掴まえて話を聞く姿を見つめていれば、不意に込み上げてくる恋情に涙が零れそうになった。オレは無理矢理大佐から視線を逸らして唇を噛み締める。これが終わったら、そうしたらオレは───。 「隊長」 呼ぶ声にオレは思考を遮られて体を震わせる。いつの間にか詰めていた息をそっと吐き出してオレは背後を振り返った。 「どうした?」 ここへきて何かあったろうか。そう思って尋ねるオレに、部下のサイモンが封筒を差し出した。 「これ、隊長に渡してくれって」 「オレに?」 サイモンはそう言ってオレに封筒を渡すと敬礼して持ち場に帰っていく。オレはサイモンの姿が見えなくなるまでその背を見送ってから手元の封筒に目を落とした。中身を破ってしまわないよう注意して封筒の上部を細く破りとる。中から引っ張りだした紙片を開いたオレは、そこに記された短い文章を見て目を見開いた。 『計画は中止。連絡を待つ──M』 オレは何度も何度も文章を読み返す。そこに記された内容が間違いないことを漸く確信すれば、体が熱くなったように感じられた。 「よし」 紙片を封筒に戻してポケットに突っ込む。これでなんとか今日の衝突は回避できた。マクレーンとのことも大佐にきちんと話せば何とかなるだろう。オレは一つ山を乗り越えたとほんの少し安心して、演習が始まる時間が来るのを待った。 「そろそろ時間だな」 「大佐」 大佐が銀時計の針が示す時間を確かめて言う。オレはそれに頷いて数歩前に出ると右腕を高く上げた。演習開始の合図を送るためにオレが腕を振り下ろすより一瞬早く。 ドォォォンッッ!! 大きな爆発音が市街地に響きわたった。 「な……ッ?!」 起きるはずのない爆発に部隊に一瞬動揺が走る。オレは数十メートル先の黒煙が上がる建物を見上げて声を張り上げた。 「サイモンッ!第一分隊を連れて確認に行けッ!チャン!お前は───」 ドォォォンッッ!!ドォォォンッッ!! 部下達に指示を与えようとするオレを嘲笑うように続けざまに爆発が起きる。それと同時にウォォォッッ!!とときの声が上がるのが聞こえて大勢の学生達が飛び出してくるのが見えた。 「なんで……?計画は中止になったんじゃ……」 オレのポケットにはついさっきマクレーンから届いた手紙が入ったままだ。思いもしなかった展開に虚を突かれて呆然とするオレの腕を、誰かが思いきり掴んだ。 「ッッ?!」 ハッとして振り向けば大佐がオレを見つめていた。 「どうした、ハボック。しっかりしろ。お前ならこんな事態もどうという事はないだろう?」 そう言う大佐の強い黒曜石の輝きにオレの心が冷静さを取り戻す。オレが頷いて指示を出そうと口を開きかけた時、ヒュルヒュルと高い音がしたと思うとすぐ近くに着弾した。 「ウワァッ!!」 爆風に煽られてオレと大佐は数メートル吹き飛ばされる。倒れた体を起こす間もなく次々と降り注ぐ爆弾に、地面に這い蹲ったまま顔を上げたオレの前にスッと手が差し出された。 「大丈夫か、ハボック」 「大佐」 大佐の手を借りてオレは立ち上がる。大佐に怪我がないのを確かめてオレは大佐に言った。 「大佐、後ろに下がっててください。ここ、危ないっスから」 事態はまだよく判らないがオレ達の部隊が攻撃を受けている事は確かだ。とにかく大佐に何かある前にと大佐を部隊の後方へ下がらせようすれば、大佐が首を横に振った。 「ここにいる。ここの方が事態が判るからな」 「大佐、アンタねぇっ」 こんな訳の判らない状況下、大佐をこんなところにいさせるわけにはいかない。無理矢理にでも後ろに行かせなければとオレが大佐の腕に手をかけた時。 「ハボック少尉っ、しっかり掴まておけッ!」 「えっ?」 攻撃と怒号が響く中、聞こえた声の方を向くとフォード少尉が構えた銃の引き金を引くのが見えた。 「ッッ!!」 咄嗟に掴んだ腕を引けば大佐のすぐ後ろを銃弾が走り抜ける。フォード少尉は銃口で大佐を追いながら叫んだ。 「なにをしているッ、ハリソン大佐の指示を忘れたかッ!!」 「ハボック、お前……っ」 フォード少尉の言葉を聞いた大佐が信じられないという表情でオレを見る。オレはなにがなんだか判らないままに慌てて首を振った。 「違うっ、オレはなにも───」 「ハボック少尉ッ、マスタング大佐を撃てッッ!!」 オレの言葉を打ち消すようにフォード少尉の怒声が被さる。その瞬間、大佐がオレを突き飛ばすようにしてオレの手を振り払った。 「そ、うか……お前も私を拒むのか……」 「ッッ?!違……ッッ、大佐っ、違うッッ!!」 「ハボック少尉ッッ!!」 フォード少尉が銃を構えたまま駆け寄ってくる。それを見た大佐は発火布をつけた手を構えたまま後ずさった。 「大佐っ」 慌てて大佐を追おうとしたオレの上に爆風で吹き飛ばされた瓦礫が降り注ぐ。降ってくる大きな塊をよけきれず当たると思った瞬間大佐の手が翻った。 「ッッ!!大───」 宙を走る焔の龍が塊を吹き飛ばす。その凄まじい力に吹き飛ばされてオレは地面を二転三転と転がった。 「たい……待っ……」 霞む視界の中、激しい攻撃を掻い潜って走り去る大佐の後ろ姿を見たのを最後にオレは気を失った。 |
→ 第三十六章 |
| 第三十四章 ← |