辿り着くはパナケイアの空  第三十二章


「隊長、部隊の配置、終わりました!」
「ご苦労、時間までその場で待機していてくれ」
「イエッサー!」
 報告をしにきた部下に告げれば部下は敬礼をして持ち場に帰っていく。オレは今日の市街地を利用する訓練の概要を記した書類に目を落とした。
 一時間後に市街地で大規模なテロが起きたという想定での訓練が始まる。そして、実際に学生達を中心にしたデモ隊が街のあちこちで爆弾を爆破させるのと同時に主要な施設を襲う筈だった。本来ならそこでオレ達の隊がデモ隊を鎮圧するために、訓練を実戦へとスライドさせるのだろうがオレに与えられた指示は真逆のものだった。
 学生達の暴動に手を貸し放送局及び憲兵隊本部を制圧せよ。
 与えられた指示を思い出し、オレは眉を顰める。知らず手に力が入って持っていた書類がクシャリと音を立てた。
 オレ達が学生達と行動を共にするのと同時にハリソン大佐達も動き出すのだろう。大佐に濡れ衣を着せて、その命をも奪うために。
(冗談じゃない)
 そんな事、絶対にさせない。オレがあらためてそう心に誓ったとき、背後から声が聞こえた。
「ハボック」
 その声にオレはゆっくりと振り向く。そうすれば大佐がオレを見つめて立っていた。
「なにしに来たんスか?」
「訓練の様子を見に、な」
 大佐はそう言いながら近づいてくる。配置につく隊員たちの様子を見回す大佐の横顔をオレはじっと見つめた。
(来ると思った)
 この人の性格なら執務室で書類に埋もれているよりオレ達の訓練を見にくるだろうと思っていた。
(これで大佐を守れる)
 執務室に籠もっていられたらハリソン大佐達が大佐の元に向かったときどうしようもなくなる。だが、こうして近くにいてくれるならどうすることだって出来た。
(中佐、オレが言った通りっしょ?)
 二つ事をどうやってするのだと心配していた上官に、オレは目を閉じ心の中で話しかける。そうしていれば大佐の声が聞こえた。
「なにを笑っている?」
 言われてオレは目を開けて大佐を見る。
「笑ってました?オレ」
「ああ、なんだか嬉しそうだった」
 そう言う大佐にオレははっきりと笑いかける。そうすれば大佐は一瞬目を見開き、オレから目を逸らした。
「ちょっとその辺を見てくる」
「あんまり遠くに行かんでくださいね」
 オレの言葉にチラリと振り向いた大佐は微かに頷くと、配置につく隊員たちの方へと歩いていく。その背を見つめながらオレは学生達の中心人物である男の事を思い浮かべていた。


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