辿り着くはパナケイアの空  第三章


「おもしろい男だな、お前は」
「オレには大佐の方が意外っス」
 そう言ってしまってからオレは慌てて手のひらで口を塞ぐ。どうしてこう余計な事ばかり言っているんだろう。前々から上司に対する口の利き方がなってないと言われてはいたけど、立場上余計な事を言わないだけの分別はあった筈なのに。
「意外?それはどういう意味だ?少尉」
 そう聞かれて眉を下げて大佐を見る。オレに大佐の質問に対して黙秘する権利は今のところない。
「や、その……色々聞いたのと違うなぁって思ったもんスから」
 仕方なしにもごもごとそう言えば黒い瞳がオレの事をじっと見つめる。不思議だ、この混じりけのない真っ黒な瞳でじっと見つめられると何もかも見透かされているような気がする。
「色々聞いたのは焔の錬金術師の噂か?」
「はあ、まあ」
 言葉を濁して答えながら見つめた目の前の人は、だが噂とはほど遠い人のように見える。少なくとも怒りに駆られて誰かを燃やすような人には見えなかった。
(つか、焔を操るってどうやるんだろう)
 アメストリスにはいろんな錬金術師がいるし、実際この目で錬成の技を見たこともある。でも、焔なんてどうやって錬成するんだろうと思いながら大佐を見ていたら、大佐が口を開いて言った。
「私の護衛をするのは嫌かな、少尉」
「へ?なんでっスか?」
 突然そんなことを聞かれてオレはキョトンとしてしまう。そりゃ焔の錬金術師の護衛なんてオレの技量では物足りないって思うのかもしれないけど、一応オレだってそれなりに鍛えてるっていう自負はあるし、少なくともオレが楯になれば大佐自身は傷つかずに反撃することだって出来るだろう。そう言うことを一応下手くそな敬語なぞ交えながら言ったら大佐は面白そうにオレを見た。
「やはりおもしろい男だな、お前は」
 さっき言った台詞を大佐は繰り返す。それにオレがどう答えたらいいのか困っていたら大佐が言った。
「二、三片づけたい書類がある。それが済んだら視察に出るから車を用意しておいてくれ」
「何分後くらいっスか?」
「そうだな、三十分くらいか」
「アイ、サー!」
 大佐の答えにオレはピッと敬礼を返して執務室を出た。


「お、出てきた!」
 オレが執務室の扉をパタンと閉めればブレダ達が一斉にオレを見る。心配そうにオレを上から下まで見てブレダが言った。
「おい、どっか燃やされてないか?ハボ」
「は?燃やされてねぇけど?」
 なんでそんなことを聞くんだと思えばフュリーが言う。
「だってさっき呼ばれてすぐ答えなかったじゃないですか。すごく気が短いっていうし、少尉だけ残されたから僕たちてっきり燃やされてるとばっかり」
 そう言って頷きあうブレダ達にオレは首を傾げた。
「そういやさっきのことは全然言われなかったな」
「えっ、そうなのか?」
 それはかえって怪しくないか?とブレダ達が騒ぎ立てる。
「オレ、これから視察のお供だから」
 何となくそう言うのを聞いていたくなくて、オレはまだ時間には随分と早くはあったが司令室を後にした。


 車を正面に回してオレは車の外に立つと新しい煙草を取り出す。視察の間は吸うわけにはいかないだろうから今のうちに吸いだめしておこうと、空を見上げて煙草を吸っていたら突然背後からかかった声にオレは飛び上がった。
「ハボック」
「うわぁっ!」
 オレが飛び上がったのはそれが大佐の声だったからだ。慌てて後ろを振り返れば大佐がばつが悪そうな顔をしてオレを見ていた。
「そんなに驚かせたか?」
「いや、あっちから来ると思ってたんで」
 普通正面玄関から出てくるんじゃないだろうか。そう言ったオレは煙草を咥えたままだったのを思い出して、慌てて懐を探る。
「あ、あれっ?携帯灰皿…っ」
 いつもここに入れているはずなのにと慌てるオレに大佐が言った。
「別に構わん、吸っておけ」
「えっ?でも」
 咥え煙草なんかでいたら今までの上司ならぶん殴られてる。驚くオレの顔を見て大佐はフンと笑うと自分で車の扉を開けて乗り込んでしまった。
「う、わっ、すんません、大佐っ」
「構わん、それよりさっさとしろ、行くぞ」
「アイ・サー!」
 座席に座る大佐にオレは叫ぶように答えて運転席に乗り込むと、ゆっくりとアクセルを踏み込み車を発進させる。ミラー越しに大佐を見て尋ねた。
「どちらへ?」
 視察に行くとは聞いたが行く先を聞いていなかった。そう思って尋ねれば大佐が言う。
「イーストシティで一番治安が悪いのはどこだ?ハボック」
「治安が悪いっていうと、西地区の工業地区っスかね。あの辺は軍に不満持ってるのが多いから。って、行くんスか?」
 答えてから思わず聞き返せば大佐が頷く。
「行くのは構わないっスけど車からは降りないでください」
「それじゃ視察にならんだろう?」
 そう言う大佐の言葉を聞いて、オレは路肩に車を寄せて停めると運転席のシートを抱えるようにして大佐を見た。
「そんな大佐の肩章つけた人をあんなとこウロウロさせる訳にはいかないっス。いくらアンタが腕に覚えがあるとしても護衛として了承できません」
 きっぱりとそう言えば大佐が驚いた様にオレを見る。もしかして怒らせたかと思った瞬間、大佐がニヤリと笑って言った。
「判った、少尉の意見を尊重しよう」
「………ありがとうございます」
 とりあえず納得はしてもらえたようだ。オレが前を向き直ってハンドルを握れば暫く黙っていた大佐は、今度は人の大勢集まる商業施設やら刑務所や駅の周辺やらいろんな場所へ行くように命じてくる。まあ、その辺なら車から降りるのもても大丈夫かな、などと思いながら運転していたら大佐が言った。
「それからあともう一つ」
「まだ行くんスか?」
 一体いくつ回れば気が済むんだろう。思わずそう言ってしまってからそんなことはオレが言うべき事じゃないと言う事に気づいたが、言ってしまったのだから仕方ない。やべぇと思ってちらりとミラーを覗けばミラー越しに大佐と目があった。
(げ)
 と思った瞬間、大佐がニヤリと笑う。怒っているんだろうかとドキドキしながら大佐の言葉を待つオレの耳に大佐の声が聞こえた。
「ここで一番旨い洋菓子店に連れていってくれ」
「は?洋菓子店?」
 思いがけない言葉にオレは思わず聞き返してしまう。大佐は特に怒りもせずに答えた。
「そう、洋菓子店」
「……すんません、オレ、甘いもの苦手なんでそういう店はちょっと判らないっス」
「噂くらい聞くだろう?」
「はあ、まあ」
「ではそこへ」
 大佐は言ってシートに深く沈みこむ。オレは大佐が考えていることがさっぱり判らず、半ば混乱しながらハンドルを握っていたのだった。


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