辿り着くはパナケイアの空  第二十七章


「貴官の事はこちらで色々調べさせて貰った」
 ハリソン大佐はそう言ってオレを見つめる。オレが内密にヒューズ中佐の下で動いていることは余程の事がなければ判らないだろうと思って聞いていれば、案の定表面上の職歴に載っている事を口にする。さして長くはないオレの職歴を一つ前まで言ったハリソン大佐はオレを見つめながら続けた。
「そうして今のマスタング大佐だ。彼の下で働くのはどうだね?」
「どうと言われましても」
 と、オレは困ったように言葉を濁す。ハリソン大佐は笑みを浮かべながら言った。
「遠慮する事はない。聞いているぞ、随分不満があるようじゃないか」
 言われてオレは一瞬押し黙る。それから意を決したように口を開いた。
「軍隊に錬金術師は必要なんでしょうか」
 ハリソン大佐から視線を落とし、膝の上で握り締めた手を見つめてオレは続ける。
「確かに凄い力だと思うっスけど……でも、諸刃の剣だ、危険すぎる」
 それだけ言ってオレは口を噤んだ。ハリソン大佐もジェンナー少佐もなにも言わない。暫くの間沈黙が支配した部屋の中、クツクツと笑う声が聞こえてオレは手を見つめていた視線をあげた。
「貴官の意見が聞けて嬉しいよ、少尉」
「申し訳ありませんッ、出すぎた事を言いましたッ!」
「そんな事はない」
 慌てたように謝罪の言葉を口にすればハリソン大佐が楽しそうに答える。伺うような視線を向けるオレにハリソン大佐は言った。
「貴官の意見は正しい」
 不意にハリソン大佐が表情を引き締めて言う。その瞳にぎらぎらとした嫌な光を浮かべてハリソン大佐は言葉を続けた。
「あれは悪魔の技だ。私はかつて戦場で錬金術が使われるのを見たが、あれは人間の技ではない。決してあってはならないものだ。貴官も見たことがあるのだろう?」
 ハリソン大佐が聞いているのが一般的な錬金術ではないことに気づいてオレは答える。
「はい、初めて見ましたが、あんな恐ろしいものだとは思いませんでした」
 心にもないことを口にすれば胸が痛い。それでもそんな事はおくびにも出さず、オレは緊張した表情でハリソン大佐を見つめた。
「全くその通りだ。あんなものがなければ私は──」
 呻くように言うハリソン大佐の瞳に怒りと憎悪の焔が揺らめく。その瞳でハリソン大佐はオレを見つめて言った。
「軍から錬金術師を排除するのだ。その手始めにマスタング大佐を排除するのに手を貸して欲しい」
 低い、だがはっきりとした声でそう言うハリソン大佐を、オレは目を見開いて見つめていた。


 かつて大佐とハリソン大佐の間になにがあったんだろう。ここまで大佐を憎む理由をハリソン大佐は口にはしなかったけれど、その声音と表情、なにより彼の瞳に浮かぶ焔が大佐への憎しみを感じさせた。
「大佐を排除するって……どうされるおつもりですか?」
 口で言うのは簡単でもそれを実行に移すとなれば容易ではない。ハリソン大佐は昏い瞳でオレを見つめて言った。
「マスタング大佐が軍の転覆を企んでいるという事件をでっち上げる」
「え?」
「その情報を事前に掴んだ我々がそれを阻止する名目でマスタング大佐を叩く」
 驚いて見つめるオレを見返してハリソン大佐は続けた。
「その課程でマスタング大佐が不慮の死を遂げるということもないとは言えないだろう?」
「ッ?!」
 思わず椅子を蹴立てて立ち上がりそうになるのを意志の力で押さえ込む。ハリソン大佐をぶん殴ってしまわないよう、テーブルの下で爪が刺さるほど手で腿を掴んだオレはハリソン大佐を見つめて言った。
「でも、マスタング大佐が否定したら?相手は国家錬金術師で東方司令部の副司令官っスよ?」
 そんなに簡単に大佐が謀略に引っかかるだろうか?そう尋ねるオレにハリソン大佐はニヤリと笑った。
「その為に貴官がいるのだろう?」
 その言葉にオレは思わず目を瞠る。
「貴官がどう思っているかは別として、マスタング大佐は貴官を気に入っているようだ。貴官が言うことなら信じるのではないか?」
 そう言って低く笑うハリソン大佐を、オレはなにも言えずに見つめていた。


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