辿り着くはパナケイアの空  第二十三章


 その夜は二人とも残業にならず、無事飲みに出かけることが出来た。最近、誰と出かけるよりも大佐と一緒にいる時間が楽しい。大佐がオレの話を聞いてくれて、大佐の思うことを話してくれて、そうしてちょっとだけ大佐の事を知ることが出来る。それだけでもう、満たされて楽しくて仕方なかった。
「ねぇ、大佐……大佐はオレといて楽しいっスか?」
 いい加減酔いが回ったところでオレはテーブルに頬をくっつけて大佐に聞いてみる。普段、オレは酒が強い方だし滅多な事じゃ酔わないけど、大佐と一緒だとすぐ酔いが回ってふわふわした気持ちになるのは何故だろう。
「ああ……お前といると楽しい。とても落ち着くしな」
 見つめる視線の先で、大佐がそう言って優しく笑った。
「ホント?オレと一緒だ」
「そうか」
「そうっスよ……へへ、嬉しい」
 大佐がオレと同じ事を思っていると判っただけで嬉しくて嬉しくてしょうがない。
「私も嬉しいよ、ハボック」
 優しく笑ってオレの髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる大佐の手の感触が、何より一番嬉しくてたまらなかった。
 ねぇ、大佐。オレが大佐を守るから。大佐を悲しませる全てのものから大佐を守って見せるから。
 オレは優しい手の感触に目を細めて、堅く心にそう誓った。


『少尉、お前、もうちょっとマメに連絡入れろっ』
 久しぶりにセントラルの中佐に電話を入れれば、一番最初に受話器から聞こえた言葉にオレはムッと下唇を突き出す。
「別にいいじゃないっスか。大佐なら普段と変わんないだし」
 正直大佐の事で中佐に連絡しておかなければならない事なんてない。二人で行った食事の話も他の誰かに聞かせるのはなんだか勿体無いと思えて、黙り込んでいると中佐が先に言った。
『ロイは変わらないだろうが周りの事があるだろう?前に言ってたアレ、どうなった』
 そうだよ、その事で一応連絡入れておこうと思ったのに中佐がそんな事言うから。
「とりあえず今度ハリソン大佐が出る酒の席に同席出来る事になったっス。そこで上手く近づいて色々探ってみますから」
 オレが言えば中佐が頷く。
『それでお前、ロイには』
「言いませんって言ったっしょ?」
『少尉!』
 責めるような中佐の声にオレはムッとして言った。
「言いません。どういう理由かまだ判らないけど、オレ、大佐をこういうごたごたに巻き込みたくねぇっス。そうでなくたって大佐、これまでどんだけ傷つけられたか……あんな優しくて真っ直ぐな人傷つけるなんてッ、オレ、これ以上大佐の事ちょっとだって傷つけるの嫌なんス!」
『少尉……』
 段々と感情が高ぶって声が大きくなっていく。なんだか泣きたくなってきて、オレはギュッと手を握り締めた。
「中佐、オレ、大佐の事守りたいっス。もうこれ以上大佐に傷ついて欲しくない。オレ……オレは大佐が……ッ」
 大佐が?大佐がなんだと言うんだろう。オレは自分が何を言いたいのか判らなくなって口を噤む。そのまま黙り込んでいると受話器の向こうから中佐の心配そうな声が聞こえた。
『少尉、大丈夫か?』
 聞かれてオレは一つ瞬きする。それからグッと唇を噛んで言った。
「平気っス。とにかく大佐の事はオレに任せて下さい。じゃあ!」
『って、おい!少───』
 オレは中佐が呼ぶのに構わず電話を切る。慰労会は明日だ。ハリソン大佐達が何を考えているのか探り出して、二度と大佐に妙なちょっかい出そうなんて気を起こさないようにしなくちゃ。オレはそう思いながら電話ボックスを出て司令部に戻った。


 メモに書いてあった場所に行ってみれば、指定の店は心猿亭よりはずっといい感じのところだった。
(そりゃそうか。大佐が金だすんだもんな、幾ら何でも心猿亭じゃあんまりだ)
 店の入口を見上げてそんな事を考えていると背後から声が聞こえた。
「よう」
 気さくに声をかけてきたのはアーレンだった。オレはニッと笑って答える。
「お言葉に甘えて来ちゃったけど、ホントによかったかな」
「勿論」
 アーレンは言ってオレを促す。オレはアーレンの後に続いて店の中へと入った。薄暗い店内は低く音楽が流れている。それがジャズだと気づけば、今夜大佐の誘いを断ったことが酷く残念に思えた。
(今頃大佐、何やってるんだろう)
 チケットは誰かにあげてしまうと言っていた。それとも気が変わって誰か誘ったのだろうか。もしかしたら可愛い女の子と一緒かもしれない。
(そうだったらヤだな……って、オレってば何考えてんだろ)
 今はそれどころじゃない。オレは余計な雑念を頭から閉め出すとアーレンに続いて一番奥にある個室に入った。個室にはもう七、八人の隊員達が来ていて既にビールなど飲み始めている。慰労会とは言うものの呼ばれているのは一部の連中だけのようだった。
「なんか結構内輪っぽくねぇ?」
 オレはアーレンと並んで腰掛けながら言う。そうすればアーレンがビールを注文しながら答えた。
「まあな、隊員全員ってわけにゃいかないだろ?有り体に言えばここにいるのはハリソン大佐やフォード大意にある程度気に入られてる奴ってわけ」
「へぇ、じゃあアンタも?」
 オレがそう尋ねればアーレンがニヤリと笑う。そんな特別な集まりに上手く呼んで貰えた事を内心喜んだ時、個室の扉が開いて大柄な男が入ってくる。
(いよいよ大将のお出ましってとこか)
 オレは男の顔をじっと見つめてこれからどう持っていくか、考えていたのだった。


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