| 辿り着くはパナケイアの空 第十八章 |
| 「おはようございます、少尉……と、大佐」 司令室の扉を開ければフュリーの元気のよい声が飛び出してくる。後から付け足された言葉に背後を振り向けば、大佐がオレに続いて司令室に入ってきた。 「はよーっス」 どちらともなく挨拶の言葉を口にするオレに大佐が薄く笑みを刷いて頷く。そのまま執務室に入っていく大佐について入ると、大佐は机にはつかずソファーにドサリと腰を下ろした。 「大佐」 朝一番からまるで仕事をする気のない様子にオレは咎めるように大佐を呼ぶ。気だるげなその様に夕べはきっと楽しく過ごしたに違いない事が感じられてチクリと感じた胸の痛みに気づかぬフリでオレは言った。 「夕べは随分楽しかったみたいっスけど、仕事はちゃんとやってくださいよ」 そう言うオレを大佐はソファーの袖にだらしなく体を預けて見上げてくる。その視線を受け止めて見返せば大佐が口を開いた。 「判ってはいたが女性というのはおしゃべりだな。夕べは婚約者のノロケ話を嫌と言うほど聞かされたよ」 胸焼けがする、と言って胸元を押さえる大佐にオレは一瞬目を見開き、次にプッと吹き出す。クスクスと笑うオレを恨めしげに見やる大佐にオレは言った。 「そんなの、大佐なら上手くあしらうの、朝飯前かと思ったっスよ」 「結婚を控えて幸せいっぱいの女性のパワーには敵わん」 ため息混じりの言葉をソファーの袖に吐き出す大佐にオレは手を差し出す。驚いたように僅かに目を見開く大佐に向かってオレは言った。 「コーヒー淹れてきますよ。だからシャンとして仕事して下さい」 「……砂糖多めにな」 「甘いのはうんざりなんじゃないんスか?」 大佐が差し出してくる手を掴んでソファーから立つのを手助けしながらオレは言う。笑みを浮かべた大佐が執務机の方へ歩き出すのを見てオレは執務室を出た。給湯室でコーヒーを淹れ執務室にとって返す。今度は真面目に書類に向かっている大佐の机にカップを置き今日の予定を確認した後、オレは自分の予定をこなす為司令室を出た。 いつものように演習を行い、その後のミーティングで注意点を洗い出す。それぞれに指示を与えて解散を言い渡した後、オレは詰め所で一息つく部下達に尋ねた。 「なあ、フォード大尉んとこの連中が使ってるのどこか知らないか?」 フォード大尉と言うのはハリソン大佐のとこの小隊長だ。将を射んと欲すればじゃないけど、いきなり大佐に近づくのはとても無理なのはわかっているから外から攻めるしかない。オレの質問に顔を見合わせた部下達の中からマイクが答えた。 「俺の同期があそこの隊にいるんですけど、確か心猿亭に行ったって話をよく聞きますけど」 「心猿亭か……」 あそこはやたらと騒がしくて好きじゃない。騒がしい事自体が嫌いな訳じゃないけどあそこの騒がしさは何となく落ち着かないのだ。もっともオレの好みなんてこの際関係ないけど。 「判った、ありがとう」 オレはマイクに礼を言うと詰め所を出る。今夜にでも早速行ってみることにしよう。オレはそう考えながら司令室に向かった。 「あ、中尉」 司令室の入口で丁度向こうからやってきた中尉と一緒になる。腕一杯に抱えた書類を引き取れば中尉がにっこりと笑った。 「ありがとう」 そう言って中尉が開けてくれた扉から中に入る。視線で置く場所を尋ねるオレに中尉が言った。 「執務室にお願い」 「また随分沢山っスね」 嫌がる大佐の顔が浮かんでそう言えば中尉が苦笑する。開けて貰った扉から書類を抱えて中に入るオレを書類から顔を上げた大佐が見た途端、秀麗な顔がげんなりとした表情を浮かべる。たった今オレの頭に浮かんだ顔と寸分変わらぬそれにオレがクスクスと笑えば、大佐が思い切りオレを睨んだ。 「人の不幸を笑うのか?」 「不幸ってほどのこともないっしょ」 「この山をして不幸と言わずになんと言うんだ」 既に机の上に二つも山を抱えて大佐が言う。その時ファイルを手に中尉が入ってくるのを見て、大佐は表情を改めた。 「大佐、二時からの会議ですが」 そう聞いた途端改めたばかりの大佐の表情が崩れる。込み上がる笑いをこらえてオレは執務室を出た。 結局山積みの書類にろくに手を着ける間もなく大佐は会議へと出かけていった。オレは大佐ほどではないにしろ溜まった書類を片付けていく。演習に集中してる時とは違って気がつけばさまよい出ていこうとする意識を書類の上に引き戻しながらの作業はなかなかにハードで、思わずオレも我が身の不幸と嘆きたくなった。それでも時間が経つのにつれて書類の量も減ってくる。オレはここらで一息入れようと席を立った。大佐の為に用意した豆を少し分けて貰って自分の為のコーヒーを淹れる。手にしたカップから立ち上る香りを嗅ぎながら壁に寄りかかってオレは考えた。 『前にも似たようなことがあって』 と以前連絡を入れたとき中佐は言ってた。そう言うときこれまで大佐はどうやってきたんだろう。何故ハリソン大佐が大佐の事を嫌うのかそれは判らないけど、もし大佐の錬金術がその一因なのだとしたらそれはとても悲しいと思う。あんなに綺麗で暖かい焔を嫌うなんて。 「……」 オレは一つため息をつくとカップの中のコーヒーを飲み干し司令室に戻る。その後はわき目もふらず書類を片付けていった。 |
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