| 辿り着くはパナケイアの空 第十二章 |
| 一人で帰ると言う大佐に、護衛官だからという理由でオレは大佐についていく。何故だかこのまま大佐を一人にするのが嫌だった。殆ど言葉も交わさないまま歩いていけばいつしか周りは大きな家が建ち並ぶ住宅街へと変わっていく。人通りのない静かな通りに大佐の靴音が響いていった。 カッカッ。カッカッ。 オレの足下からも同じような音がしているはずなのに何故か聞こえてくるのは大佐の靴音だけだ。その小気味よいほどの音は背筋をピンと伸ばして歩く大佐らしくて、オレはずっとその音を聞いていたいと思った。それでも歩いていればいつかは目的地についてしまう。大佐の靴音が止まって、顔を上げたオレの前に大佐の家の門があった。 「すまなかったな、ここまで付き合わせて」 「いえ、護衛官の仕事っスから」 オレがそう答えれば大佐の表情が曇る。でも、次の瞬間には普段の大佐の顔で笑みを浮かべていたから、単にオレの気のせいだったかもしれなかった。 「それじゃ、帰ります。今夜はご馳走さまでしたっ」 言って頭を下げれば大佐がオレの髪をくしゃりとかき混ぜる。驚いて見上げるオレに大佐は笑ってクルリと背を向けた。門を開け小道の先のステップを上がって、大佐はポケットから出した鍵で扉を開ける。中に入る一瞬オレを振り向いた大佐はそのままなにも言わずに中へと消えた。鍵のかかる音がして中に灯りがともる。その柔らかい光を暫くの間じっと見ていたオレは、やがて踵(きびす)を返すと今きた道を戻っていった。 アパートに戻ったオレは灯りもつけずにソファーに座り込む。そうすれば今夜大佐と話した事が次々と頭に浮かんでは消えていった。 大佐がオレが選んだメニューを「旨い」と言って食べてくれたのが嬉しかった。オレが話す事をきちんと聞いて、意見すべきところでは大佐の考えを聞かせてくれたのが嬉しかった。そうして次々と大佐との会話を思い起こしていたオレの頭にバーで大佐が言った言葉が浮かんでくる。 『私に触れられると燃やされるんじゃないかと心配になるそうだよ』 『焔を生み出すこの指が触れたその場所から燃えてしまうんじゃないかと、怖くてたまらないそうだ』 「ばっかじゃねぇの、その女」 オレは大佐にそんな事を言った相手を口汚く罵る。大佐の指が触れただけで燃やされると怯えるなんて、愚の骨頂だ。そう思った時、オレの眉間に触れてきた大佐の指の感触が不意に浮かんできた。 『皺が寄ってる』 そう言って笑いながら触れてきた指先はひんやりと冷たかった。あの指先から焔を生み出す時、大佐はなにを思っているのだろう。 『私は先の戦争の中であの焔を使った。あの焔で大勢の敵兵を焼き殺したんだ』 その言葉に滲む痛みにオレは胸が痛くなる。あの美しい焔を生み出す度大佐が傷ついているのなら、そんなに悲しい事はない。大佐の焔は何よりも綺麗で美しいのに。 戦争も大佐に酷いことを言った女の子も、大佐を傷つけるものはそれがなんであれ赦せない。 『結婚してもいいと思った女性だったんだが』 「そんな女、結婚しなくて正解だ…ッ、何にも判んない馬鹿な女なんだから」 苛々と罵るオレの胸に沸き上がるのがなんなのか判らなくて、オレはグシャグシャと髪を掻き混ぜる。そうすれば不意にオレの髪に触れてきた大佐の手の感触が蘇った。 「わあっ、もう、なんなんだよッ」 どうしてこんな風に大佐とのことが浮かぶのか。その理由が全く判らず、オレは乱暴な仕草で立ち上がると冷たいシャワーを浴びようと浴室に飛び込んだ。 『それで?ロイの様子はどうだ?』 オレは司令部の外にある電話ボックスからセントラルの中佐に定期報告を入れる。受話器の向こうから少し心配そうに尋ねてくる声に、オレはムスッとしながら答えた。 「別に、変わりないっスよ。相変わらず甘いもん好きだし会議嫌いで逃げ出しては中尉に怒られてるし」 なんも変わんねぇ、とオレが言えば中佐がホッとしたように『そうか』と呟く。その言い方がなんだか気に入らなくて、オレは苛々と電話の相手に言った。 「なんか変わったことがあった方がいいみたいっスね。中佐も大佐の焔が怖い口?」 そう言えば電話の向こうが黙り込む。その沈黙に余計に神経を逆なでされた。 「なんスかっ?」 何か言いたいことがあるなら言えばいいじゃないか。噛みつくように言うオレに中佐が言う。 『ロイが何か言ったか』 そう聞かれてオレは唇を噛んだ。 「付き合ってた女の子が大佐に触れられるとそこから燃えてしまうんじゃないかって怯えてたって」 オレは震える声で続ける。 「大佐はあの焔で大勢の敵兵を焼き殺したから仕方ないみたいなこと言って……馬鹿じゃねぇの、その女の子も大佐も!」 誰だって大佐の焔を悪く言うなんて赦されないんだ。もし中佐がそんな事を言ったらセントラルまで殴りにいってやる。そう思いながら返事を待つオレに中佐が言った。 『ロイを頼むな、少尉』 「……え?」 『お前なら本当の意味でロイを守ってやれる、支えになってやれる。ロイを頼むよ、ハボック少尉』 思ってもみなかった答えにオレは目を見開く。中佐の言う意味の半分もオレには判らなかったがギュッと手を握り締めて口を開いた。 「言われなくても大佐の事はオレが守るっスよ。オレはあの人の護衛官なんスから」 そう答えれば一瞬黙った中佐がプッと吹き出す。 『そうだな、そうだったな』 ククッと笑う中佐にムッとして何か言おうとする前に中佐は『頼んだぞ』と言って電話を切ってしまった。 「……んだよ、クソ髭中佐!」 オレは空しく発信音が響く電話に向かって言うと受話器をフックに戻す。 「言われなくたってオレが大佐を守るって。大佐を傷つけようとする全てのものから」 誰にともなく宣言するように言うと、オレは電話ボックスを出て司令部に戻った。 |
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