オブシディアンの虜囚  第七章


「ああ、やっと終わったぁ!」
「流石にキツかったな」
「北の奴らも凄かったけど、やっぱ俺たちの方が一枚上じゃねぇ?」
「あったりまえだろ?」
 一週間の合同演習を終えて、汗と泥にまみれた男達がぞろぞろとロッカールームへと戻ってくる。入れ替わり立ち替わりシャワーを浴びる部下達に混ざって一日の汚れを流していたハボックは、柔らかいシャワーの滴の中に熱い吐息を零した。
(も……限界)
 夕べのネルソンとの一件で必死に押さえ込もうとしていた欲望が一気に噴き出して、ハボックは堪えきれずに玩具を己の身の内に突き入れた。だが、自分でも信じられないほどメチャクチャに巨大な玩具で後孔を攻め立てたにもかかわらず、望む解放は訪れなかった。躯に籠もる熱は一晩を過ぎた後もハボックを苛み続け、最後の演習を終えた今、ハボックはもう立っているのもやっとだった。
(でも……やっと帰ってくる)
 もうそろそろロイの乗った列車がイーストシティに着くはずだ。ロイは打ち上げの宴会に顔を出したがるかもしれないが、駅に迎えに行って「早く二人きりで過ごしたい」と強請れば、きっとロイも望みを叶えてくれるに違いないとハボックは思った。
 ハボックは汚れを落とすとロッカールームに戻り軍服を身につける。バンッと立て付けの悪いロッカーの扉を乱暴に閉めれば、隣にいた部下の一人が言った。
「打ち上げ、七時からでしたよね?隊長、仕事終わってんでしたらみんなで一緒に───」
「悪いけど、今日はもう帰るから」
「えっ?でも、打ち上げですよ?」
 当然行くとばかり思っていたハボックの思いがけない言葉に部下が目を丸くする。
「ネルソン中尉とは夕べ一緒にメシ食って話したから。悪いけど仕事の関係でどうしても外せない用があるとでも言っといてくれ」
「あ、隊長っ」
 ハボックは早口にそれだけ言うと、部下の返事も待たずにロッカールームを飛び出した。ロイの迎えのためと車を借り受け駅へと走らせる。駅前の広場の片隅に車を止め、ロイの乗った列車が着くのを待った。
「……遅い」
 何本目かの煙草を携帯灰皿に押し込んだハボックは腕時計の針を見つめて呟く。アメストリスの列車が遅れるのはさほど珍しいことではなかったが、どうやら今日もその悪しき習慣が繰り返されているようだった。
「くそっ」
 ハボックはハンドルをバンッと乱暴に叩くと車から降りる。駅の中に駆け込み近くにいた駅員を乱暴にその襟首を掴んで引き寄せた。
「列車、いつになったら着くんだよ」
「えっ?!えっと……そうですね後二時間くらいかと」
「二時間?!そんなに待ってられるかッ!!今すぐ到着させろッ!!」
「そんな無茶言われても……ッ!!」
 ググッとハボックに襟首を掴まれて駅員は足をばたつかせる。「苦しい」ともがく駅員を投げ捨てるように離すと、ハボックは靴音も荒くホームの端まで歩いた。夜の闇の中、長く伸びる線路の先を見つめる。だが、いくら待っても列車はその姿を現さなかった。
「くそッ」
 うろうろとホームを歩き回ったハボックは、ドサリとベンチに腰を下ろす。前屈みに頭を抱えて己の股間を見つめていたが、無意識に手を伸ばしそうになって慌ててベンチから立ち上がった。
「なんで帰ってこないんだよ……ッッ」
 列車が遅れているのはロイのせいではなかったが、今のハボックにはそれすらロイの意地悪のようにしか思えない。
「大佐の馬鹿ッ!!」
 ロイへと続く線路の先を睨みつけながら、ハボックはただひたすらに列車が着くのを待ち続けていた。


 ピーッと高い警笛の音が夜の闇に響く。駅のベンチに腰掛けてぼんやりとしていたハボックは、その音にゆっくりと顔を上げた。のろのろと立ち上がりホームの端に近づく。そうすれば闇の中、待ちに待った列車の姿が徐々に大きくなりながら近づいてくるのが見えた。列車はスピードを落とすとゆっくりとホームに入ってくる。結局三時間遅れで到着した列車は、ハボックが見つめる先でプシューと最後の息を吐いて完全に停止した。
「大佐……大佐っ」
 ぞろぞろと降りてくる乗客の中にハボックはロイの姿を探す。なかなかその姿を見つけられず、まさか乗っていないのではとハボックの中に不安が膨らみ始めた時、背後から声が聞こえた。
「ハボック?」
「ッ!!」
 その声に弾かれたように振り向けばホークアイを引き連れたロイが驚いたような顔で立っている。その黒曜石を目にした瞬間、ハボックは思い切りロイに飛びついていた。
「大佐ッ!!」
「うわっ?!」
 いきなり飛びつかれて、ロイはよろめいたもののハボックの長身をしっかりと支える。ギュウギュウとハボックがロイを抱き締めるのを目を丸くして見つめていたホークアイは、クスリと笑うとロイに目配せして先に駅から出ていってしまった。
「ハボック、苦しいぞ、おい」
 ロイは力任せにしがみついてくる長身の背をポンポンと叩いて言う。そうすれば漸く腕が緩んで、ロイはホッと息を吐き出した。
「ただいま、ハボック。イイ子にしてたか?」
「遅いっスよ、大佐っ!」
 ハボックはそう言ってロイの頬に己のそれを擦りつける。大きな犬が尻尾を振り立てながら飛びついてくる様を連想させるその姿に、ロイはクスクスと笑った。
「車両故障でな。まったく、疲れてるのに参ったよ」
 ロイはそう言ってやれやれと息を吐き出す。しがみついてくるハボックの腕をなんとか外させると、出口へと歩きだした。
「車を回してくれてるんだろう?早く家に帰ってゆっくりしたいよ」
 ロイはそう言いながら軽く首を回す。ロイの手から鞄を取り上げて持つと、ハボックは言った。
「オレのアパートでもいいっしょ?ここからなら大佐んちより近いし」
「ん?だが───」
「大佐っ」
 何か言いかけるロイの言葉を遮るとハボックはロイの手を掴む。そのまま走り出すハボックに引かれるように走り出したロイは、目を丸くしてハボックを見た。
「おい、ハボックっ?」
 半ば引きずられるようにして駅から出たロイは、そのまま鞄と共に車に押し込まれる。運転席に回ったハボックがものも言わずに急発信させた車のシートにググッと押さえつけられた体を、ロイは何とか起こすと前のシートにしがみつくようにしてハンドルを握るハボックの顔を覗き込んだ。
「ハボック?どうしたんだ、一体?」
 ロイがそう尋ねてもハボックは答えない。それどころか一層スピードを上げて乱暴に走る車の中、体が転がらないようにロイは必死になってシートにしがみついていなければならなかった。
「ハボック!」
 程なくして着いたアパート近くの路地に車を停めると、ハボックは運転席を降りる。後部座席の扉を開けると車の中で振り回されてよれよれになったロイの腕を掴み、車から引きずりおろした。そうして車を置いたまま路地の奥にあるアパートへと向かう。ロイの腕を乱暴に引いてアパートの階段を上がり部屋へとなだれ込んだハボックは、扉が閉まるのを待つのももどかしくロイの唇を己のそれで塞いだ。
「んんッ?!」
 突然の事にロイは目を白黒させて間近に迫ったハボックの顔を見る。いつものような反応が返ってこない事に、ハボックが唇を離して言った。
「大佐っ、なんでちゃんとキスしてくれないんスかっ?」
「ちょっと待てっ、ハボック!」
 しがみついてくるハボックの肩を掴んでロイが言う。“待て”という言葉に従って不満げな顔をしながらも口を閉ざして見つめてくる空色の瞳を見て、ロイはやれやれとため息をついた。
「ハボック、私は疲れているんだ。向こうでは散々会議だなんだと振り回された挙げ句、帰りの列車は故障で遅れて堅いシートの上で待たされた。久しぶりにお前に会えて嬉しいのは確かだが、まずはゆっくり休みたい」
 ロイはそう言うとじっと見つめてくる空色にチュッとキスを落とす。そうしてハボックから離れると中へと歩きながら言った。
「シャワーを使うぞ。服は適当なのを貸してくれ」
 ロイはソファーの上に脱ぎ捨てた上着を放り投げ浴室に入っていく。その背を見送ったハボックは、脱ぎ捨てられた上着を拾い上げ、ロイのコロンの香りが残るそれをギュッと抱き締めた。


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