オブシディアンの虜囚  第四章


「ん……朝?」
 ハボックは潜り込んだブランケットの中から腕を伸ばす。目覚まし時計を探してうろうろとさまよった手が、漸く目的のものを掴んでブランケットの中に引き込んだ。
「……八時三十分」
 針が指し示す時間をぼんやりと口にしたハボックは次の瞬間ブランケットをはねのけて飛び起きる。
「八時三十分ッ?!嘘ッ、遅刻するッ!!」
 叫んでベッドから転げ落ちるように下りると洗面所に駆け込んだ。顔をザバザバと洗い歯を磨きながら軍服を身につける。髪をとかす暇もなくハボックはアパートを飛び出した。
 夕べ、どうしてもイけないままベッドに飛び込んだハボックは体に燻る熱のせいでなかなか寝付けなかった。なんとか眠りについた後は妙な夢ばかり見て、ちっとも休んだ気がしない。
「今日も朝から演習なのに……ッ」
 体調を管理出来ないようではあまりにも情けがなく、ハボックは走りながら己の頬を両手でパンパンと叩いた。
「しっかりしろ、最初からこんなでどうするッ」
 そうやって体の奥底に残る熱を外に叩き出して、ハボックは司令部目指して走っていった。


「はあ……しんど」
 ハボックは両膝に手をおき、前屈みになって呟く。最後の三十分は本当に辛かった。それでも表面上はそんな事は全く見せずに何とか今日の合同演習を締めくくる。ゆっくりと体を起こし汗に濡れた髪を掻き上げればネルソンが近づいてきた。
「よお、今日も一緒にメシどうだ?」
 そんな風に声をかけてくるネルソンの顔をハボックはじっと見る。
(自分とこの部下と食いにいけばいいのに)
 そう思ったものの同時に他の考えが浮かんで、ハボックは答えた。
「いいっスよ。昨日と同じ店でオッケー?」
 頷くネルソンにそれじゃあ後でと告げて、ハボックはシャワールームへと向かった。


 昨日と同じようにカウンターに並んで腰掛けてハボックはビールのジョッキをグーッと一気に飲み干す。その気持ちいいほどの飲みっぷりにネルソンが目を見開いて言った。
「今夜はまた随分ピッチが早くないか?」
 大丈夫かよ、と聞いてくる男に頷きながらハボックは次のジョッキを注文する。
(酔い潰れちゃえば大佐のこと考えないで眠れるだろうし)
 そんな事をハボックが考えているなんて事には気づかずネルソンはハボックに酒を勧める。ビールからウィスキーに変えた後も変わらないピッチでグラスを空けるハボックをネルソンは楽しそうに見つめた。
「まだ演習二日目だぜ?昨日は演習中はあんまり飲まないようにしているみたいなこと言ってたのに……マスタング大佐に知れたら怒られるんじゃねぇの?」
「……なんでそこで大佐が出てくんのさ」
 ハボックが眉間にしわを寄せて尋ねればネルソンが笑う。
「だって昨日随分熱心に大佐のこと話してたからさ。よっぽど心酔してんだなと思って」
「そりゃ大佐はすげぇ人っスから」
 ハボックは答えながらも眉間の皺を深くする。
(なんでコイツ大佐の話ばっかしたがるんだよ)
 ロイの事を考えずに済むように飲む酒の席でロイの話ばかりを話題に載せようとする男につき合って、ハボックはグラスを傾けていた。


「はあ……」
 昨日よりは一時間ほど遅くアパートに戻ったハボックは閉めた扉に寄りかかってため息をつく。
「もうサイテーだ」
 まるでこちらの様子を楽しむようにロイの話ばかりしたがるネルソンを罵る言葉を呟いて、ハボックは天井を睨みつけた。暫くそうして睨んでいたがハボックは緩く首を振って部屋の中に入る。歩きながら軍服を脱ぎ捨ててそのまま浴室に直行するとシャワーを捻って頭から被った。殊更乱暴に体を洗いガシガシと髪を掻き混ぜる。そうすれば不意にロイの声が頭に響いてハボックは凍り付いたように手を止めた。
『そんなに乱暴に洗うんじゃない』
 それはいつのことだったろうか。一緒に入った風呂で、恥ずかしくてロイの事が見られないくせにその逞しく引き締まった躯に目がいくのが止められなくて、それを隠そうとするように乱暴に髪を洗うハボックにロイが言ったのだ。
『せっかく綺麗な髪なのに、そんなに乱暴にこすったら傷んでしまうだろう?』
 そう言って金髪に手を伸ばしてくるロイに自分はなんと答えたのだったろう。その後優しく髪を洗ってくれたロイの手を思い出して、ハボックは慌てて泡を洗い流すと浴室から飛び出した。
「やばい、やばい」
 思い出さないようにしようと思えば思うほどロイの声やその指の感触を思い出してしまう。なによりあの黒曜石の強い輝きが思い出されてハボックはソファーに身を投げ出すようにして座り込んだ。
「……もうっ」
 そっと視線を落とせばボクサーパンツの前が膨らんでいる。ハボックは勢いよく立ち上がると冷蔵庫の中からミネラルウォーターのボトルを取り出し、ボトルから直にゴクゴクと飲んだ。ボトルを冷蔵庫に放り込み寝室に駆け込む。ブランケットに潜り込み躯を小さく丸めてギュッと目を瞑ったものの、瞼の裏には眠りの尻尾すら見えはしなかった。
「このままじゃまた眠れない……」
 既に躯の奥底には熾火のような熱が生まれている。これをそのままにしては眠れない事は夕べ嫌というほど実感させられていた。
「……」
 ハボックは躯を丸めたままうつ伏せになると腰を持ち上げる。ボクサーパンツの中に手を差し入れ、ゆっくりと扱き出した。
「ん……ん……」
 シーツに顔を埋めるようにして楔を扱く。緩く勃ちあがっていたそれは手の中で瞬く間に硬度を増し、嫌らしい汁を滲ませていた。
「あ……ふ、ぅ……たいさァ……」
 ロイを呼びながらハボックは忙しなく手を動かし続ける。だが、やはり最後の一瞬は訪れはしなかった。
「……」
 ハボックは息を弾ませながら手を止める。焦点が合わないほど近いシーツの繊維をじっと見つめていた目を数度瞬いた。
(後ろ弄ってないから……?)
 ロイに抱かれるようになって後ろを犯されてイく事を覚えさせられた。普通に女性とつき合っていたなら決して知ることのない快楽はハボックを瞬く間に溺れさせ、今では直接前を弄るよりも強い快感をハボックにもたらすようになっていた。
 ハボックは少し迷ってからゆっくりと躯を起こす。ベッドから下りるとベッドサイドのテーブルの抽斗からローションを取り出した。再びベッドの上に上がり四つん這いに伏せる。頬をベッドにつけ尻を突き出すように高くあげると、双丘の間にローションを垂らした。
「んっ」
 ひんやりとしたローションの感触にハボックは眉を顰める。迷うように下から股間に回した手の指先で尻の間を撫でていたが、何度か大きく息を吐き出すと指先をグッと蕾に押し込んだ。
「あっ」
 自分の手から逃れるようにハボックはベッドの上で前のめりになる。それでもググーッと押し込んだ指を根元まで埋めた。
「ハアッ、あ……、は、はいった……ッ」
 いつもはロイに解して貰うから自分で挿れたことなどない。己の指を包む熱くねっとりとした感触と、蕾を押し開く指が与える圧迫感と、両方を同時に感じてハボックは頭がどうにかなってしまいそうだった。それでもゴクリと唾を飲み込みゆっくりと指を動かしてみる。絡みついてくる内壁を傷つけてしまいそうで、ハボックは怯えながらもハッハッと短く息を吐き出しながらぐちゅぐちゅと蕾を掻き回した。
「ふ……んあ……、くぅ、んッ!」
 慣れてくると指の動きが大胆になってくる。それでも流石に指の数を増やすのは怖くて、ハボックは一本だけ埋めた指をぐちょぐちょと動かした。
「あん……あ、あ……たいさァ……ッ、あふ……気持ちイイっ」
 ゾクゾクとした悪寒とも快感ともつかぬものが背筋を駆けあがる。これならイけるとハボックは夢中で蕾を掻き回した。
「…………な、んで……」
 瞬間見えた上り詰めたその先の頂が掻き消えてしまって、ハボックは困惑して呟く。立ち上がった楔にも指を絡めて蕾を掻き回す指と併せてこすってみたが、いくらやっても求める絶頂は訪れなかった。
「……なんでだよ」
 ハボックはボソリと呟いて手を止める。暫くそのままでいたが、指を引き抜きブランケットを頭から被った。
「チキショ……ッ」
 今夜もまた満たされない躯を抱き締めて過ごさねばならないのだろうか。ハボックは熱く湿ったため息をシーツに吹き込みながらギュッと目を閉じた。


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