| 貿易の仕事の拠点を仏蘭西に移して、そろそろ五年が過ぎた。事務所は小さいながらも順調に事業を拡大していたし、仏蘭西という国は存外俺に合っていたようで、俺はこのまま日本には帰らずここに骨を埋めるのもいいかもしれないと思うようになっていた。残念ながら生涯の伴侶になるような女性とは巡り会えなかったが、結婚に対して特にこだわりがあった訳じゃない。俺は気ままに恋愛ゲームを楽しみながら仕事に励んでいた。 数年前から俺はあちこちのパーティに招かれるようになっていた。小さな島国からやってきて、腕一本で事業を拡大している野心家の若者に社交界のお歴々が興味を持ったらしい。あわよくば娘を嫁にやって、家柄だけが残って傾きかけた家運に活を入れたいと考えるジジイどももいたようだが、そんな奴らにつきあう義理もないので放っておいた。 その日俺が招かれたのもそんなパーティだった。俺はすり寄ってくる香水臭い女を適当にあしらってうまいこと抜け出すとバルコニーへと出た。肺の奥迄入り込んでしまった甘ったるい香水の匂いを外の爽やかな空気と入れ替えていれば、微かな衣擦れの音とともに聞こえてきた日本語に俺はゆっくりと振り向いた。 「こんばんは」 年の頃は十七、八くらいだろうか。少女から大人の女性へとゆっくりと花開こうとしているその少女は、鮮やかな振り袖を纏っていた。金色の髪を高く結い上げ、ほっそりとした体を振り袖に包んで微笑む姿は、かけられた日本語と相まって俺に忘れていた故郷への念を思い起こさせ、俺はノスタルジーにかられて少女に話しかけた。 「こんばんは。見事な振り袖だ」 「ありがとう。おばあさまが嫁いでこられた時に持ってきたものなの」 そう言って笑う少女は綺麗な空色の瞳で仏蘭西人にしか見えなかったが、その血には日本のものが流れているのだろうか。そう思って尋ねれば彼女は笑いながら頷いた。 「ええそう。私の血の四分の一は日本人。貴方と一緒よ、日本の方」 どうやら彼女は俺が日本人と知って話しかけてきたらしい。そう言えば彼女は困ったように小首を傾げた。 「でも私、チャイニーズと日本人の区別がつかなくて。貴方が日本人でよかったわ」 俺たち日本人から見れば日本人と中国人の違いは一目瞭然だが、西洋人にはそうでないことは短くない仏蘭西暮らしでよく判っていた。俺は彼女の手を取ると身を屈めて手の甲にそっと口づける。白くほっそりとした指を手にしたまま彼女を見上げて言った。 「俺は 「私は 少女はそう言って涼やかに笑った。 「ありがとう、お気持ちは嬉しいけど私にはまだ早いと思うの」 ごめんなさい、と言う声と共に 「モテるじゃないか」 「……家柄を振りかざすだけのお坊っちゃま。興味ないわ」 「踊らないのか?」 フロアでは室内楽の音に合わせて何組もの男女が華麗なステップを踏んでいる。俺の言葉に 「振り袖だから踊れないの」 確かに振り袖でワルツのステップは難しいように思えるが、日本にだって舞踊はあるのだ。振り袖だから踊れないというのは、単に踊りたくないと直接言わずに済ませるための言い訳のように聞こえた。 「だって知らない男の人と踊ってもつまらないんですもの」 「それよりも 「仕方のないお嬢さんだな。じゃあ外に出るか?」 「ええ」 苦笑して俺が言えば 最初のパーティで出会ってから、俺と 「 パーティの喧噪が微かなざわめきとなって届く庭の、木々の間に置かれたベンチに腰掛けて話をしていれば、 「言ってほしいのか?」 「……意地悪」 「東洋のちっぽけな島国から来たろくでもない男かもしれないぞ?」 「日本はおばあさまの国だもの。それに 俺の言葉に 「好きなの、 「 真摯に見上げてくる空色を見返して俺は 「 震えながらも必死にそう伝えてくる 「大丈夫か?」 俺は小刻みに震える 「平気よ」 ビクビクと震えながら 「好きよ、 「……俺もだ」 そう返せばしがみつく腕に力がこもる。細い体を片腕で抱き締め返してもう一方の手で豊かな乳房を揉めば、 「 「そうだな」 俺もそろそろ暖かな家庭を築く頃合いなのかもしれない。 「親父殿の都合を聞いてくれ。正式に申し込みにいく」 「嬉しい……」 うっすらと涙を浮かべて笑う少女に口づけて、俺は温かな肉にゆっくりと身を埋めていった。 「 約束の日、車をエントランスにつければ少女が飛び出してくる。俺が車から降りる前に扉に飛びついた 「ごめんなさい、 「どうした?」 突然謝る 「それが、お父様の会社の工場で事故があって。急遽そちらに行かなくてはならなくなったの」 「事故?そいつは大変じゃないか」 「せめて一言謝罪の挨拶をとも言ってたんだけど、時間がなくてもう出かけてしまって」 本当にごめんなさい、と項垂れる少女を俺は胸に引き寄せる。金色の髪に顔を埋めて言った。 「そう言う事情なら仕方ないさ。やっぱり結婚は赦さんと言われるのかとビクビクしてたんだが」 「 俺の言葉に 「そう言うことなら今日は帰るよ。その件が落ち着いたら改めて日を決めよう」 「待って!」 肝心の相手がいないのでは仕方ないと車に乗り込もうとする俺を 「一週間もすれば一度戻って話も出来るだろうから、それまでここに泊まって貰いなさいって、お父様が!」 「だが、それでは迷惑だろう?」 「いいの。それにそうすれば私の家や家族の事も知って貰えるでしょう?だから 言って縋るように見つめてくる空色の瞳に俺は少し考える。一週間くらいであれば、電話で部下に指示を与えれば仕事の方は何とかなるだろう。 「判った。それじゃあ少しの間世話になるよ」 「よかった!」 俺の言葉に |
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