| 「本当に急な事でごめんなさい」 「いえ、こちらこそお世話をかけます」 そう言う俺に夫人は優しい笑みを浮かべる。早速部屋を用意させたからとメイドに案内するよう命じた。 「どうぞご自分の家だと思ってお過ごしください。なにかあれば遠慮なく申しつけてくださいね」 「ありがとうございます」 夫人の言葉に礼を言って俺はメイドに案内されて二階へと上がる。用意された部屋は庭に面した明るい部屋だった。 「なにかございましたらベルでお呼びください」 「ありがとう」 メイドはテーブルに置かれたベルを示して言うと部屋から出ていく。俺は窓辺に寄ると広い庭を見下ろした。 初夏の陽射しに照らされた手入れの行き届いた広い庭は、 「 そんな事を考えながら庭を眺めていればノックの音が聞こえる。部屋を横切って扉を開ければ、 「どう?この部屋でいいかしら?」 「勿論。見事な庭だな」 そう答えれば 「それにしてもついてないわ。なにも今日事故が起こらなくてもいいのに」 「神様が俺たちの結婚をよく思ってないのかもしれんな」 「 俺がニヤリと笑って言えば、 「そんな酷いこと言わないで」 「冗談だ」 「冗談にしたって……っ」 「悪かった、泣くな、 宥めるように言ったものの 「やれやれ……」 今度は声に出してそう呟いた俺は庭に続くガラス張りの扉を開ける。そうして外へと出れば、初夏の風が吹き抜けてきた。 仏蘭西の夏は好きだ。日本ほど気温も高くないしカラッとしている。時折急に冷え込むこともあるのでうっかりすると寒い思いをすることもあるが、明るく過ごしやすいこの季節が俺は好きだった。 俺はゆっくりと木々の間を縫って歩いていく。暫く行くと木々の間に金色の光が見えて、飛び出した 「…ッ?」 「ああ、ほら。慌てなくてもやるから」 「ほら!」 パッと飛び散った小麦に反応して、鳥達が一斉に飛び立つ。緑の木々の中、大きく腕を掲げて鳥達を見上げる彼の姿は一幅の絵のようだった。 思わず一歩踏み出せば足下で踏みつけた小枝がパキンと乾いた音を立てる。その音に弾かれたように振り向いた少年は、一瞬俺の顔を見てびっくりしたような表情を浮かべたが、次の瞬間鮮やかに微笑んだ。 「 にっこりと笑って俺を呼ぶ彼に視線が釘付けになる。身動きできずに見つめる俺に、彼は近づいてくると俺の腕をそっと掴んだ。 「 確かめるようにもう一度俺の名を口にする。答えない俺に少年は困ったように首を傾げた。 「ごめんなさい、違ったっスか?」 彼はそう言って俺の顔を見上げたが、すぐさま身を翻して行ってしまおうとする。その瞬間、ハッと我に返った俺は咄嗟に彼の腕を掴んだ。 「ッ?!」 驚いた少年が目を見開いて俺を見上げる。空を思わせる澄んだ瞳に吸い込まれそうになりながら俺は言った。 「すまん、俺は そう言えば少年はホッとしたように笑う。その笑みに心臓を跳ね上げる俺に彼は言った。 「よかった。 彼の唇から少女の名が出たのを聞いて俺は尋ねる。 「お前は? 「双子の弟っス。話、聞いてなかったっスか?」 そう言われてみれば弟がいるようなことを言っていた気がする。だが、双子とまでは聞いていなくて俺は少年の顔をまじまじと見つめた。 「双子……」 確かに男女の違いはあるものの目の前の少年は 「……名前は?」 「 そう言って鮮やかに笑う少年に、俺は一目で恋に落ちていた。 「せっかく結婚の申し込みに来たのに、災難だったっスね」 鳥達が地面に撒かれた小麦を啄むのを見ながら 「まあ、仕方ないさ。大きな事故じゃないといいな」 「そうっスね。怪我人がいなきゃいいけど」 「でも、そのおかげで そう言う 「だって今日挨拶が済んじゃってたら、 「確かにそうかもな」 「パーティには出てこないんだな」 「オレ、パーティ嫌いっスもん。まだ学生だし」 「学生?」 「今は夏休みっスけど。あーあ、ずっと夏休みならいいのに」 「屋敷に戻りましょうか。 「……そうだな」 そう言って連れ立って歩き出せば このまま永遠に屋敷につかなければいい。俺は傍らの |
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