「真栖!……雀?」
屋敷のすぐ側までくれば雀鈴が駆け出してくる。俺に飛びつくようにしがみついた少女は、俺のすぐ側に立つ自分とそっくりの弟を見て目を見開いた。
「庭で会ったんだ。真栖だってすぐ判ったよ」
雀は小首を傾げて言う。尋ねるように俺を見る雀鈴に俺は答えた。
「弟がいるとは聞いてたが双子とは知らなくてびっくりしたよ」
俺の言葉に雀鈴は「あら」という顔をする。俺たちを置いて先に屋敷へと入ってしまう雀の背を見つめて、俺は言った。
「よく似てる。同じ着物を着ていたら見分けがつかないかもしれんな」
「そう?自分じゃよく判らないわ」
雀鈴は言って俺の手を取る。屋敷へと手を繋いで歩きながら雀鈴は言った。
「雀はまだ子供なの。馬に乗ったり小鳥と遊んだりするのが好きなのよ」
「子供って、双子なんだから年は一緒だろう?」
「私は雀みたいに子供じゃないわ」
雀鈴は言って俺を見上げる。俺が手折った花はその空色の瞳に女の色香を滲ませていた。
「好きよ、真栖」
そう囁く唇を、俺はなにも言わずに塞いだ。
縋ってくる細い体を抱き返して、俺は熱い肉に体を埋める。そうすれば少女の唇からは感極まったような喘ぎ声が零れた。深く穿ち思うまま突き上げながら、俺は雀鈴の顔によく似た別の顔を重ねた。
「ジャ───」
呼びかけた名を言い終わらぬうちに少女が唇を重ねて、俺の本音を隠してしまう。俺は腕の中の少女を抱きながら、ほんの一瞬の間に俺の心を奪っていった相手を犯し続けていたのだった。
「雀」
二階の窓から見下ろせば庭を歩く雀の姿が見える。俺の声に二階を振り仰いだ雀はにっこりと笑った。
「おはよう、真栖」
「ちょっと待ってろ」
俺はそう言って窓から顔を引っ込める。急いで階下に降りて庭に飛び出せば、雀が木に凭れて待っていた。
「朝食に顔、出さなかったっスね」
昨夜、部屋に来た雀鈴を俺は結局明け方まで帰さなかった。そのせいで朝食の時間に起きられなかった俺を、夫人は寝かせておくように言ったらしい。雀鈴はどうしたのだろうと思ったが、流石に聞くのははばかられて俺は言った。
「仕事が休みだと思ったら気が抜けてしまってな、起きられなかった」
「母さんもそうだろうって言ってたっス。疲れてるんだろうからゆっくりさせてあげようって」
「失敗したな」
俺が顔を歪めて言えば雀がクスクスと笑う。雀は木の幹から背中を離すと庭の奥へと歩き出した。
「また小鳥の餌やりか?」
「ええ、まあ」
雀は俺の顔を見ずにそう答える。少ししてチラリと俺を見て言った。
「真栖も雀鈴みたいに馬鹿にする?そんなの子供がやることだって」
「いや、そんなことはないだろう?野鳥を大切にするのはいいことだと思うがな」
「本当?」
俺の言葉に雀が嬉しそうに笑う。昨日、俺が雀を見た場所まで来ると、雀は取り出した小麦を撒いた。地面にしゃがみ込んで小鳥を見ている雀に俺は言った。
「馬に乗るのが好きなんだって?」
「え?…あ、うん。好きっス」
俺の言葉に雀が肩越しに俺を振り仰いで答える。ほんの少し不思議そうな顔をする雀に俺は笑って言った。
「この辺に遠乗り出来るようなところはあるのか?」
「あるっスけど……真栖、馬乗れるんスか?」
「上手いかどうかは判らんがな」
そう答える俺に雀の顔に期待するような色が浮かぶ。俺はニヤリと笑って言った。
「行くか?遠乗り」
「ホント?」
言った途端雀がパッと顔を輝かせる。弾かれたように立ち上がった雀は、だが、すぐまたしゃがみ込んでしまった。
「雀?」
「駄目。オレと真栖で出かけたら雀鈴が絶対怒るもの」
雀はそう言うと小麦を啄む小鳥に視線を戻してしまう。俺は雀に近づくとその腕を引っ張り上げた。
「怒るなら怒らせておけ。せっかくいい天気なんだ。二人で出かけよう」
「真栖、いいんスか?」
「馬、乗りたくないのか?」
「乗りたいっス!」
俺の言葉に雀が今度こそ立ち上がる。嬉しそうに笑って言った。
「嬉しい。一人で遠乗りはするなって言われてるから、真栖が一緒に行ってくれるならすげぇ嬉しいっス」
そう言って笑う雀に手を伸ばして抱き締めそうになるのを、俺は爪が刺さるほど手を握り締めてこらえたのだった。
「雀!ちょっと待てって、おい!」
まるで人馬が一体になったように駆けていく雀の後を必死に追いながら俺は叫ぶ。雀は小さな流れを飛び越え、なだらかな斜面を駆け上がったところで漸く手綱を弛めた。
「遅いっスよ、真栖」
「久しぶりなんだ、ちったぁ加減しろ!」
まったく、馬に乗るのなんて何年ぶりだろう。何とか追いついて隣に並ぶと、俺は楽しそうな雀を睨んだ。
「凄く気持ちいい」
雀は俺の視線などものともせずにそう言うと、吹いてくる風に向かって目を閉じる。この姉弟は普段着物を着るのが常のようだが、流石に馬に乗るとあって今日の雀は乗馬服を纏っていた。そのせいで雰囲気の違うその横顔を食い入るように見つめていれば、目を開いた雀が俺を見て言った。
「ありがとう、真栖。遠乗りに付き合ってくれて」
「俺も馬に乗りたかったからな」
そう答えれば雀はうっすらと笑って馬を歩かせる。パカパカと歩く馬に体を揺らしながら雀は言った。
「このままどこまでも走っていけたらいいのに」
「雀」
「雀鈴がアンタと結婚したら、父さんに益々言われそうっスよ。早く結婚して事業継げって。オレまだ二十歳にもなってねぇのに」
一人息子ならどうしてもその身に期待を集めてしまうのだろう。雀はため息をついて言った。
「もっと色んなことしたいっス。仕事継ぐのはそれからだっていいじゃん」
そう言う雀の頭を俺は手を伸ばしてかき混ぜる。驚いたように俺を見上げた雀は、うっすらと笑って言った。
「でもまあ、アンタみたいな人が兄さんになるんならいいっスよね」
俺が欲しいのは雀鈴じゃない。不意にそんな言葉が口をついて出そうになって、俺は必死に言葉を飲み込む。そんな俺の様子には気づかず、雀は言った。
「あっちの方、空が暗いっスね。もうちょっとだけ行ったら帰りましょう」
「……そうだな」
押さえ込もうとすればするほど気持ちは溢れて零れそうになる。走り出す雀を追って馬を走らせながら、俺は雀の背を食い入るように見つめていたのだった。
「うわ……降ってきたっ」
ばらばらと音を立てて降ってきた大粒の雨に、雀が馬の上で首を竦める。なんとか降り出す前に帰ろうと馬を走らせる俺たちを嘲笑うように、雨は瞬く間に勢いを増した。雨どころかゴロゴロと雷の音までする。ピシャーンと空を稲妻が走って、雀が短い悲鳴を上げた。
「あそこ、小屋が見える!雨足が弱くなるまで雨宿りしよう」
「はいっ」
牧草地の中に建つ小さな小屋を見つけて俺たちは馬を寄せる。ガタガタと立て付けの悪い扉を開いて中に入った頃には、俺も雀も頭からつま先までずぶ濡れだった。
「ひでぇ……まさかこんな雨が降るなんて」
雀は濡れた金髪をかき上げてぼやく。俺は濡れた眼鏡を指で擦って滴を払うとかけ直して言った。
「大丈夫か?」
そう声をかけて雀を見た俺はギクリとする。濡れそぼった乗馬服は雀の体にぴったりと張り付いて、その体の線を浮き上がらせていた。
「平気っス。真栖こそ大丈夫っスか?」
雀は答えて俺を見る。濡れた金髪から零れた滴が首筋をつたってシャツの中へと流れていった。
「真栖?」
食い入るように雀を見つめたまま答えない俺を雀が心配そうに呼ぶ。その声にハッとして、俺は張り付いて剥がれない視線を無理矢理逸らして答えた。
「ああ、大丈夫だ……寒くないか?」
べっとりと張り付くシャツは素肌を透かして寒そうに見える。尋ねる俺に雀は笑って馬の首に手を回した。
「平気。こいつにくっついてればあったかいっスもん」
雷の音にビクビクと耳を震わせる馬を宥めるように抱き締めて雀はそっと目を閉じる。濡れた雀の肌から甘い香りが匂い立つようで、俺は目眩と息苦しさを感じながら狭い小屋の中で立ち尽くしていたのだった。 |